コンラート・ゲスナー(1516 – 65) 『動物誌 第1巻 胎生の四足動物について』より、彩色木版画、1551年、チューリッヒ。

ファンタジー

一角獣(ユニコーン)の性質

はじめに

私がプロフィール画像として使用しているのは「貴婦人と一角獣」と呼ばれる6枚のタペストリー連作の1枚です。フランスのとある城で見つかったこれらのタペストリーは、作者不明で、作成されたのは1500年ごろと推定されています。

ちなみにタペストリーとは、室内の壁面を飾るために使われる織物のことです。タペストリーの歴史は大変古く、紀元前のエジプトでも見られます。絨毯と同じようなものですから、クレオパトラがカエサルの元へ行くのに、絨毯でくるんで運ばせた話を思い出せばうなずけますね。

タペストリーは装飾のためだけでなく、防風対策としても使用されました。西洋中世期の城によくタペストリーが使われるのは、吹きさらしの室内が寒いからです。え?と思った方、中世期の建物における窓は基本的に鎧戸であり、ガラスではありません。そのため、陽の光を入れるには窓を開けるほかありませんでした。なるべく風が入らないよう、どの城も窓を小さく取っていましたが、冬場はさぞ寒かったことでしょう。

今回は、伝説上の動物である一角獣(ユニコーン)の性質についてお話します。

一角獣に関する最初の記述

一角獣の性質を考える前に、一角獣の概念がいつからあるか明らかにしましょう。「ユニコーン」という名前はラテン語に由来し、Wikipedia日本語版にはこう書かれています。

語源はラテン語のūnus 「一つ」と cornū 「角」を合成した形容詞 ūnicornis (一角の)

ラテン語とはで説明したように、ラテン語はローマ帝国の人々が話していた言葉です。では、ローマ人がはじめて一角獣に関する記述を残したのでしょうか。

いいえ、一角獣について最初の記述をしたのはギリシア人です。アルファベット(ラテン語)の元になったのがギリシア文字ですから、ギリシアの文明が栄えたのはローマ帝国設立(紀元前27年)より前です。ギリシア人は一角獣のことをμονόκερως(モノケロス)と呼んでいました。ラテン語とギリシア語の関係については、語源からたどる西洋と日本の「政治」の違いを参照してください。

一角獣の最初の記述は、もっとも新しいものとほぼ同一である。紀元前四世紀にギリシアの歴史家で医師のクテシアスは、インドの諸王国にきわめて足の速い野生の驢馬(ロバ)がいると語っている。それは白い毛におおわれ、紫色の頭、青い目をもち、額の真中に生えている尖った角はつけ根が白、先端が赤、中間が黒である。

ホルヘ・ルイス・ボルヘス著、柳瀬尚紀訳『幻獣辞典』河出文庫、2015年、31頁。

上記のように、一角獣に関する最初の記述は、ギリシア人の歴史家で医師のクテシアスによってされました。彼は、「インド諸島」に一角獣がいると語っています。

獰猛な一角獣

一角獣の性質として第一に、獰猛なことが挙げられます。ギリシア人のプリニウスはこう記述しています。

もっとも獰猛な動物は一角獣で、胴体は馬に似ているが、頭は牡鹿、足は像、尾は猪に近い、太いうなり声をあげ、一本の黒い角が額の真中から三フィート突き出す。この動物を生け捕りにするのは不可能だと言われる。

ホルヘ・ルイス・ボルヘス著、柳瀬尚紀訳『幻獣辞典』河出文庫、2015年、31頁。

イギリスの国章には、獰猛な動物としての一角獣が描かれています。そこでは獅子と一角獣が両側から盾を支えており、一角獣の首にのみ鎖が回されています。これは獰猛な一角獣を制御するための鎖です。

ちなみに、獅子はかつてのイングランド王国を示すモチーフであり、一角獣はかつてのスコットランド王国を示すモチーフでした。紋章にはさまざまなバリエーションがありますが、通常は獅子が白地に赤の十字(イングランド王国の旗)をもち、一角獣が青地に白の十字(スコットランド王国の旗)をもっています。

上は私がスコットランド地方で撮影した紋章ですが、持つべき旗が反対になっています。そのため珍しいパターンのようです。

このようにイギリスの国章には、獰猛な性質をもつ一角獣が描かれています。

処女の膝元でくつろぐ一角獣

一角獣の第二の性質として、処女に懐くことが挙げられます。『フィシオロゴス』と呼ばれる中世ヨーロッパの教本では、一角獣について次のように書かれています。

「どうして捕らえるか。その目の前に乙女を置くと、その膝に跳びのってくる。そこで乙女はこれを愛情で温め、王たちの宮殿へ連れていく」。

狩人たちは、一角獣を捕まえるために処女(乙女)を利用します。処女におびき寄せられた一角獣は、その膝元で大人しくしている間に、まんまと捕らえられるか殺されてしまうのです。

『薔薇の名前』で有名なウンベルト・エーコが書いた小説、『バウドリーノ』には一角獣に関する場面が2回でてきます。

1回目は、主人公バウドリーノが少年のころ、村の女の子(バウドリーノはその子が処女だと確信している)を森に連れて行って一角獣をおびき寄せようとする場面です。

2回目は、バウドリーノが東方への旅へ出かけ、湖のほとりで美しい貴婦人ヒュパティアに出会う場面です。彼女は物語に登場したばかりのころ、アカキウスと呼ばれる一角獣を護身獣として連れていました。しかし、気をつけて読み進めると、後半でアカキウスは登場しなくなります。なぜかというと、ヒュパティアがバウドリーノと結ばれ、乙女ではなくなってしまうからです。アカキウスがどうなってしまったのか、地味に気になるところです。

このように『バウドリーノ』には処女に懐く性質をもつ一角獣が描かれています。

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おわりに

今回は一角獣の起源と、一角獣に2つの代表的な性質が備わっていることをお話しました。1つは獰猛な性質であり、もう1つは処女に懐くという性質でした。例としてそれぞれ、イギリスの国章と、ウンベルト・エーコの『バウドリーノ』を挙げました。

以上、一角獣の性質についてでした。

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コンラート・ゲスナー(1516 – 65) 『動物誌 第1巻 胎生の四足動物について』より、彩色木版画、1551年、チューリッヒ。
コンラート・ゲスナー(1516 – 65) 『動物誌 第1巻 胎生の四足動物について』より、彩色木版画、1551年、チューリッヒ。

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Philipp Foltz《ペリクレスによる葬儀演説》1877年語源からたどる西洋と日本の「政治」の違い前のページ

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