メソポタミア神話のイシュタル。アッカド帝国の封印

歴史

なぜ魔法を使うのは女性なのか

はじめに

魔法から科学への移行で説明した通り、魔法とは科学革命が起こる前に人びとが信じていた超自然的な力のことです。

世界の歴史を振り返ると魔法は、言い換えると超自然的な力は、男性より女性と密接に結びついてきました。例えば古代ギリシアにおけるデルフォイの信託の巫女、近世西洋における魔女、古代日本における卑弥呼……。日本を代表する民族学者である柳田國男は、著作『妹の力』において、古くから(日本の)神祭りは女性の役目だったと説明しています。

今回は女性が超自然的な力と結びつけられてきた理由を考察します。

出産機能

メソポタミア神話のイシュタル。アッカド帝国の封印
メソポタミア神話のイシュタル。アッカド帝国の封印

第一に、女性の出産機能が挙げられます。現代の科学的知識がなかった時代、新たな人間を体内で形成し、産み出す行為は非常に神秘的に見えたに違いありません。女性が人間を創るように見えたのなら、それはまるで神々の(あるいは神の)成せる業です。

出産機能という女性の神秘性を現したのが地母神(ちぼしん)です。大地の象徴としての蛇 でも触れましたが、地母神とは母なる大地と女性を象徴し、豊穣と多産をもたらす神です。大地は農作物を含めたあらゆる植物の生命をはぐくみ、女性は人間の生命をはぐくみます。

大地と女性は同種の力をもつため、豊穣をもたらす神は多くの場合、女神として神話に登場します。例えばメソポタミア神話のイナンナ、イシュタル、エジプト神話のイシス、ギリシア神話のガイア、デメテルなどです。

周期的な存在

第二に、女性が周期的な存在であり、自然に影響を与え得ると考えられていたことが挙げられます。

フランスの文化人類学者レヴィ=ストロースは、南北アメリカ大陸の神話研究として『神話論理』を書いています。
彼は4巻から成る『神話論理』のうち『食卓作法の起原』において、女性が生理周期をもつ周期的な存在であることから、食卓作法の教育が必要とされたと説明します。

女性が周期を乱せば、それは自然界の周期をも乱すことになります。自然界の周期とは、太陽と月の周期、つまり昼夜の周期のことです。

ターナー《金枝》1834年、テート・ブリテン所蔵
(Barcelona) The Golden Bough – Joseph Mallord William Turner – Tate Britain

余談ですが、超自然的な力と結びつく存在の身体状態が自然の秩序に影響し得るという考えは、西洋大陸にも存在しました。イギリスの文化人類学者J.G.フレイザーは『金枝篇』で、古代ローマ時代に存在した奇習について説明しています。

ローマ郊外のネミ湖の湖岸には森があり、そこに「ネミの祭司」と呼ばれる者がいました。この地位に就く者は必ず殺人者です。なぜなら祭司の地位に就くには、必ず現祭司を殺さなければならないからです。つまり祭司になった者は、自分が前の祭司を殺してから、次の祭司候補者に殺されるまでの期間、祭司でいることができました。

フレイザーは著作で、次の祭司候補者に昼夜問わず命を狙われる祭司の様子を記述しています。力の衰えた祭司を殺して新たな祭司を置くという考えは、ネミの祭司の身体が自然と結びついているという考えに基づいています。

(前略)これは換言すれば、王ー祭司ー呪術師の病気や老化が自然や社会の衰退や滅亡につながると信じられていたということである。その結果、王ー祭司ー呪術師が老いたり病気になると、かれを殺害して活力に溢れた若者を新しい王に選ぶ風習があったとフレイザーは推測する。かれの考えでは、ネミの森の王の奇習とは太古の呪術段階に行われていた「王殺し」(regicide)の名残りに他ならない。

松村一男『神話学入門』講談社学術文庫、2018年、80頁。

まじないの知識をもつ産婆

第三に、まじないの知識をもつ産婆の存在が挙げられます。ここで言う産婆とは、経験的な医学知識をもつ、お産の手伝いをする女性のことです。「婆」という字から分かるように、多くの場合老女です。

西洋においては科学革命以前、共同体内で最も医学知識に長けた者は、おそらく産婆でした。お産を手伝う過程で当時なりの様々な医学知識を身につけたことでしょうし、出産という神秘的な行為に携わる者として、共同体の人びとから医学知識に長けていることを期待されたはずです。

そして科学革命以前の医学には、まじないじみたものも多々含まれていました。当時の医学はあくまで経験則でしかありません。例えば痛む腰に牛の糞を塗ったらよくなった、だから牛の糞は腰痛に効く、など。

このような薬師であり呪術師でもある産婆は「賢い女性」「老女」などと呼ばれ、怪我をしたとき、病気になったときの頼みの綱でした。まじないの知識をもつ産婆の存在は、女性が超自然的な力と結びつけて考えられる一要因となったと考えられます。

産婆は西洋に限らず世界各地にいましたが、西洋では彼女たちが「魔女」に転換し、迫害されることとなります。それはまたの機会に紹介します。

おわりに

今回は女性が超自然的な力と結びつけられてきた理由を考察しました。その理由として以下の3つを挙げました。

  1. 女性に出産機能があるから
  2. 女性が周期的な存在だから
  3. 出産を手伝う女性がまじないの知識をもっていたから

2と3は1から派生した理由とも言えるので、一言でまとめると、出産機能があるために女性は超自然的な力、魔法と結びつけられてきたと言えそうです。

以上、なぜ魔法を使うのは女性なのかでした。

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