語源からたどる西洋と日本の「政治」の違い

Philipp Foltz《ペリクレスによる葬儀演説》1877年
目次

はじめに

まことの名を知らなければ魔法を使えないに続き、語源シリーズです。そろそろ、ギリシア語とラテン語の本格的な辞書が欲しくなってきますね。

今回は、西洋における「politics(政治)」と、日本における「政治」が、語源的に異なる思想から成り立っていることを紹介します。

現代では、2つの単語は同等の意味として使われますが、それは日本の「政治」が西洋の「politics」の意味に近づいた結果です。単語が生まれた当初は、まったく異なる思想を根底としていました。

西洋の「politics」

ラテン語とはで触れましたが、西洋の主要言語はラテン系かゲルマン系に分かれます。ラテン系言語とは、ラテン人、つまりローマ帝国の人々が話していた言語から分岐した言語で、イタリア語、フランス語、スペイン語がそれにあたります。一方、ゲルマン系言語とは、ゲルマン人が話していた言語から分岐した言語で、英語、ドイツ語がそれにあたります(ゲルマン人についてはイギリスにおける魔法の歴史を参照)。

ということは、politicsは英語なのでゲルマン人の言葉に紀元があるのでしょうか。いいえ、違うのです。たとえば現在、日本人が日本にはない概念を輸入するとき、外国語のままで日本語に取り込みますよね(「コンピューター」とか)。それと同じで、当時のpoliticsという言葉に対応する概念がゲルマン人にはなかったのでしょう、politicsのままで自分たちの言葉に取り込みました。

politicsはラテン人、厳密にいうとギリシア人の言葉に紀元があります。

ギリシア語を話すギリシア人は、ローマ帝国のラテン人とはまた別の民族です。ですがローマ帝国の文化は、古代ギリシア文化の影響を多大に受けています。たとえばローマ帝国人が信仰していた神々は、そのまま古代ギリシア人が信仰していた神々(オリュンポス12神)に対応します。ローマ帝国の文字、言い換えればアルファベットの元となったのもギリシア文字です。

politicsの語源はギリシア語のπολιτικάです。politiká(ポリティカ)と発音します。

「ポリス」という言葉を聞いたことがありますか?世界史を学んだ方はおなじみだと思います。これは古代ギリシアの「都市国家」を意味する単語です。昔、ギリシアには大きな一つの国があったわけではなく、4000人ほどが暮らす「都市」がいくつかあり、それぞれ国家のように機能していました。有名な都市国家に、アテネやスパルタがあります。

さて、ポリスをギリシア語で書くとπόλιςです。そこから派生したのが「市民」という意味のポリテース(πολίτης)です。ポリティカ(πολιτικά)に似ていますね。じつは、ギリシア語でいう「政治」は「市民」という単語が元になっています。英語版のwikipediaを見ると、次のように書かれています。

Politics (from Greek: πολιτικά, translit. Politiká, meaning “affairs of the cities”) is the process of making decisions that apply to members of a group.

日本語に訳したのが下記です。

政治(ギリシア語に由来:πολιτικά、発音はポリティカ、「市民の義務」という意味)とは、グループのメンバーに当てはまる決定をしていく過程である。

古代ギリシアの都市国家は、直接民主政だったことで有名です。とくにアテネでは発展が顕著で、女性、外人、奴隷以外は、全員参政権がありました。男たちは用事の帰りに広場(ギリシア語でアゴラ)に寄り、議論を交わして時間をつぶしていました。

つまり、古代ギリシアおいて、「市民の義務」だったポリス内のルールを決める議論に参加することが、politicsの意味の元にあるのです。ここから、西洋における「政治」は「市民同士の話し合い」という思想が根底にあることが分かります。

日本の「政(まつりごと)」

一方、日本における「政治」はどのような思想を根底としているのでしょうか。

「政治」を古い言葉で言うと「まつりごと」となります。大河ドラマを見ていると、よく聞く単語ですね。

普段使っている言葉をどういう意味だろう?と考えるのはなかなか難しいですが、ちょっと考えてみましょう。「まつりごと」とはどういう意味ですか?

「まつりごと」は「まつり―ごと」に分解できます。すると今度は、「まつり」とは、という話になります。

「まつり」とは、神々に食物や酒を「まつる」ことです。昔、日本人は神々を招いて、祈願するとき(たとえば、たくさんお米が収穫できますように)、必ず食物を供え、酒を差し出していました。夏まつり等の「まつり」はここから来ています。

国語学者の大野晋は、次のように述べています。

国家の長としては、カミへの奉仕をすることが最大の役目であったから、「マツリゴト=神への奉祭=政治」という考えが成り立ち、日本語では政治をマツリゴトといい習わしてきた。つまり日本では政治は、人々が集まって多数で決議することによって始まったのではなく、神にものをマツり、神の加護を求めることに始まり、その系譜で引き継がれてきたことが分かる。

大野晋『日本人の神』河出文庫、2017年、33頁。

すなわち、日本の「まつりごと」の思想の根底には、「神にものをマツり、神の加護を求めること」があるのです。

おわりに

日本の「まつりごと」の思想は、古代ギリシアの「議論に参加すること」を意味する「πολιτικά」とは全く異なることを明らかにしました。一方は「人―神」の関係であり、他方は「人―人」の関係です。また、一方は独裁的で、他方は民主的とも言えます。もちろん、冒頭でも述べたように、現在の日本語の「政治」は西洋の「politics」とほぼ変わりません。おそらく元の意味から大きく変わったのは、明治以降、西洋の思想を取り入れてからでしょう。

以上、語源からたどる西洋と日本の「政治」の違いでした。

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Philipp Foltz《ペリクレスによる葬儀演説》1877年
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