西洋中世期のアウトサイダー

ハーメルンの笛吹き男。鼠退治の報酬を払わない村人たちの子供を、笛を吹いて連れ去る。
目次

はじめに

西洋における森の歴史で、森の開墾が進むまでは、中世の人びとは共同体の外を「異界」ととらえていたことを説明しました。異界とは、神々や精霊、悪霊の住む世界のことです。

基本的に人びとは異界を避けて生活していましたが、なかには人間の世界と異界を行き来する人がいました。彼らは共同体の仲間ではない者、アウトサイダーと呼ばれます。

今回は西洋中世期のアウトサイダーについてご紹介します。

アウトサイダーとは

ハーメルンの笛吹き男。鼠退治の報酬を払わない村人たちの子供を、笛を吹いて連れ去る。
ハーメルンの笛吹き男。鼠退治の報酬を払わない村人たちの子供を、笛を吹いて連れ去る。

アウトサイダーとは、英語でoutsider、直訳すると「外側の者」です。本記事では、共同体に属してない者、社会からのはみだし者という意味で使用します。言い換えると彼らは、差別や賤視の対象になっていた人びとでした。

中世史学者はしばしば、中世期の人びとが生きた時空観念をミクロコスモス(小宇宙)とマクロコスモス(大宇宙)に分けます。2つの表象観念は世界各地、どこでも見られるもので、スカンディナビア半島やイラン、古代インドなどに見られます[1]。

わかり易くいってしまえば、自然界の諸力を人間がかろうじて制御しうると考えられた範囲内が小宇宙 Mikrokosmos であり、その外側に人間にはとうてい制御しえない諸霊や巨人、小人、死などの支配する大宇宙 Makrokosmos が広がっていた。この両宇宙は排他的なものではなく、同じ要素からなりたっており、ひとつの宇宙をなしてもいた。

阿部謹也『中世賤民の宇宙―ヨーロッパ原点への旅』筑摩書房、1987年、196頁。

たとえば柵で囲まれた村はミクロコスモスで、その外に広がる森はマクロコスモスでした。人間はミクロコスモス内で、かまどに火をおこしたり、畑に水をひいたり、ある程度の自然を制御しますが、マクロコスモスの自然は制御できません。つまり、嵐や山火事や土砂崩れなどは制御できないのです。それを制御するのは人間ではなく、超自然的な存在です。

アウトサイダーとは、人間であるにもかかわらず、ミクロコスモスとマクロコスモスを行き来する者です。普通の人にとって、彼らはマクロコスモスと通じている、恐ろしい存在でした。

アウトサイダーの例

では、具体的にどのような人びとがアウトサイダーとみなされていたのでしょう。阿部謹也は、ミクロコスモスとマクロコスモスの狭間に成立したアウトサイダーとして、以下の職業に就く者を挙げています。どの職業においても、ミクロコスモスに属する人間には制御できないものを扱います。

・死と関わる職業

・大地、水、火と関わる職業

・性と関わる職業

たとえば、粉ひき屋は代表的な中世期のアウトサイダーです。西洋人の主食であるパンを作るには、粉状の麦が必要です。当時の社会では無論そのようなものは売っていないので、収穫した麦を粉状にしてくれる、粉ひき屋がいました。彼らは水車を利用して麦を粉状にしていました。そのため粉ひき屋は、水車小屋の主でした。

水車小屋は川の流れる場所にあるため、おのずと粉ひき屋は町外れや森の中で働くことになります。すなわち、粉ひき屋は人間の世界と異界の境界、あるいは異界で水というマクロコスモスの産物を制御する、通常の人間とは異なる力をもつ者でした。水の神性については、これまでもさまざまな記事で触れてきました。西洋におけるアジール(概要)異界への入口などをご参照ください。粉ひき屋については、西洋中世期の森へ入る職業でも紹介しています。

畏怖から賤視へ

人間の世界(ミクロコスモス)と異界(マクロコスモス)を行き来するアウトサイダーは、最初、人びとから畏怖されていました。それは神々や精霊を畏怖するのと同じ感覚です。ところが畏怖は徐々に賤視へと変わっていきました。面白いことに、それは西洋に限ったことではなく、他の地域でも共通しています。

たとえば日本でも、「ケガレ」に関わる職業の人が畏れられていました。しかし時代がくだるにつれて「ケガレ」が忌避され、嫌悪されていきます。その結果、それに関わる人の社会的地位が低くなりました。詳細を知りたい方は網野善彦『日本の歴史をよみなおす (全)』をご参照ください。

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アウトサイダーはなぜ賤視されるようになったのでしょうか。その理由の一つとして、人びとの異界に対する解釈が変化したことが挙げられます。

魔法から科学への移行で説明したように、近代以前、人びとは自分たちを取り巻く世界が超自然的な力によって成立していると考えていました。その考えは科学革命によって変わりますが、科学革命が起きる下積みは中世期からされていました。それは人びとが森を「異界」ではなく「征服すべきもの」と考えるようになったこと(西洋における森の歴史を参照)にも示唆されています。ちなみに、森を征服する思考はキリスト教の教義から発しているため、科学的思考の成立がキリスト教と関係していると考える学者が一定数存在します。

人びとの異界に対する畏れがなくなると、アウトサイダーに対する畏れの念もなくなります。人びとはそれ以前とは異なる方法で自らの世界をとらえはじめます。そのときにはもはや、ミクロコスモスとマクロコスモスという概念はありません。アウトサイダーは神性な存在ではなく、彼らの職業は、普通の人びとが嫌悪する、理解しがたいものでしかありませんでした。

おわりに

今回は西洋中世期のアウトサイダーについて紹介しました。本記事ではアウトサイダーを共同体から外れ、賤視の対象になっていた人びとと定義しました。

アウトサイダーは人間の世界(ミクロコスモス)と異界(マクロコスモス)を行き来する人びとでした。たとえば死や性や、神性をおびた自然と関わっていた人びとでした。

アウトサイダーは最初、異界と関わるために人びとに畏怖されていましたが、徐々に賤視の対象となっていきます。その理由の一つとして、人びとの異界に対する解釈が変化したことを挙げました。

以上、西洋中世期のアウトサイダーでした。

参考文献

[1] 阿部謹也『中世賤民の宇宙―ヨーロッパ原点への旅』筑摩書房、1987年、196頁

 阿部謹也はアウトサイダーの1種として、ハーメルンの笛吹き男を題材に一冊の本を書いています。彼はドイツのハーメルン市における伝承に登場するアウトサイダーで、ねずみ退治の報酬を支払わない町人に怒り、笛を吹いて町の子供たちを連れさります(子供たちはそのまま戻ってこない)。子供たちが失踪した年も明確に記録されており、作り話にしてはあまりにもリアルです。そこで、阿部謹也は子供たちの行方を歴史的に探ろうとします。興味のある方は『ハーメルンの笛吹き男―伝説とその世界』をお読みください。

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