月が美しい小説/エッセイ -9月読書会

目次

はじめに

9/9(土)に5回目の読書会を開催しました。その記録を本記事に記載します。

9月読書会の内容

今回のテーマは、「月が美しい小説/エッセイ」です。秋の夜長は、鈴虫の鳴き声などを聴きながら、読書を楽しむのにもってこいです。というわけで、月が美しそうな雰囲気がある本を皆さんに持ち寄っていただきました。

今回は4名の方に参加いただきました。急遽、ご都合で参加できなかった1名の方がいますが、紹介予定だった本をいくつか共有いただいたので、その一部も共有したいと思います。

なお、本当に馬鹿なことをしたのですが、今回の読書会で一生懸命とっていたメモを失くしてしまいました……。毎回、メモを頼りにして記事にまとめていますが、今回は記憶力(しかも一週間前)のみを頼りに記事にまとめていきます。適当な場所にメモを保存してはいけないと反省しました。

紹介された本

シェイクスピア『夏の夜の夢』

原題は”midsummer’s night dream”で、夏至祭(6/24ごろ)あるいは五月祭(5/1)の前夜に森で起こる、恋人と妖精たちのドタバタ幻想喜劇です。夏至祭も五月祭も広義には夏の訪れを祝う祝祭なので、夏に読むにはぴったりな本です。

※五月祭について気になる方は西洋における樹木信仰のなごりを参照ください。

シェイクスピア劇の翻訳者はいろんな方がいますが、紹介者さんのおすすめは松岡和子です。私も好きで、彼女の講演会に行ったこともあります。これまで日本人でシェイクスピアの全訳を成し遂げた人は、坪内逍遥と小田島雄志が存在し、松岡和子が3人目となります。

彼女の功績の1つは、それまで原作以上に男尊女卑に訳されていたところを、修正したところでしょう。ちなみに、彼女がよく口にするシェイクスピア作品を表す言葉は、「喜劇は結婚で終わり、悲劇は結婚から始まる」です。人生の理すら表していそうな言葉ですね。

夏の夜の夢』では、いたずら好きの妖精パック、妖精の王オベロン、妖精の女王ティターニアをはじめ、様々な妖精が登場します。シェイクスピアの作品でこれほど妖精が主体に扱われている作品は珍しい、と紹介者さんは言います。そして、恋人たちのそれぞれのパートナーが(妖精のいたずらで)入れ替わるという部分がこっけいで面白いとのことです。入れ替わる、という発想は他のシェイクスピア作品にも多々見られ、例えば女性が男装して男としてふるまう作品も多々あります。

sousouのコメント:女性が男性としてふるまう作品として、まっさきに『ヴェニスの商人』を思いつきました。『ヴェニスの商人』の解説としては岩井克人『ヴェニスの商人の資本論』が知的好奇心を刺激して最高なので、全人類におすすめします。

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こちらの紹介者さんは最近、アンデルセンの『絵のない絵本』についてツイートしていました。そのため、私はてっきりその本を紹介されるかと思っていました(ひねりがないので辞めたとのことでした)。『絵のない絵本』は月が語りかけてくる話が収録されています。こちらも今回のテーマにぴったりだと思いました。

上田秋成​『雨月物語』​

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江戸時代後期に書かれた怪異物語集です。中国や日本の古典を取り入れた、美しくも妖しい9篇の物語で構成されています。時代設定は物語によってまちまちで、古い時代だと平安、新しい時代だと江戸まであり、登場人物の身分も武士から平民までさまざまです。

雨月物語』は1768年に成立したと言われています。フランス革命(1789年)より前なので、すごいという話になりました。日本文学に疎い私からすると、いわゆる小説形態の物語は、西洋の文化が流入した明治時代に流行り出した印象です。そのため江戸時代にすでに、このような素晴らしい文学があったことに驚きました。「怪異」集というところがまた、超自然的存在(折口信夫的にいうと”まれびと”)と共存する日本人らしくてよいなと思いました。

※超自然的がどういう意味かは、過去記事魔法から科学への移行を参照。

原文のまま読もうとすると現代人にとっては読みづらさがありますが、紹介者さん曰く、頑張って原文のまま読んだほうが味わいがあるとのことです。岩波文庫から出版されている版だと、原文にフリガナや注釈がついており読みやすくなっています。一方で、現代語訳で読みたい方には、講談社学術文庫からでている版がおすすめです。

『雨月物語』は1953年に映画化されており、海外においても、映画史上の最高傑作のひとつとして高く評価されています。Amazon Prime会員なら無料で観れます→こちら

sousouのコメント:『雨月物語』に収められている物語のうち、男が蛇の化身である女につきまとわれる話、『蛇性の婬(じゃせいのいん)』があります。蛇は(あらゆるものを生み出す)大地の象徴であるため、どこの地域でも古くから女性と結びつけられて考えられてきました。

例えば、現在のフランスにあたる地域では、下半身が蛇の姿をしている、メリュジーヌと呼ばれる妖精の伝説が残っています。彼女は、婚姻関係を結んだ貴族の男に繁栄をもたらす妖精でした。詳細は過去記事『メリュジーヌ物語』概要を参照してください。

※蛇と大地の関係については、過去記事大地の象徴としての蛇 を参照。

川端康成『白い満月』

川端康成といえば日本人初のノーベル文学賞作家で、『雪国』や『伊豆の踊子』といった小説がよく知られています。また『古都』はTwitter読書界隈で根強い人気があるように見受けられます。そんな川端康成の作品のなかで、参加者さんが紹介してくれたのは、『白い満月』という家族サスペンス要素がある小説です。

主人公(男)の家族は、父も兄も病気で死んでおり、主人公もやがて病をわずらいます。そんな中、彼は妹のシズエが自殺したとの知らせを受けます。そして、もう一人の妹であるヤスコがシズエの死の原因になったのではないかと疑います。ヤスコは家族でありながら、家を恨んでおり、それまでも怪しまれるような行動を幾度かしていたためです。ヤスコが訪ねてきたある日、ヤスコと主人公は、二人で散歩にでかけます。散歩にでかける時間について、昼間ではなく夜がよい、と言ったのはヤスコでした。その時の夜空に浮かんでいたのが、題名になっている白い満月です。

紹介者さんは、読書会のテーマが「月」だったため、月が出てくる小説を調べたところ、この小説を見つけたそうです。川端康成の作品のなかでもあまり知られていない作品であり、ニッチな作品を知れたことに皆さん喜んでいました。

sousouのコメント:今回の読書会にて、月は太陽と異なり、狂気をはらんでいる、という話になりました。この物語における満月は、まさにそのような狂気の象徴とも読み取れそうです。

ケプラー『ケプラーの夢』

ヨハネス・ケプラー(1571-1630)は、天文学者であり、コペルニクスの太陽中心説(地動説)を支持し、天体の運行法則を確認した人です。彼は、ドイツのシュトゥットガルトで、居酒屋を営んでいた夫婦の元に生まれました。

彼の母親は、薬草を用いて人びとの治療を行う、いわゆる「賢い女性」でした(詳細は過去記事西洋史における「魔女」とは何かを参照)。彼女は16世紀に大展開された魔女狩りに巻き込まれ、「魔女」として裁判にかけられたこともあります。その時ケプラーは、母を救うためにあらゆる手を尽くしたといいます。ケプラーはそんな、前近代的な魔法と、近代的な科学という考えが併存した時代に生きた人です。

『ケプラーの夢』は、ケプラーが書いた、史上初の近代科学的「月旅行物語」で、最古のSF小説とも言われています。誰も宇宙に行ったことがない時代に、彼は想像力を膨らませて、月の気候、月に住む生物などを描きだしたのでした。ちなみに、当時は宇宙船という概念もないため、主人公は精霊の力を借りて月に行く設定になっています。

sousouのコメント:まさか、天動説がいまだに支持され、魔女狩りが横行していた時代に、月旅行物語を書いた人物がいたとは、驚きです。しかも著者が、歴史上の有名な天文学者、ケプラーときました。絶版になっていますが、この本はぜひ中古でも入手して読んでみたいです。

ケプラーが通っていた神学校は、元マウルブロン修道院だった建物で、数年前にドイツに行ったときに訪れました。シュトゥットガルトの町の雰囲気も書いているので、ぜひ過去記事ハイデルベルク→シュトゥットガルト【ドイツ2019-③】をご覧ください。

ニュートン『プリンシピア』

別名、『自然哲学の数学的諸原理』です。アイザック・ニュートン(1642-1727年)は、林檎がいつも地球の中心へ向かって落ちるのを不思議に思って、万有引力の法則の着想を得たと言われています。その、万有引力の法則が書かれた著作が『プリンシピア』です。

『プリンシピア』のなかでは、月に関する考察も記載されています。ニュートンは月が地球の周りを回っている理由について、林檎と同じように、地球の中心に向かって落ち続けているからだと考えました。

sousouのコメント:こちらは『ケプラーの夢』を紹介された方が、二冊目に紹介された本です。SFに興味をお持ちとのことなので、古典科学の著作を読むのもお好きなのでしょう。一生に一度は読んでみたいですが、果たして私の頭で理解できるかは不明です。

パヴェーゼ『月と篝火』

こちらは私が紹介した本です。参加者の方から聞いて知ったのですが、こちらはネオリアリズモの潮流のなか生まれた文学です。ネオリアリズモとは、ファシズム文化の抵抗として生まれた、イタリアで1940年代から1950年代にかけて盛んになった映画や文化の潮流です。

月と篝火』は、第二次世界大戦後の時代、アメリカで財を成した主人公がイタリアの寒村に帰郷し、幼馴染で知恵者のヌートと昔の村のことや、戦争のことを話し合う、という物語です。久しぶりに再会した二人は、最初はあたりさわりのない思い出を振り返りますが、徐々に戦時中の話にも触れるようになり、お互いにパルチザン(ファシズムに抵抗し、正規軍と闘う非正規軍の人びとのこと)として活動し、危ない橋を渡ったことなどが明かになっていきます。

題名にある「月」と「篝火」は、洗礼者ヨハネの祭(夏至)にたかれる炎と、その夜に輝く月を表しています。あるいは、農作物の出来栄えを左右するものとして登場します(例えば篝火を炊いたあとの土は畑のよい肥しになる)。しかしそれらには別の意味も込められていて、特に篝火は、戦争のことも含めて、生と死の循環を表していると考えられます。

今回の読書会で紹介するために、この本を読み返したのですが、1回目に読んだときには気づかなかった(流していた)さまざまな意味に気づけました。それは別記事パヴェーゼ『月と篝火』の感想に詳しく紹介しているので、興味がある方は参照ください。

ネオリアリズモの例として他にあがったのは、エリオ・ヴィットリーニの小説『シチリアでの会話』やヴィットリオ・デ・シーカ監督の映画『自転車泥棒』でした。『自転車泥棒』は「古今の映画史上のベスト・テンには必ず文句なしに選ばれる映画史上の傑作」とのふれこみです。Amazon Prime会員なら無料で観れるので、興味がある方はぜひ観てみてください。

パヴェーゼのネオリアリズモの代表作としては、『月と篝火』より『故郷』のほうが有名なようです。パヴェーゼの哀愁ただよう一人称語りがとても好みなので、こちらも読んでみたいと思いました。

フリートーク

月は狂気をはらんでいる

何回か読書会に参加されている方で、本日参加できなかった方から、「月が美しい」テーマに合う本を事前に共有いただいていたので、皆さんに共有しました。その中にワイルドの『サロメ』と梶井基次郎の『Kの昇天』(青空文庫で全文読めます)があり、どちらも月が妖しく、狂気をはらんだものとして出てくる、という話になりました。

たしかに、月は多くの地域の民話で、太陽の劣ったバージョンと見なされ、太陽と比較して病的であるとか、失敗作であるとか言われることが多いです。個人的な印象としては、日本では古くから月を愛でて歌に詠んできたため、月を狂気の象徴として捉えることはあまりないと考えています(『Kの昇天』はイカロスやドッペルゲンガーの引用からも分かる通り、日本人が書いているが西洋的な感性をもって書かれている)。日本文化は詳しくないので、詳しい方にぜひ教えていただきたいです。

オーブリー・ビアズリーと天野喜孝

ビアズリーによる、ワイルド『サロメ』の挿絵 (1894)

岩波文庫から出版されているオスカー・ワイルドの『サロメ』は、オーブリー・ビアズリーの挿絵がとてもよい、という話になりました。私もトマス・マロリーの『アーサー王物語』を図書館で読んだときから、その挿絵を描いているビアズリーのファンです。いつか、筑摩書房から出版されている『アーサー王物語』を全巻を揃えたいと思っていますが、本棚の場所がないのでいつになるか分かりません。

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ファイナルファンタジーのキャラクターデザインで有名な天野喜孝は、ビアズリーの絵に似た部分がある(絵を描く人にこういうことを言うのは嫌がられるかもしれませんが)という話にもなりました。天野喜孝といえば、ずっと絶版になっていて、中古品も値が上がりすぎて手が届かなかった『最後のユニコーン』という小説が、今年の8/17に新版として出版されることになり、その絵の表紙を天野喜孝が描いています。

最近気になる美術展

今回の参加者さんはみんな絵を観る方だったので、気になる美術展の話になりました。岡本太郎の美術展に行った方や、中谷芙二子の「霧の彫刻」を見に行きたいという方がいました。ちなみに中谷芙二子の父は、雪の研究で有名な中谷宇吉郎だそうです。彼の雪をつぶさに観察した『』という本は知的刺激に満ちていながら、気軽に読める本なのでおすすめです。

自然と芸術を組み合わせるオラファー・エリアソンという芸術家の話も挙がりました。彼の展覧会は2020年に東京でも行われたようで、今年の11月にオープンする麻布台ヒルズでも作品が観れるようです。詳細はこちら

おわりに

今回は「月が美しい小説/エッセイ」を紹介する読書会の記録を書きました。テーマを決めたときには月のイメージに対して「美しい」しか抱いていなかったのですが、「狂気」というイメージも出てきて、国によって異なる月への印象が興味深かったです。

次回10月の読書会では、サマセット・モームの『月と六ペンス』を扱います。まだ1名分の空きがあるので、気になる方はTwitter上でご連絡ください。

以上です。またよろしくお願いいたします。

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