伝説上の動物、一角獣(ユニコーン)の性質について紹介します。西洋では古くから文学作品に登場し、乙女が飼いならすことができると信じられています。
一角獣に関する最初の記述
一角獣の性質を考える前に、一角獣の概念がいつからあるか明らかにしましょう。「ユニコーン」という名前はラテン語に由来し、Wikipedia日本語版にはこう書かれています。
語源はラテン語のūnus 「一つ」と cornū 「角」を合成した形容詞 ūnicornis (一角の)
ラテン語とはで説明したように、ラテン語はローマ帝国の人々が話していた言葉です。では、ローマ人がはじめて一角獣に関する記述を残したのでしょうか。
いいえ、一角獣について最初の記述をしたのはギリシア人です。アルファベット(ラテン語)の元になったのがギリシア文字ですから、ギリシアの文明が栄えたのはローマ帝国設立(紀元前27年)より前です。ギリシア人は一角獣のことをμονόκερως(モノケロス)と呼んでいました。ラテン語とギリシア語の関係については、語源からたどる西洋と日本の「政治」の違いを参照してください。
一角獣の最初の記述は、もっとも新しいものとほぼ同一である。紀元前四世紀にギリシアの歴史家で医師のクテシアスは、インドの諸王国にきわめて足の速い野生の驢馬(ロバ)がいると語っている。それは白い毛におおわれ、紫色の頭、青い目をもち、額の真中に生えている尖った角はつけ根が白、先端が赤、中間が黒である。
ホルヘ・ルイス・ボルヘス著、柳瀬尚紀訳『幻獣辞典』河出文庫、2015年、31頁。
上記のように、一角獣に関する最初の記述は、ギリシア人の歴史家で医師のクテシアスによってされました。彼は、「インド諸島」に一角獣がいると語っています。
獰猛な一角獣
一角獣の性質として第一に、獰猛なことが挙げられます。ギリシア人のプリニウスはこう記述しています。
もっとも獰猛な動物は一角獣で、胴体は馬に似ているが、頭は牡鹿、足は像、尾は猪に近い、太いうなり声をあげ、一本の黒い角が額の真中から三フィート突き出す。この動物を生け捕りにするのは不可能だと言われる。
ホルヘ・ルイス・ボルヘス著、柳瀬尚紀訳『幻獣辞典』河出文庫、2015年、31頁。
イギリスの国章には、獰猛な動物としての一角獣が描かれています。そこでは獅子と一角獣が両側から盾を支えており、一角獣の首にのみ鎖が回されています。これは獰猛な一角獣を制御するための鎖です。
ちなみに、獅子はかつてのイングランド王国を示すモチーフであり、一角獣はかつてのスコットランド王国を示すモチーフでした。紋章にはさまざまなバリエーションがありますが、通常は獅子が白地に赤の十字(イングランド王国の旗)をもち、一角獣が青地に白の十字(スコットランド王国の旗)をもっています。
上は私がスコットランド地方で撮影した紋章ですが、持つべき旗が反対になっています。そのため珍しいパターンのようです。
このようにイギリスの国章には、獰猛な性質をもつ一角獣が描かれています。
処女の膝元でくつろぐ一角獣
一角獣の第二の性質として、処女に懐くことが挙げられます。『フィシオロゴス』と呼ばれる中世ヨーロッパの教本では、一角獣について次のように書かれています。
「どうして捕らえるか。その目の前に乙女を置くと、その膝に跳びのってくる。そこで乙女はこれを愛情で温め、王たちの宮殿へ連れていく」。
狩人たちは、一角獣を捕まえるために処女(乙女)を利用します。処女におびき寄せられた一角獣は、その膝元で大人しくしている間に、まんまと捕らえられるか殺されてしまうのです。
『薔薇の名前』で有名なウンベルト・エーコが書いた小説、『バウドリーノ』には一角獣に関する場面が2回でてきます。
1回目は、主人公バウドリーノが少年のころ、村の女の子(バウドリーノはその子が処女だと確信している)を森に連れて行って一角獣をおびき寄せようとする場面です。
2回目は、バウドリーノが東方への旅へ出かけ、湖のほとりで美しい貴婦人ヒュパティアに出会う場面です。彼女は物語に登場したばかりのころ、アカキウスと呼ばれる一角獣を護身獣として連れていました。しかし、気をつけて読み進めると、後半でアカキウスは登場しなくなります。なぜかというと、ヒュパティアがバウドリーノと結ばれ、乙女ではなくなってしまうからです。アカキウスがどうなってしまったのか、地味に気になるところです。
このように『バウドリーノ』には処女に懐く性質をもつ一角獣が描かれています。
おわりに
今回は一角獣の起源と、一角獣に2つの代表的な性質が備わっていることをお話しました。1つは獰猛な性質であり、もう1つは処女に懐くという性質でした。例としてそれぞれ、イギリスの国章と、ウンベルト・エーコの『バウドリーノ』を挙げました。
以上、一角獣の性質についてでした。