山の入口に立つ鳥居

歴史

異界への入口

はじめに

西洋における森の歴史で西洋人が昔、森を「異界」だと捉えていたことを説明しました。異界とは、人間が住む世界とは別の世界、神々や精霊や悪霊が住む世界のことです。人びとは基本的に、異界を恐れ、出来る限り近づかないようにしていました。 

しかし異界への入口は日常世界に紛れ込み、常在しています。森を恐れていたころの人びとは、つまり近代以前の人びとは、どのようなものを異界への入口と考えていたのでしょうか。

今回は、異界への入口について考察します。

1. 門

「入口」として最も分かりやすいのは門の形をしたものです。門とは、漢字の通り、両側に二本の柱を立てた出入口のことです。

鳥居

山の入口に立つ鳥居
山の入口に立つ鳥居

異界と日常世界つなぐ門として、日本人がおそらく最も直感的に分かりやすいのは鳥居です。神社の入口に鳥居があるのは、神社の境内が神々の住む場所だからです。

鳥居は神社以外にも、日本人が古くから神聖視してきた場所の入口にあります。たとえば先日山登りをした際、山道の入口に鳥居が立っていました。日本における山は、西洋における森と同じく、神々や精霊が住む異世界です。神社が先で鳥居が後、ではなく、人びとの異世界としての認知が先で、その後に社、という順番なのかもしれません。

城門

ドゥブロブニクの城門

日本では自然と人間の住む空間を明確に区別する習慣はありませんが(里山が好例)、西洋では町や村を柵で囲い、自然と明確に区別してきました。町や村は文明の世界、自然は原始の世界です。そのため、西洋では城門(城壁に囲まれた町の門)そのものが、町の内部から見て異世界への入口を表していました。夜に必ず門を閉める理由は、悪党を町に入れないためだけではなく、悪しき精霊(キリスト教的に言うと悪魔)を入れないためでもあったのです。

衣装ダンス

『ナルニア国物語』の著者C.S.ルイスは、一風変わった「門」を物語に書きました。衣装ダンスです。

作中で、ペベンシー家の四人のきょうだいは、戦乱を避けて田舎の屋敷に疎開します。そこで末っ子のルーシィが見つけたのは、古びた衣装ダンスでした。ルーシィは少しそこに隠れるつもりで扉を開け、中へ入りました。衣装ダンスは奥へ奥へとつづき、気づくと、周囲は森になっていました。それはナルニア国に繋がる門だったのです。

2. 穴

底の見えない穴は、人の恐怖をかきたてます。また、地下は神話や宗教の一般法則として、死者や神々の住む世界です。穴に落ちるということは、異界へ行くことを意味していました。

井戸

洋の東西を問わず、井戸は異界の入口であると考えられてきました。それは第一に、暗闇が恐怖を引き立てたため、第二に、地下が死者の世界だったためだとわたしは考えています。しかし地界は必ずしも恐ろしい世界ではありません。最近、ケルト神話の興味深い話を知ったので、ご紹介します。

アイルランドにおけるケルト神話では、ダーナ神族と呼ばれる魔法の力を持った神々が、後にアイルランドに上陸したミレー一族に敗れ、地下へ逃れたと伝えられています。

しかし姿を隠す衣を着て地上に出て来たり、また人や動物や鳥や蝶に変身して目に見える世界に実在に現れ、ダーナの神々は生き続けていると人々は信じています。また先史時代の石塚の下や、土砦や塚・丘の地下に美しい宮殿を建て、楽しい常若の国をつくり、体は縮んで小さくなっても、神々は永遠に生きているのだともいわれています。

井村君江『ケルトの神話 -女神と英雄と妖精と-』ちくま文庫、2018年、77頁。

アイルランドの言葉で妖精は「シー」と言います。しかし元々、「シー」が意味するのは丘のことでした。丘の人たち=妖精と結びつき、妖精そのものを「シー」と呼ぶようになりました。

アイルランドでは神々・精霊・妖精が地下に住んでいると信じられてきました。この例から、地下の異界は必ずしも恐ろしい場所ではないということが分かります。

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ウサギの穴

『不思議の国のアリス』の著者ルイス・キャロルは、ウサギの穴を異界の入口にしました。好奇心旺盛な少女、アリスはある日、懐中時計を携え、「遅刻しちゃうぞ!」とつぶやきながら大慌てで駆けていくウサギを見つけます。ウサギは穴に飛び込みました。アリスも続けて、大きなウサギの穴に飛び込みます。そして下へ下へ、地球の真中を通り過ぎるかと思うほど下へと落ちてゆき、アリスは不思議の国へとたどり着くのです。

3. 境界線

入口というには「口」感がないですが、異界と日常世界の境界線も、一種の異界への入口と言えそうです。境界線とは、川、堀、溝などです。

死者の魂が川を渡るという考えは日本に限ったことではありません。たとえば拝火教とも呼ばれるペルシア(現イラン)の宗教、ゾロアスター教にも、死者の魂が暗い川を渡るという考えがあります。その川は危険なので、死後三日間の儀式は特に重要でした。儀式によって、死者を悪の勢力から守るとともに、地下へ到達する力を与えるのです [1]。

また、死後という観点を抜いても、川は境界線としての役割が強いように思えます。たとえば西洋における川と都市の発展で、川が防衛の機能を持っていたこと、つまり都市の堀代わりになっていたことを説明しました。城門と同様に、川は外界と町との境界線です。川を渡った先は日常世界ではない場所、言い換えれば異世界なのです。

熊野速玉大社の橋

川が境界線なら、橋は境界をつなぐ物質です。日本の神社では、橋は鳥居と同様の役割を果たしてきました。橋は必ず鳥居をくぐる前にあります。

日本三大鳥居の一つに、天照大御神をまつる伊勢神宮の鳥居があります。鳥居が立派なのはもちろんのこと、橋も非常に立派で、人が横に三十人は並べそうな広さがあります。

橋があるということは、その下に水があります。神社によって自然の川を活かした水の場合もありますし、人工的につくった堀の場合もあります。

しかし水を流していない神社もあります。たとえば熊野速玉大社には、橋はありますが、その下に水はありません。つまり水がなくても橋は異界への入口として機能するのです。これは象徴としての橋がいかに重要だったかがよく分かる例です。

おわりに

今回は異界への入口を①門、②穴、③境界の3種類に分類し、それぞれの例をあげました。

門や穴は形から「入口」と見なされる面が強そうですが、一方でクローゼット(門)、井戸(穴)の例を考えると、暗く、先がよく分からないためという理由もあげられます。また、形は「入口」ではなくても、川や橋(境界線)のように、神話的・宗教的な理由が主となって「入口」的な機能をするものもあります。

今回は知識不足で触れられませんでしたが、樹の洞や裂け目なども「入口」としての機能があったと思われます。機会があればより深く考察したいテーマです。

以上、異界への入口についてでした。

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参考文献

[1]メアリー・ボイス『ゾロアスター教 3500年の歴史』山本由美子訳、講談社学術文庫、2018年、47頁。

Oluf Bagge 《ユグラドシル》1847年西洋における樹木信仰のなごり前のページ

西の方角にある妖精の国次のページJohn Duncan, Riders of the Sidhe(妖精の騎手),1911

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