パオロ・ウッチェロ《聖ゲオルギウスと竜》1470年頃、ナショナル・ギャラリー、ロンドン

ファンタジー

西洋における竜と東洋における龍の違い

はじめに

ファンタジー物語といえば、竜ですね。では、竜と龍の違はなんでしょう?

竜とは、英語のDragonを和訳した言葉です。つまりドラゴンです。対して龍とは、中国のトーテム(信仰対象の動物)としての龍です。「龍」を簡単にした字が「竜」でもありますが、多くの学術書や小説では、以下のように文字を使い分けています。

  • 竜=西洋のドラゴン
  • 龍=中国の龍

紛らわしいのはそもそも、「Dragon」に「竜」という訳語を与えてしまったからです。しかし逆に考えると、それだけ竜と龍の見た目が似ていることを意味します。

今回は、西洋における竜と東洋における龍の違いについて紹介します。

見た目

竜の見た目は、ドラゴンクエストに出てくるドラゴンを想像してください。コウモリのような羽が生えていて、おなか周りがぼてっとしています。その口から発する臭気は毒となり、業火はすべてのものを焼き尽くします。

龍の見た目は、扇子や寺院の天井に墨で描かれたものを想像してください。あるいは、『千と千尋の神隠し』のハクを思い出してください。

少し面白いことに気づいたのですが、ジブリ映画は竜も龍も登場させています。『千と千尋の神隠し』は東洋の文化がベース、『ゲド戦記』は西洋の文化がベースなので、『千と千尋の神隠し』に竜がでてきて、『ゲド戦記』に龍がでてくるということはないのです。

龍の見た目について、後漢の学者である王符は次のように言っています。

「頭はラクダに、目は鬼に、角はシカに、首はヘビに、腹はミズチに、ウロコは魚に、爪はタカに、脚はトラに、耳はウシに、龍はそれぞれ似ている」

池上正治『龍の百科』、新潮選書、2000年、41頁。

龍は、竜と違って羽はありません。また、身体が蛇のように細長いのが特徴的です。

性質

見た目こそ似ているものの、竜と龍は、真逆の性質を持っています。すなわち、竜は悪の化身で、龍は神聖な瑞獣(ずいじゅう)です。

ゲームや漫画で、いまでこそ竜は強く、かっこいいものと見なされていますが、西洋には竜が悪さをして、それを英雄が倒す民話が多々あります(民話とは、おとぎ話とほぼ同義です。おとぎ話については、おとぎ話とファンタジーの違いを参照)。

キリスト教には、聖ゲオルギオスという竜退治の伝説で有名な聖人がいます。J.R.R.トールキンの『ホビットの冒険』にも、そのような伝統的な竜の姿が描写されています。竜は黄金を寝床にし、人間を食らう悪者と見なされます。

……竜はドワーフたちの財産をぜんぶひとりじめにしてしまった。たぶん竜どものやり方だろうが、あいつは、地下のおく深くにその宝ものをぜんぶつみあげて山にすると、それをベッドにして眠るのじゃ。そののちあいつは、いつも表門からはいだしては、夜のあいだに谷間の町にやってきて、人々をさらって食った。

J.R.R.トールキン、瀬田貞二訳『ホビットの冒険〈上〉 』岩谷少年文庫、2002年、56頁。

一方で、龍は中国の瑞獣(ずいじゅう)です。瑞獣とは、天が地上にくだす吉兆の霊獣のことです。つまり、龍の出現は縁起の良いこととされました。

瑞獣といえば鳳凰(ほうおう)や麒麟(きりん)もそうですが、王権と結びついていた点で龍は別格です。「龍顔」は天子の顔、「龍船、龍車」は天子の乗り物を表します。後漢の劉邦など、皇帝のなかには、自らに龍の血が流れていると言うことで、権威を高めた者もいました。

龍は鳳凰と一対になって、中国人が最も愛する瑞祥でもあります[1]。龍と鳳凰は中国における二大トーテムで、龍が「武」「力」「闘争」「男」「皇帝」「陽」を象徴するのに対し、鳳凰は「文」「美」「平和」「女」「皇后」「陰」を象徴します。

おわりに

今回は西洋における竜と東洋における龍の違いについて紹介しました。

竜は西洋の伝説上の生き物、龍は中国の伝説上の生き物です。両者の見た目は似ているところもありますが、その文化的背景は異なります。竜は悪の化身で、龍は神聖な瑞獣なのです。「竜」とでてきたらドラゴンを、「龍」とでてきたら中国の龍をイメージしてみてくださいね。

以上、竜と龍の違いでした。

パオロ・ウッチェロ《聖ゲオルギウスと竜》1470年頃、ナショナル・ギャラリー、ロンドン
パオロ・ウッチェロ《聖ゲオルギウスと竜》1470年頃、ナショナル・ギャラリー、ロンドン

◎Twitterで更新情報をお知らせします。よろしければフォローお願いします。

参考文献

[1]池上正治『龍の百科』、新潮選書、2000年、32頁。

アッピア街道道の歴史的な役割前のページ

『マギ』から学ぶ経済学次のページバザールのランプ

関連記事

  1. John Duncan, Riders of the Sidhe(妖精の騎手),1911

    ファンタジー

    西の方角にある妖精の国

    はじめにイギリスにおける魔法の歴史にて、イギリスとアイルラン…

  2. ファンタジー

    物語における不老不死をめぐる考察

    はじめに不老不死について初めて深く考えたのは、J.R.R.ト…

  3. Philipp Foltz《ペリクレスによる葬儀演説》1877年

    歴史

    語源からたどる西洋と日本の「政治」の違い

    はじめにまことの名を知らなければ魔法を使えないに続き、語源シ…

  4. コンラート・ゲスナー(1516 – 65) 『動物誌 第1巻 胎生の四足動物について』より、彩色木版画、1551年、チューリッヒ。

    ファンタジー

    一角獣(ユニコーン)の性質

    はじめに私がプロフィール画像として使用しているのは「貴婦人と…

  5. 森

    歴史

    西洋におけるアジール(概要)

    はじめに西洋における森の歴史で、アジールについて触れました。…

  6. 手紙と羽ペン

    ファンタジー

    こんな冒険小説を読みたかった!トンケ・ドラフト『王への手紙』レビュー

    はじめにファンタジー、そして冒険好きの皆さん。朗報です!世に…

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)

  1. サラミスの海戦のようす。19世紀、Walter Crane。

    日常

    「中世ヨーロッパの道」100記事目記念
  2. 海外一人旅ってどんな感じ?-クロアチア導入
  3. スプリット1日目【クロアチア一人旅③】
  4. 手紙と羽ペン

    ファンタジー

    こんな冒険小説を読みたかった!トンケ・ドラフト『王への手紙』レビュー
  5. 古地図

    歴史

    歴史学者はどのように過去の出来事を知るのか
PAGE TOP