読書会

3月読書会記録「花畑を連想する小説/エッセイ」

はじめに

2024/3/9(土)に8回目の読書会を開催しました。その記録を本記事に記載します。

3月読書会の内容

今回のテーマは、「花畑を連想する小説/エッセイ」です。花畑から連想して、温かくて春らしい本を皆さんに持ち寄っていただきました。今回は2名の方に参加いただきました。

12月の開催から2カ月間、読書会をお休みしていたので、久しぶりの開催となります(再開を楽しみにしてくださっていた皆さん、ありがとうございます!)。今回はZoom有料版ではなくSkype無料版を使って実施してみましたが、問題なく実施できたため、しばらくこのスタイルでいきたいと思います。

紹介された本

アントン・チェーホフ『桜の園』

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古典作品に触れるなかで、偉大な戯曲家として必ず名前が挙がるのがチェーホフだそうです。『桜の園』はチェーホフが創作した最後の戯曲で、1903年に完成しました。『かもめ』『ワーニャ伯父さん』『三人姉妹』とともに「チェーホフ四大戯曲」と呼ばれる作品の1つです。

物語の舞台は南ロシアで、当主のラネーフスカヤ夫人が、自らの領地を5年ぶりに訪れます。そこは桜の樹がたくさんある広大な領地で、ちょうど5月の見ごろを迎えていました(※)。しかしその土地は抵当に入っており、競売にかけられる運命を控えている……というあらすじです。

※日本では桜の見ごろは3-4月ですが、ロシアは寒いから5月ということです

チェーホフは親日家だったため、日本の花として知られる「桜」を作品の題材にしました。しかし1904年に日露戦争が起きたことで、彼の思っていた日本人=温厚である、というイメージが変わってしまった、というエピソードがあるそうです。

チェーホフの作品はシンプルで禅的な要素があり(主人公なし、主題なしの作風)、村上春樹の『ドライブ・マイ・カー』は、彼の戯曲の影響を受けているそうです。チェーホフは『戦争と平和』『アンナ・カレーニナ』などで知られるトルストイの作品が好きで影響を受けていますが、トルストイより早く死去しています。ロシア人の平均寿命が短いのは、「冷えは万病のもと」だからでしょうか。

sousouのコメント:戯曲については、シェイクスピア作品しか今まで読んだことがないので、他の劇作家の作品も読んでみたいと思いました。本当は、戯曲は「読む」ものではなく「観る」ものなのですが、昨今の芸術は映画が主流なので、なかなか演劇を観ることができる機会もなく、難しいですよね。

バーネット『秘密の花園』

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『秘密の花園』は児童文学の名作50選に入ってきそうな、かなり知名度の高い作品である印象です。バーネットの別の作品である『小公女』もとても有名ですね。

イギリス植民地のインドで生まれたメアリは、両親から放任されることで、わがままで人嫌いな少女に成長しました。ある日、コレラの流行による両親の死によって、イギリスで暮らす伯父の元に引き取られます。メアリは100室以上の部屋がある立派な館で暮らしはじめますが、館の主はメアリに無関心のため、自分ひとりで遊びを見つけていきます。

ある日メアリは、10年以上だれも入ったことがない庭に入り、自分で庭をつくりはじめました。それが題名にもなっている「秘密の花園」であり、この庭を通じて、メアリや他の子供たちがよい方向に成長していきます。

作者のバーネット自身が、幼い頃に父を亡くし、イギリスからアメリカに移住しているので、そのときの体験が、この作品に反映されているのだろう、との話です。バーネットの作品は日本人からの人気が高く、例えば、『空色勾玉』で知られる萩原規子や、『精霊の守り人』で知られる上橋菜穂子も愛好しているとのことです。また、ジブリ映画監督で知られる、宮崎駿も愛好しているとか。というわけで、児童文学やファンタジー文学に興味がある人には、必読の一冊となりそうです。

sousouのコメント:いつか読もうと思って、まだ読んでいない小説の1つです。最近わたしは、「庭をつくる」行為がもたらす効果について興味があり、スー・スチュアート・スミスの『庭仕事の真髄』という本を読みました。庭仕事には人の心を癒す効果があることが心理学的に認められており、その本のなかで、戦地で心の傷を負った元兵士が、社会復帰のためにガーデニングをするプログラムが紹介されていました。そのため、『秘密の花園』のメアリも、庭をつくることで自身の心の傷を癒していったのかもしれない、と想像しました。

植物を育てることに限らず、私は何かを創造するという行為にはすべからく、人の心の回復を促す効果があると考えています。いま文章を書いていて思い浮かんだのは、「芸術というのは、多少なりとも生きていくのを楽にしてくれる、いかにも人間らしい手段だ。(中略)信じられないほどの見返りが期待できる。なにしろ、何かを創造することになるのだから。」という、カート・ヴォネガットの言葉です(『国のない男』2017年、中公文庫、41頁)。というのも、私も絵を描いたり物語をつくったりすることに、ずいぶん助けられていると感じるためです。

土いじりと心の回復をテーマにした物語を過去に創作しているので、気になる方はぜひのぞいていってください→『プラムの樹の思い出

ゴールズワージー『林檎の樹』

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こちらは私が紹介した本です。

主人公のアシャーストは、大学卒業後の5月に、友人と徒歩旅行にでかけます。彼は上流階級の出身のうえ、弁護士になったばかりで、将来は安泰な状況。そんななか、足を痛めて滞在させてもらった田舎の農園にて、ミーガンという可憐な少女に出会います。アシャーストは、(ミーガンは素朴な農家の娘なので)こんな身分違いの恋はうまくいくはずがない、本気になってはいけないと思いつつもミーガンに惹かれてしまい、さらにはミーガンも自分を好いてくれていることが分かり、ついに結婚の約束をしてしまいます。そして、彼女にふさわしい素敵なドレスを買うため、農家を後にしますが……。

5月の農園の風景描写が繊細で非常に美しく、今回の読書会のテーマにぴったりだと思いました。ちょうど5月は林檎の花が咲く季節で、ミーガンの頭を花冠のように彩る薄紅色の花の描写がたくさん出てきます。物語自体は単純なのですが、風景描写を味わうためだけでも、この本を読む価値があると思います。

ゴールズワージーは自身も弁護士なので、主人公のアシャーストには彼自身の姿が投影されていると想像できます。また彼自身、上流階級だったため、チャールズ・ディケンズのような庶民に寄りそう作風にならないことは自明です。一度目に読んだときは、アシャーストの恋を応援する気持ちで読んでいましたが、二度目に読んだときは「なに自分勝手なことを言っているんだコイツは」となりました(笑)

ゴールズワージーは1932年にノーベル文学賞を受賞していますが、日本ではあまり知られておらず、現時点で、邦訳されており絶版になっていないのは『林檎の樹』くらいです。当時はノーベル文学賞といっても、西欧の作家を対象としか考えていなかったでしょうし、その後の華々しい受賞者たちによって、ゴールズワージーの影が薄れている印象をうけます。

正直に言うと、ノーベル文学賞が始まる前に死去した、チャールズ・ディケンズのほうが十倍ノーベル文学賞にふさわしいと思います。ディケンズについては、過去の読書会で扱っているため、参照ください→12月読書会記録-ディケンズ『クリスマス・キャロル』

横光利一『春は馬車に乗って』

あらかじめ用意してきた本の紹介が全員終わったので、他に春らしい本はないだろうか?と考えてみました。そこで挙がったのが、横光利一の『春は馬車に乗って』という短編です。結核で床に臥せっている妻と、妻を看病する男のやりとりが書かれた物語で、青空文庫でも読めます。いわゆる結核文学のジャンルとなります。

梶井基次郎の短編にて、語り手が「桜の樹の下には死体が埋まっている」という想像をするのはよく知られた話かと思います(『櫻の樹の下には』という作品)。それにしかりで、春は美しいからこそ、その逆の死と結びつけられがちです(桜の花の儚さも、死を連想させる一因となっているかも)。治療薬が開発されるまで、結核は不治の病だったため、『春は馬車に乗って』の作品にも、全体を通して死の香りが漂っています。また「馬車」も死を連想させる言葉だ、という意見が挙がりました。

横光利一の代表作の1つである『日輪』は卑弥呼を主人公にした物語だそうで、私は歴史が好きなので読んでみたいと思いました。創作する側の視点に立つと、古代の歴史小説を書くのは、史料が乏しくとても難しいと思うので、どのような話に仕上がっているのか気になります。

夏目漱石『草枕』

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こちらは私が思いついた本です。『草枕』は芸術を探究する西洋画家の物語です。主人公は絵を描くために山奥の温泉宿にこもり、そこの「若い奥様」をミレーの描いた《オフィーリア》のようだと思います。そこで彼女をモデルに絵を描こうと決意し、あれこれ思案して日々を過ごします。

作中の季節が春なので、梅や椿やボケや白木蓮など、日本の春に馴染み深い花々の描写がたくさん出てきます。この作品においても、全体的に死の香りが漂っており、やはり春は死と結びつけられがちだと思いました。また「美人薄命」という言葉から分かる通り、美人も死と結びつけられがちです。

日本人の情緒として、ただ美しいだけでは味気なく、儚くどこか死の雰囲気があったほうが「あはれ」なのかもしれませんね。

番外編:夢枕獏『陰陽師』​

今年になって初めての読書会だったため、今年の大河ドラマ、『光る君へ』の話を少ししました。大河ドラマはいつもの年はあまり観ませんが(『麒麟がくる』は面白かった)、今年は日本文学の最高峰『源氏物語』の作者が主人公だから、と思って見てみたらとても面白いです! 文学好きな人はたぶん楽しめると思います。

どの登場人物も味があってよいのですが、安倍晴明がいいキャラしている、ということで、夢枕獏の『陰陽師』という小説を紹介していただきました。私は歴史上の超自然的概念(魔法使いなど)が好きなので、日本版魔法使いの陰陽師にも、おそらく興味を持てるだろうと思い、ぜひ読んでみたいと思いました。シリーズもので、永遠に完結しなさそうとの話ですが……。

おわりに

今回は「花畑を連想する小説/エッセイ」を紹介する読書会の記録を書きました。春を舞台にした文学作品を挙げたときに、「死」の連想が出てくることは予想外で、興味深かったです。明るく楽しい春から、死を思わせる「あはれ」な春まであって、多面的な春が見えてきました。

次回の読書会では、カズオ・イシグロの『忘れられた巨人』を課題本として開催します。英国作家が続いているので、そのうちロシア作家か、SF小説を課題本にしたいな……とぼんやり思っています。とはいえ、文庫1冊で終わる、有名なロシア文学ってありましたでしょうか。思いついた方はぜひ教えてください!

2024/3/16追記:読書会の課題本としてよさそうなロシア文学として、ツルゲーネフの『父と子』、プーシキンの『スペードの女王』を挙げていただきました!今度の課題本型の読書会のときに、扱いたいと思います。

以上です。またよろしくお願いいたします。

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