大地の象徴としての蛇 

キリスト教における蛇といえば、罪と悪の象徴です。ところがキリスト教成立以前の神話を見ると、蛇は豊穣の象徴として、つまりポジティブな意味で登場します。今回は、なぜ蛇が大地の象徴として見なされていたのかを考えます。

目次

蛇のネガティブなイメージ – キリスト教

《人間の堕落のあるエデンの園》 ピーテル・パウル・ルーベンスおよびヤン・ブリューゲル 、1615年、 マウリッツハイス美術館。

まずは、キリスト教における蛇が象徴するものについて、旧約聖書の内容から読み取りましょう

神が創造した最初の人間アダムと、その妻イヴは、エデンと呼ばれる楽園で暮らしていました。神は、「楽園にあるどの果実でも食べていいが、ただ一つ、この木の果実だけは食べてはいけない」と二人に注意しました。しかしイヴは、蛇にそそのかされて禁断の果実を口にしてしまいます。そしてアダムも、イヴに勧められるままに、果実を食べてしまいました。二人は罰として楽園から追放され、その時から女は出産の苦しみを、男は労働の苦しみを負うようになりました。

旧約最初にていちばんはじめに記載されるこの罪は、「原罪」と呼ばれ、子孫代々(つまり人類全員が)、この罪をつぐなわなければならないとされています。この内容から、キリスト教における蛇は、罪と悪の象徴と見なされています。

ところがキリスト教成立以前の神話を考えると、蛇は罪と悪の象徴ではなく、大地(=豊穣)と結びついたポジティブなイメージで頻繁に登場します。そのためキリスト教における蛇のネガティブなイメージは、異教の残滓を排除しようとした結果であると考えられています[1]。

蛇が古来大地の象徴として見なされてきた理由として、以下の3点が挙げられます。

  1. 脱皮の習性があること
  2. 地を這って移動すること
  3. 作物に害を及ぼす小動物を食べること

次章から、順番に説明していきます。

脱皮の習性があること

ウロボロス
ウロボロス。中世ギリシア語で書かれた錬金術の写本から、1478年。

脱皮とは、動物が成長するために古い皮を脱ぐ行為です。人がいない空間などを指して「もぬけの殻」と言いますが、「もぬけの殻」の本来の意味は、脱皮したあとに残った皮、ぬけがらのことです。

古代人にとって脱皮という行為は、一度死んだ動物が生き返る、生まれ変わるように見えました。そのため脱皮をする蛇は不死の動物、生命力溢れる動物として考えられました。

死と再生、不死を象徴した代表的な蛇にウロボロスがいます。ウロボロスは自らの尾をくわえた円環の図案として描かれます。語源はギリシア語(ουροβóρος)ですが、尾をくわえた蛇の起源は古代ギリシアよりも前、古代エジプトまでさかのぼります。ウロボロスと同様の図案は世界各地で見られ、循環性、永続性など地域によって様々な意味が付与されています。

一方で、大地を具現化した神が広く「地母神」と呼ばれるように、母なる大地はあらゆる生命をはぐくみます。アダムが土から創造されたように、植物も動物も、すべては大地から生まれるのです。

したがって、不死や生命力を表す 脱皮の習性は、蛇が大地(=豊穣)の象徴となった一要因であると考えられます。

地を這って移動すること

トール(雷神)とヨルムンガンドの戦い。ラグナロクの一場面、1905年頃、Emil Doepler。

蛇の特徴といえば、何といっても手足がないことです。人間も含めほとんどの動物には四本の脚(手足)があるので、地を這って移動する蛇は古代人にとって非常に奇妙に見えました。

大地を取り巻く巨大な蛇に、北欧神話(ゲルマン人の神話)のヨルムンガンドがいます。北欧神話では人間が暮らす場所をミドガルドと呼び、そこは海に囲まれています。

ある日、北欧神話の主神であるオーディンは、ヨルムンガンドが神々の脅威になることを予見し、大蛇をミドガルドを囲む海に捨てました。しかしヨルムンガンドは海の底で生きつづけ、ついには、ミドガルドをぐるりと囲んで自らの尾をくわえるほど巨大な蛇へと成長しました。

地を這う蛇は、空を飛ぶ鳥と対になり、大地の守護者と見なされます。世界の神話では鳥が太陽を象徴し、蛇が大地を象徴することがしばしばあります。たとえばエジプト神話の太陽神は鳥の頭部をもっています。

よって蛇の地を這う形態も、蛇が大地の象徴となった一要因であると考えられます。

作物に害を及ぼす小動物を食べること

パンの文化史が専門の舟田詠子は、著作『パンの文化史』で象形パンについて紹介しています。象形パンとは、ある種の形をかたどり、意味を持たせたパンのことです。

象形パンの意味は、①本物の代わりをする、②祈願内容を具現化するの二つあります。①本物の代わりをするとは、たとえば人身御供の代わりに人をかたどったパンを供えることがあり、そのような場合のパンの役割を指しています。

②祈願内容を具現化するパンの例として、舟田詠子は蛇の形をしたパンを挙げています。

オーストリアでは第二次世界大戦後まで、蛇の形をしたパンや菓子もつくられていた。蛇は地表を這い、作物に有害な小動物を一掃するので、大地の実りを願う意味であろう。

舟田詠子『パンの文化史』講談社学術文庫、2013年、225頁。

蛇は種類によって主食が異なり、鼠、昆虫、カエル、魚、鳥などを食べます。とくに蛇が鼠を食べるのは、ペットとして蛇を飼う人にはよく知られているようです。

ハーメルンの笛吹き男。鼠退治の報酬を払わない村人たちの子供を、笛を吹いて連れ去る。
ハーメルンの笛吹き男。鼠退治の報酬を払わない村人たちの子供を、笛を吹いて連れ去る。

西洋中世期のアウトサイダーで、『ハーメルンの笛吹き男』の絵を掲載しました。『ハーメルンの笛吹き男』は現ドイツのハーメルン市に伝わる、以下の通りの伝承です。

ある時、ハーメルンの人びとは鼠の大量発生で苦しんでいました。そこへ色とりどりの布を継ぎ合わせた服を着た男が現れました。男は町が鼠の作物被害に苦しんでいるのを見て、報酬の代わりに鼠を一掃しましょう、と取引を持ちかけました。町人たちは承諾し、男が鼠を退治できた暁には、しかるべき報酬を払うことを約束しました。

どうやって鼠を退治するのだろうと村人たちが観察していると、男は笛を取り出し、それを吹きました。すると町中の鼠たちがでてきて、男の後をついていきます。男はそのまま川まで進み、鼠たちを一匹残らず溺死させました。

男が町へ戻り、約束通り報酬を要求すると、町人たちはしぶりました。男は怒り、笛を吹きました。すると町中の子供たちがでてきて、男の後をついていきます。町の子供たちはそのまま連れ去られてしまい、二度と戻ってきませんでした。

ハーメルンの伝承から、当時の人びとが鼠の作物被害に苦しめられていたことが分かります。鼠を食べる蛇は作物を守る動物と見なされ、そこから大地と結びついて考えられました。よって作物に害を及ぼす小動物を食べることも、蛇が大地の象徴となった一要因であると考えられます。

おわりに

今回は、なぜ蛇が大地の象徴として見なされていたのかを考えました。その理由として、以下3つを挙げました。

第一に脱皮の習性があることを挙げました。脱皮という行為は、一度死んだ動物が生き返るように見えます。そこから脱皮をする蛇は不死の動物、生命力溢れる動物として考えられ、大地と結びつけられるようになりました。

第二に地を這って移動することを挙げました。地を這う蛇は、空を飛ぶ鳥と対になり、大地の守護者と見なせます。そこから蛇は大地と結びつけられるようになりました。

第三に作物に害を及ぼす小動物を食べることを挙げました。蛇は作物を食い荒らす鼠を食べます。そこから蛇は作物を守る動物として、大地と結びつけられるようになりました。

大地を具現化する神が一般的に女神であるように、生命をはぐくむ女性も、よく大地と結びつけられて考えられます。よって同じ大地を司る者として、蛇と女性も関連があると思われます。たとえばフランスにおける妖精メリュジーヌは、子孫繁栄をもたらす豊穣の妖精ですが、その半身は蛇となっています。(騎士は湖で美女に出会うを参照)。

女性と大地の関連については、以下を参照ください。

以上、大地の象徴としての蛇でした。

参考文献 

[1] 浜本隆志『指輪の文化史』白水社、1999年、111頁。

◎Twitterで記事の更新をお知らせします。よろしければフォローお願いします。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
目次