『ギルガメシュ叙事詩』のあらすじと魅力 – 洪水と不死の追究

目次

はじめに

『ギルガメシュ叙事詩』とは、古代メソポタミアの英雄・ギルガメシュの冒険を詩の形式でうたいあげた、世界最古の叙事詩です。

叙事詩(英:epic)とは、英雄の功績などをうたいあげた詩(=韻文になっている文章)のことです。叙事詩は、神話のジャンルの一つになっています。というのも叙事詩では神々が登場したり、超自然的な現象が描写されたり、主人公である英雄に神の血が流れていたりするからです。世界的によく知られた叙事詩の例として、以下の作品があります。

地域成立時期作品名
ギリシア紀元前8世紀『イリアス』『オデュッセイア』
インド4世紀『マハーバーラタ』『ラーマーヤナ』
フランス11世紀『ローランの歌』
イギリス12世紀『アーサー王物語』
ドイツ13世紀『ニーベルンゲンの歌』
世界的に知られた叙事詩の例。

『ギルガメシュ叙事詩』の何が特異かというと、上の表で挙げた作品と比較して、成立時期がケタ違いに古いことです。『ギルガメシュ叙事詩』は紀元前1800年(紀元前19世紀)ごろに成立しました。おおまかにいうと、今から約4000年前にできた物語(神話)であり、世界で最も古い叙事詩とされています。

最古の叙事詩は、現代人にはとっつきにくかったり、読みにくかったりするのではないか? と思う方もいるでしょう。私もまさにそう思っていましたが、実際に読んでみると、全くそんなことはありませんでした。むしろ、今の時代に通じる人間味にあふれていて、4000年前の人が私たちと同じような感情・思考を持っていたことに驚きました。

今回は、そんな魅力あふれる『ギルガメシュ叙事詩』について紹介します。

まずは叙事詩の背景にあるメソポタミア文明について簡単に紹介し、その後、神話学と文学の視点から、作品の魅力を解説します。

メソポタミア文明について

メソポタミアの位置。赤のハイライトをしている場所がウルク。
メソポタミアの位置。都市国家ウルクの位置は赤のハイライト箇所。ギルガメシュはウルクの王であると伝えられる。

メソポタミア文明とは、ティグリス川とユーフラテス川(現イラク)にはさまれた土地を中心として発展した文明のことです。人類の文明発展の礎となった四大文明(※)の1つに数えられており、高校で世界史を習う際には、一番最初に習う文明です。なぜならメソポタミアは文明発祥の地であり、四つの文明のなかで最も古いからです。ちなみに、メソポタミアとはポタモスにはさまれた土地という意味です。

※残りの3つはエジプト文明、インダス文明、黄河文明。四大文明はすべて川を中心に栄えた。詳しくは西洋中世の川と都市の発展を参照。

メソポタミア文明は紀元前3000年頃(つまり今から約5000年前)、シュメール人という民族が都市国家を設立してはじまりました。シュメール人は最古の文明を築いた民族で、楔形文字(※)を発明し、メソポタミア神話をつくり、『ギルガメシュ叙事詩』の要素となる部分をつくりました。

※楔形文字は絵文字からつくられた文字。葦のくきや金属の尖端を使い、粘土板に押しつけるようにして書くため、一つ一つの字画が楔の形をしている。楔形文字を理解し使用したのは神官や書記で、祭祀・法律・歴史などを書くのに用いた。

シュメール人の統治後、アッカド人がシュメール人を征服して王国をつくり、アッカド王国をアムル人が征服して古バビロニア王国(前19-前16世紀)をつくりました。その間も、シュメール人の技術や文化は受け継がれ、古バビロニア王国の時代に、『ギルガメシュ叙事詩』が編集され、石板の本として成立しました。

楔形文字の進化。シュメール人が発明してから、徐々にシンプルな形に発展していく。絵文字から発展した点で、漢字に似ており、感覚として日本人にも理解しやすい。例えば一番上の「星」は、目で見た輝きをそのまま記号にしている。

シュメール人が発明した楔形文字は、古代オリエント世界で長期にわたって使用され、なんと(アレクサンドロス大王に滅ぼされた)アケメネス朝ペルシア(前550-前330年)の時代まで使いつづけられました。つまり楔形文字は約3000年間使用されたことになります。我々に親しみのあるアルファベットと同じくらい長い使用期間です。

ところが、数千年間にわたり栄えたメソポタミア文明は、ギリシア都市国家の発展や、ローマ帝国の誕生などの、地中海を中心とした権力と文明の陰に薄れ、しだいに人びとから忘れさられていきました。古代期が過ぎると、かつてメソポタミア文明が栄えた砂漠の地は、アラブの遊牧民やトルコの兵士が通り過ぎるだけの、廃墟の地になっていました。こうしてメソポタミア文明は、歴史の闇に完全に消えようとしていました。

メソポタミア文明の存在が世に知られるようになったのは、ごく最近の19世紀半ばのことです。人びとは、メソポタミアの廃墟から、得体の知れない記号(=楔形文字)が彫られた石板が出土するのを知っていました。そこでフランスとイギリスの調査隊が、競うように発掘調査をはじめました。

かつて3000年もの間、古代オリエント世界で使用されていた文字であるにもかかわらず、発掘調査がされた際に楔形文字を読める者は、もはや一人もいませんでした。そこで未知なる文明の解明のために、楔形文字の解読作業が始まりました。1847年、イギリスの軍事使節団の一人であったローリンソンが、楔形文字が彫られたベヒストゥーン碑文を解読することに成功しました。こうして、一度は忘れさられたメソポタミア文明が、再び姿を現したのでした。

ベヒストゥーン碑文(現イラン西部)。アケメネス朝ペルシアの全盛期の王、ダレイオス1世の功績が刻まれている。碑文は楔形文字を使用して、古代ペルシア語、エラム語、アッカド語の3言語で彫られている。

【豆知識】
メソポタミアでの発掘調査は、当時、経済的にも権力的にも栄華を極めていた、フランスとイギリスが行った。そのため出土した粘土板の多くは、今もなおどちらかの国の博物館・美術館に保管されている。イギリスの大英博物館が「略奪博物館」と呼ばれるゆえんの1つである。

2021年には、アメリカが湾岸戦争の際に盗んだ『ギルガメシュ叙事詩』の粘土板が、イラクに返却されたことで話題になった。ニュース記事はこちら(AFPBニュース)。

このようなことを考えると、ベヒストゥーン碑文は岩壁に直接彫られているから、持ち運べず、盗まれなくてよかったねえ……と個人的に思う。

ギルガメシュ叙事詩の概要

さて、楔形文字の解読が進むなかで、とある英雄について書かれた石板が多くあることが分かってきました。その者は女神ニンスンと、ウルクの神官の間に生まれた、ウルク第5番目の王とされています。その英雄について、人びとはさまざまな呼び方をしてきましたが、現在は「ギルガメシュ」という呼び名で固定されました。

なお、「ギルガメシュ」という名前はシュメールの王名表にも挙げられており、そのような名前の王が実在したことが分かっています。ただし、叙事詩で語られていることと、実在した人物の事跡とは特別に関係があったとは考えられていません1

「天の牛」を退治するギルガメシュ。

こうして、ギルガメシュについて書かれた物語の断片が集められ、まとめられ、『ギルガメシュ叙事詩』が再編成されました。『ギルガメシュ叙事詩』は全体で約3600行あったと推定されますが、現時点ではその半分しか残っていません。しかし、ところどころに文章の抜けがあっても、『ギルガメシュ叙事詩』は物語として非常に面白く、神話学や文学、考古学や歴史学などの諸学問にとって、非常に貴重な史料となります。

『ギルガメシュ叙事詩』の大筋について、以下に記載します。なお、森の番人フワワ(シュメール語)は、アッカド語読みの「フンババ」と呼ばれることもあります。

ギルガメシュは、三分の一は人間、三分の二は神で、ウルクの横暴な王でした。母神アルルが、ギルガメシュと競わせるために野人エンキドゥを粘土から造りました。両者は戦いののちに親友となりました。彼らは杉の森の番人である怪獣フワワをたおしました。

その後、女神イシュタルがギルガメシュを誘惑しますが、彼はこれを拒絶し、彼女の過去の恋人たちがどんな末路をたどったかをあげつらいました。激怒したイシュタルは、父神アヌと母神アントゥムにうったえ、ギルガメシュをほろぼすために「天の牛」を造って地上におろしました。

ギルガメシュとエンキドゥはこの「天の牛」を殺してしまいました。その罰として神々は、エンキドゥに死の運命を定めました。エンキドゥは病んで死の床につきました。ギルガメシュは親友の死をなげき、自らもやがて死ぬことを恐れ、永遠の命を得たという賢者ウトナピシュティムのもとへ旅立ちました。

彼は多くの苦難の末にウトナピシュティムとその妻のもとにたどり着きました。ウトナピシュティムは過去に起こった洪水の話をし、永遠の命ではなく若返りの効用がある草のありかを教えました。ギルガメシュはウルクへの帰途、泉で水浴びをしている間に、苦労して取ったその草を蛇に食べられてしまいました。

沖田瑞穂『世界の神話』岩波ジュニア新書、2019年、44-45頁

叙事詩の大筋を引用させてもらった、沖田瑞穂の『世界の神話』は神話学入門に最適です。世の中にある神話のエピソードは膨大なので、独学で体系立てて学ぶことは難しいのですが、本書では神話の伝播の歴史を学ぶことができます。紹介する地域も偏りがないよう意識されており、ジュニア向けだけあって、分かりやすく面白いです。神話学に興味を持った方、他の地域の神話を知りたい方は、ぜひ読んでみてください。

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次章より、『ギルガメシュ叙事詩』の魅力について、神話学の視点と、文学の視点で見ていきます。

神話学の視点 – 旧約聖書への影響

"German Bible"より、アントン・コーベルガーによるノアの洪水の木版画、1483年、エジンバラ大学所蔵
“German Bible”より、アントン・コーベルガーによるノアの洪水の木版画、1483年、エジンバラ大学所蔵

神話学の視点において、『ギルガメシュ叙事詩』の最大の魅力は、洪水神話が書かれていることにあります。洪水神話とは、神が地上に大洪水を起こして、人類を滅ぼそうとするが、一部の人間だけは箱舟等をつくって生き延び、現在につながる新しい世をつくったとする神話です。

洪水神話は世界各地にあります。それは神話と宗教の機能を考えるにて説明した通り、神話には原因譚の機能があり、洪水が起こる原因を人びとが神話に求めたからです。科学的思考がなかった前近代においては、自然現象の原因を超自然的な力に求めるしかなかったのです。

しかしながら、『ギルガメシュ叙事詩』の洪水神話は、ユーラシア大陸における広い地域の洪水神話の基になっている点で、魅力的です。具体的には、『ギルガメシュ叙事詩』の洪水神話は、ギリシアの「デウカリオンの洪水」、インドの「マヌの洪水」、さらには旧約聖書の「ノアの箱舟」の原型とされています2

最初に『ギルガメシュ叙事詩』の洪水神話が発見されたのは、1872年のことでした。当時、大英博物館で勤務していたジョージ・スミスは、楔形文字に魅せられ、独学でかなりの文字を読めるようになっていました。ある日、彼はメソポタミアで出土した石板の一つに目を留めました。そこには、「船がニシルの山に停まった」と書かれていました。さらに読みすすめると、鳩を放したこと、それが立止まるところがないため戻ってきたことが書かれていました。

このとき、ジョージ・スミスが想起したのは、旧約聖書の「ノアの箱舟」のエピソードでした。大洪水が起きて、箱舟が高い山の上に停まったこと、水が引いたことを確かめるために、鳩を船から放ったこと(しかし立止まる場所がなく戻ってきたこと)について、内容が完全に一致していました。そこで本腰を入れて調査してみると、叙事詩と旧約聖書に、偶然とは思えない共通点が多々見つかりました。

スミスが『ギルガメシュ叙事詩』と旧約聖書の類似点を発表したとき、西洋の人びとはショックを受け、困惑しました。当時は、すでに神の神性が否定されはじめた時代ではありましたが(魔法から科学への移行を参照)、それでも聖書の内容が唯一絶対で、真実だと信じる人びとはたくさんいました。ところが、「ノアの箱舟」のエピソードは旧約聖書以前に、異教徒が編纂した『ギルガメシュ叙事詩』から借りてきたエピソードだということが明らかになったのです。

『ギルガメシュ叙事詩』第11の書版。アッカド語で洪水神話が書かれている。前7世紀、大英博物館所蔵。

文学の視点 – 不死の追究

文学の視点において、『ギルガメシュ叙事詩』の最大の魅力は、なんといっても不死の追究という、人間の根元的な願いをテーマにしていることにあります。生きていれば誰しも、いずれ老いて死ぬという運命からは逃れられません。加えて、地球上におけるあらゆる生物のなかで知性のある人間だけが、いつか来る死への恐怖に怯えているのです。

人間の生命は永遠ではない。このことは何も人間にかぎったことではなく、生命あるものはすべて死す。といっても、ほかの生物はかぎりある命を自覚していないから、死すべき運命について思い悩むことはない。人間に最も近いとされるチンパンジーですら、このことで不安に脅えたことなどは聞いたこともない。しかし、人間ばかりが死すべき運命にあることを自覚している。そこに、人間の不幸あるいは悲劇があるとも言える。

本村凌二『多神教と一神教 – 古代地中海世界の宗教ドラマ-』 岩波新書、2018年、38-39頁。

そのため、古今東西の文学作品では、不死あるいは不老不死の追究が繰り返しテーマになっています。現代の例をあげると、漫画の『鋼の錬金術師』は、不老不死の追究が一つのテーマになっていると言えます。以前、本気で考察したことがあるので興味のある方はどうぞ:『鋼の錬金術師』のテーマ考察

メソポタミア神話においては、人間は生まれたときから死すべき運命が定められた存在です。なぜなら、神々は彼らの下僕として人間をつくったのであり、人間が自分たちと同じように不死の存在になってしまっては、都合が悪いからです。

ギルガメシュが不死の秘密を聞きにいった賢者ウトナピシュティムは、かつて人間でした。しかし大洪水の際にエンキ神に生き残ることを選ばれた人間であるため、その後、妻と一緒に神々と同列に迎えられました。つまりウトナピシュティムはすでに神であるため、不老不死なのです。よってウトナピシュティムはギルガメシュに、不死になることは(人間である限り)不可能であることを伝えたのでした。

大地・水・知識をつかさどるエンキ神。メソポタミア神話における一番の知恵者。

おわりに

今回は世界最古の叙事詩である、『ギルガメシュ叙事詩』の魅力について語りました。

最初に、叙事詩が生まれたメソポタミア文明について紹介しました。かつて数千年間さかえたメソポタミア文明は、近代になって発見されるまで、歴史の闇に埋もれていました。楔形文字の解読が進むことで、文明について徐々に明らかになり、今では人類最古の文明であることが認められています。今後も考古学研究が進むにつれ、様々なことが分かってくることでしょう。

次に、神話学と文学の視点から、『ギルガメシュ叙事詩』の魅力を語りました。神話学の観点において叙事詩は、ユーラシア大陸の広い地域に影響を与えた洪水神話を含む点で重要です。文学の観点において叙事詩は、不死の追究という人間の根元的な願いが書かれた最も古い文学の1つとして重要です。

私はちくま文庫から出版されている、矢島文夫訳のギルガメシュ叙事詩を読みました。個人的には、ギルガメシュと親友のエンキドゥが互いに励まし合ったり、ウルクの老人から「おまえはまだ若い」と諫められたりするところに、今と変わらない人間味を感じて、驚きと同時にほっこりしました。4000年前の人間も私たちと同じような感情や思考を持っていたのです。

古い叙事詩であるため、行数も少なく、短時間でさらっと読めます。難解な箇所もないため(どちらかというと叙事詩本体より、解説のほうが難解)、興味をもった方はぜひ読んでみてください。

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文学の視点で記載した「不死の追究」については、個人的に興味をもって集めているテーマでもあるため、次回の記事にて、『ギルガメシュ叙事詩』から引用しながら、さらに詳しく記載したいと思います。次の記事:物語における不老不死をめぐる考察

  1. 矢島文夫訳『ギルガメシュ叙事詩』、ちくま学芸文庫、2024年、188頁。 ↩︎
  2. 沖田瑞穂『世界の神話』岩波ジュニア新書、2019年、47頁。 ↩︎

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