バザールのランプ

エッセイ

『マギ』から学ぶ経済学

はじめに

わたしは漫画をそれほど読まないのですが、唯一、本棚にずらりと大切に並んでいる漫画があります。……それは、大高忍先生の『マギ』です。

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学生時代所属していた西洋中世史ゼミで、友人に勧められたのが『マギ』でした。友人曰く、実際に存在した国のオマージュがたくさん出てきて、歴史を学ぶ身としておもしろいし、ファンタジー好きだったら尚更おもしろい、とのことです。それで、友人が持っていた『マギ』をゼミ の日のたびに2巻ずつ借りることになったのですが、3回そのやりとりを繰り返したあたりで、続きを待ちきれなくて自分で揃えはじめました。

何が魅力的かというと、登場人物みんなが人間臭いところです。言い換えると、心情がとてもリアルなところです。普通、少年漫画は「善」と「悪」の対立が明確ですが、この物語に完全悪はありません。登場人物の各々が自分の正義を信じて、悩み苦しみながら前に進んでいきます。それが、現実の世界と同じであり、深く感情移入することができます。

前置きが長くなってしまいました。

今回は、名付けて「マギから学ぶ経済学」!

現代の経済競争が昔の武力戦争に似ている話をします。

「武力の戦」から「経済の戦」へ

ここで、『マギ』の30巻で、わたしの推しキャラクターでもある、紅玉ちゃんが言った言葉を紹介します。30巻における彼女は、皇帝国という、国家解体の危機に陥っている国の女王です。そのとき『マギ』の世界は、武力によって他国を制圧する時代から、経済によって制圧する時代へ変わろうとします。しかし、それまで軍事力を強みに国を拡大してきた皇帝国は、経済発展の波に乗り遅れてしまいました。

苦境に陥った皇帝国。その状況を打破するため、紅玉は国内にいる元軍人を全員集め、演説を行います。

「者ども聞け!!皇帝国は今、国家解体という、未曽有の危機に瀕している。なぜか?」

「それは……皇帝国が……新たに始まった『戦争』に敗れているからだ!!」

「おまえたちは……戦争は終わった、と考えているだろう? そうではない……目を見開け……」

「戦争は終わってなどいない!!武力での戦から、経済という新たな戦いへ……形を変えただけで続いているのだ!!」

紅玉はつづけて、皇帝国が経済の戦に敗れているがゆえに、他国に民や資源を奪われ、目に見えにくい形で「侵略」されていると述べます。すると、元軍人たちは紅玉の言葉で上を向き、新たな時代のやり方で国を守る決意をするのです(感動!)。

経済競争と武力戦争の共通点

この、「武力の戦」が「経済の戦」に代わったという言葉、なるほどな、と思いました。考え始めると、現代の経済競争と、武力戦争は共通するところがたくさんあります。

たとえば、武力戦争における「領土」は、経済競争における「市場」と一緒です。「国」は「企業」に、「国王」は「社長」に置き換えられます。国が国王を指導者として領土を拡大するように、企業は社長を指導者として市場を拡大します。市場を拡大すればするほど、力をもった企業になることができます。

また、経済競争における「新商品」や「新サービス」は、武力戦争における「新技術」と一緒です。どんな大帝国もいつかは滅びる、その理由の一つに戦の技術が進化することが挙げられます。たとえば、桶狭間の戦いで今川義元が織田信長に敗れたのは、火縄銃という新技術を取り入れていなかったからです。同様に、企業も最初の成功にいい気にならず、常に他企業に勝る「新商品」や「新サービス」を考案しつづけなければ、市場から淘汰されてしまします。

おわりに

今回は、『マギ』の引用をもとに、経済競争と武力戦争に多くの共通点があることをお話しました。ファンタジーの世界に生きたい人は、日々の労働で想像を働かせて遊んでみると楽しいかもしれませんね。自分は王様(社長)が束ねる国(企業)の民の一人で、いま国の命運がかかる重要な会議に参加している……とか。そして、自分が王様になることも夢じゃないな、とか。

以上、経済競争と武力戦争の共通点のお話でした。

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パオロ・ウッチェロ《聖ゲオルギウスと竜》1470年頃、ナショナル・ギャラリー、ロンドン西洋における竜と東洋における龍の違い前のページ

イギリスにおける魔法の歴史次のページ《アーサーと不思議なマント》トマス・マロリー『アーサー物語』より。

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