エジプトのギザ。

歴史

語源からたどる文明と文化の違い

はじめに

歴史を勉強していると、「マヤ文明」「ヘレニズム文化」などの用語が出てきます。これら文明・文化という2つの単語は、人間社会を表現している点で似ていますが、意味が異なります。しかし、明確にどこが異なるのでしょうか。

今回の記事では、語源から文明と文化の意味の違いについて考えます。

文明とは

ローマ都市ポンペイの通り
ローマ都市ポンペイの通り

文明は英語でcivilization、その語源はラテン語のcivilizatioです(ラテン語の説明については過去の記事、ラテン語とはをご覧ください)。ラテン語のcivisは「市民」を意味しますから、civilizatioとは市民化すること、つまり都市化することです。

余談ですが、古代ローマ帝国では都市のことをキヴィタス(civitas)と呼びます。中世都市の多くはローマ帝国時代から存在するキヴィタスを元に形成されました。

市民化することが文明であるなら、市民になるということが何を意味するのか明らかにすれば、文明の意味が分かります。市民になるとは、農業から解放されることです。

農耕技術の進歩によって、余剰の穀物が生産できるようになると、自分の糧を自分で育てる必要がなくなる者が出現します。例えば王、貴族、聖職者、学者、技術者、商人などです。彼らは壁に囲まれた都市に暮らしています。都市に畑を耕すスペースはありません。市民の食べ物は壁の外から届けられるのです。

つまり文明とは、生活水準の向上により、社会に市民が存在することなのです。

文化とは

文化は英語でculture、その語源はラテン語のcolereです。colereは動詞colo(耕す)の不定法であり、「耕すこと」を意味します。不定法とは、英語でいう不定詞とほぼ同義です。ラテン語に動詞に-reをつけると動詞を中性名詞にすることができます。

では、「耕すこと」と文化がどのように関連づくのでしょうか。巷ではcolereが「心を耕すこと」の意に転じ、現在の文化の意になった…という説が有力なような印象を得ます。ローマ帝国の政治家だったキケロの言葉、”Cultura animi philosophia est.”(哲学とは精神を耕すことである)から転じたという説です。この説が正しいのかどうかは、現時点では知識不足で何とも言えません。

代わりに、最近読んで考えさせられた、学習院大学名誉教授である、大野晋氏の見解を紹介いたします。

 土地を耕すとは、人間がその土地に固着、依存して生きることであり、地味や気象に左右される生活をしていることである。土地といえば、まずその土地が地球上のどこに位置を占めているかであり(緯度)、地味とは、広く取れば、山か丘陵か平野か海岸か、どんな土地質かという相違である。気象とは雪、雨、風、日照、気温、湿度、乾燥度であり、その組み合わせによる変化である。それらの条件によってcultureは左右される。

 その土地に生を営む人間は自分の生きている場の自然の状態(つまり風土)を自分たちの相手とみなし、それにどう対処するかを、永い年月のうちに定型化する。さらにはそれを人間同士の対応の仕方、事物を認識する態度にまで拡大していく。「文化」とは、土地に固着したものであり、それぞれの土地の条件、風土のもとで生まれる。だからこれは移転不能、輸出不能という特性を持つ。(中略)日本文化といわれるものは、インドやアフリカに輸出できない。

大野晋『日本人の神』河出文庫、2017年、183~184頁

要約すると、「耕すこと(colere)」の対象である「土地」に対処していく過程で、「土地」を含めたその地の風土に対処するようになり、その対処法が生活に根付いて文化となった、ということです。

つまり文化とは、その地で生き延びるすべを生活に定着させたものなのです。たとえば日本家屋が風通しを意識してつくられているのは、蒸し暑い夏を乗り切るためです。その日本特有の家屋は、日本の「文化」と呼べます。

おわりに

文明とは、市民化すること、都市化することを意味するため、農耕社会から次のステップに移ること、農耕社会を脱する技術を持っていることを意味します。

文化とは、その風土で生き延びるための処世術の集合体を意味します。土地を耕し糧を得ることが、風土そのものに対処することにつながり生まれました。

つまり、同様の文明は世界各地に存在しても、同様の文化はどこにも存在しないのです。「マヤ文明」「エジプト文明」と言う際の「文明」は「ピラミッドをつくる技術をもっている」という点で同義ですが、「マヤ文化」「エジプト文化」という際の文化は同義ではありません。マヤ文化は中央アメリカという土地に根付いた固有の生活様式、エジプト文化はナイル川流域に根付いた固有の生活様式だからです。

以上、文明と文化の違いについてでした。

◎Twitterで更新情報をお知らせします。よろしければフォローお願いします。

ラテン語の写本『ケルズの書』8世紀ラテン語とは前のページ

カズオ・イシグロ『忘れられた巨人』感想次のページ丘の上の樹

関連記事

  1. エッセイ

    昔、人は「今日」の日付をどのように認知したか (1)

    最近、気になったことがあります。それは、その日の日付を、昔の…

  2. サンティアゴ・デ・コンポステラの方向をしめす道しるべ。

    歴史

    西洋における道の文化史

    はじめに道の歴史的な役割で、道が古来どのような機能を持ってき…

  3. エッセイ

    昔、人は「今日」の日付をどのように認知したか (2)

    なぜ、王侯貴族や神職に就く者は日付を意識しなければならなかったのでし…

  4. ヨアヒム・パティニール《聖カタリナの車輪の奇跡》1515年頃、ウィーン美術史美術館

    歴史

    遠景は空の色を映す

    はじめに西洋における森の歴史で、「風景画」という絵画のジャン…

  5. レオン・ベリー《オデュッセウスとセイレーン》1867年、サントメール市立美術館、フランス

    歴史

    男を惑わす「美女」セイレーン

    はじめに先日、同僚と訪れたスタバに、美しいセイレーンが描かれ…

  6. フランシスコ・デ・ゴヤ《サバト》1970年代、ラサロ・ガルディアーノ美術館所蔵。サバトとは悪魔を中心とした魔女の集会のこと。

    歴史

    西洋史における「魔女」とは何か

    はじめに突然ですが、「魔女(Witch)」とは何でしょう。「…

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)

  1. 日常

    2023年の振り返り
  2. 水滴

    エッセイ

    水滴が落ちる音にセンシティブな主人公アンソロジー
  3. 1300年頃のロンドン。Grandiose作成、2012年6月18日版

    歴史

    西洋中世の川と都市の発展
  4. マウルブロン修道院

    ハイデルベルク→シュトゥットガルト【ドイツ2019-③】
  5. 羊

    『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』の解釈
PAGE TOP