森

歴史

西洋におけるアジール(概要)

はじめに

西洋における森の歴史で、アジールについて触れました。昔は森が神々・精霊・悪霊の世界「異界」ととらえられており、人びとは森へ入る(村の柵を超える)ことを恐れていたと説明しました。そして「異界」ととらえられていた時代に、森にはアジールの機能も備わっていたと説明しました。

アジールとは「聖域」を意味し、簡単に言うと人の権力が及ばない領域を意味します。つまり人間の定めた法(ルール)の効力が及ばない場所です。そのため法を犯した人の避難場所となります。例えば皆さんは、子供の頃に遊びで、地面に円を引いて、鬼ごっこで鬼が入れないエリアをつくった経験があるかもしれません。あれがアジールです。その円のなかにいる子供を、鬼は捕まえることができません。

今回は、西洋中世期におけるアジールについて概要を紹介します。

アジールとは

冒頭で説明したように、アジールとは「聖域」を意味する言葉です。ギリシア語のἄσυλον(アスロン)が元になっています。つまり古代ギリシアの時代にはすでに存在した概念です。古代ギリシア以外に、古代イスラエル、古代ローマにも明確なアジールの規定がありました。アジールでは、人の権力が及ばないことになっています。そのため一国の王であろうと、アジールへ逃げ込んだ法喪失者を捕まえることはできません。具体的には、西洋では森や教会、自由都市がアジールに相当しました。日本では山や寺院がそうです。

アジールが許容された理由

支配者にとっては、自分に害をなす者たちを捕まえられない領域の存在はデメリットでしかありません。では、なぜアジールという概念が許容されたのでしょうか。それは人間であれば誰でも、「異界」の支配者を畏怖していたからです。

実は、アジールは人間の統治権力より先に生まれた概念です。アジールとは、神々が支配する領域、「異界」のことです。つまりアジールは歴史的に「異界」と同じ運命をたどりました。人間が共同体(村や町)をつくる以前は、すべての場所がアジールでした。しかし、徐々に人間の支配領域が広くなり、現在ではどこにも、伝統的な意味でのアジールが存在しなくなりました(「異界」については西洋における森の歴史を参照)。

魔法が科学に置き換わる前、つまり科学的思考が人びとに生まれる前は、人びとは世の中のすべての事象の原因を超自然的な力に結び付けていました。超自然的な力とは、魔法や霊的な力のことです(詳細は魔法から科学への移行を参照)。

そのため近代以前は、どれほど力を持った権力者であろうと、神々や霊的な存在を畏怖していました。彼らは人間の世界では人間のルールにのっとり、「異界」では「異界」のルールにのっとるべきだと考えていたのでしょう。神々の領域で流血沙汰を起こすのはとんだ冒涜にあたります。権力者はこのような理由で、アジールの存在を許容したと考えられます。

神が場所を支配するという考え

アジール(聖域)には、超自然的な存在がその領域を支配しているという考えが根底にあります。大野晋は日本の神の特徴の一つとして、「それぞれの場所や物・事柄を領有し支配する存在であった」と述べています。

カミにはいま一つ、別の性格がある。それは古代のカミが山や坂や川の瀬などを領有・支配していたことである。それらの場所を通過するにはカミに捧げ物をして、通行の許可を乞わなければならなかった。

大野晋『日本人の神』河出文庫、2001年、20頁。

この特徴は日本の神に限ったことではなく、西洋の伝統的な多神教の神々の特徴でもあると考えています。ここで言う「伝統的な多神教の神々」とは、キリスト教が浸透する前に、あるいは浸透したあともひそかに人びとに信仰されていた神々のことです。伝統的な神々の文化については西洋中世期に存続した異教文化を、伝統的な神々がキリスト教に置き換わった過程は西洋になぜキリスト教が浸透したのかを参照してください。

例えば西洋中世期には、日本と同様に、川には水神がいると考えられていました。橋がない川では、人びとは浅瀬を歩いて向こう岸に渡りました。浅瀬を歩く途中に水に流されると、水神の犠牲となってしまいます。ちなみに、人魚やセイレーンと同様に、女の水の精は非常に美しいとされています。そしてお決まりですが、男の水の精は醜いとされています。

水の精のいる川には石を投げてはならず、投げると祟りがあるとされていた。(中略)夏至の日にはネッカー、エルスター、ザーレ、ウンストルト、ボーデ、エルベ、シュプレー、オーデル、ドーナウなどのドイツの多くの河の岸辺から水の精に供物が捧げられた。ラーンでは昼の十二時に川に大きな波がたつのは川が供物を要求しているので、やがて人が溺れるといわれた。このように人間の犠牲を要求するような水の精は毎年のように洪水をくり返す。ときには子どもの犠牲を防ぐために、人びとは両岸から子どもの服を川に投げこんだ。やがて人の形をしたパンがその代わりをするようになった。

阿部謹也『中世を旅する人びと―ヨーロッパ庶民生活点描』ちくま学芸文庫、2015年、32-33頁。

このように、超自然的な存在が支配する領域を伝統的に、人びとはアジールと認識していたと考えられます。それは例えば森や教会です。ただし、時代が下ると自由都市など、人びとが自らつくるアジールが出現します。アジールの具体例については、次回の記事で紹介します。

おわりに

今回は西洋中世期におけるアジールについて概要を紹介しました。アジールとは「聖域」を意味する言葉で、その領域では人の権力が及ばないことになっています。そのためアジールは法喪失者の避難場所になります。アジールがなぜ権力者に許容されたかというと、アジールは「異界」と同様に超自然的な存在が支配する領域だからです。当時の人びとは超自然的な存在を畏怖していたため、彼らの領域で人間のルールを適用することはありませんでした。

アジールには、超自然的な存在がその領域を支配しているという考えが根底にあります。例として、日本と西洋、二つの例を挙げました。この伝統的な考えに基づいたアジールが森や教会です。ただし、時代が下ると人間が独自にアジールをつくりはしめます。それが自由都市です。

次の記事西洋におけるアジール(例)では、様々なアジールについて具体的に紹介します。以上、西洋におけるアジールについてでした。

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