遠くへ行きたいなあと思いながら描いた色鉛筆画

エッセイ

ファンタジー小説に愛好家が少ないのはなぜ?

はじめに

先日、日本神話を基にしたファンタジー小説『空色勾玉』などの著作で知られる、荻原規子のエッセイ『もうひとつの空の飛び方 『枕草子』から『ナルニア国』まで』を読みました。2時間ほどで読める気軽な本で、ファンタジー好きなら頷ける内容ばかりです。

それを読んで私もファンタジー小説について語りたくなったため、数回に分けて記事を書こうと思います。第一回は、ファンタジー小説の愛好家が他のジャンルと比較して少ない理由について考察します。

小説を読む理由は人それぞれ

人が小説を読む理由で書いた通り、個人的に小説を読む理由は、自分の人生では経験したことがない、あるいは今後経験しないであろうことを経験したいからです。それは非日常を求めて旅行するのと似ていて、私はどうやら、小説を読むことによって非日常を体験したいようです。

先に挙げた荻原規子のエッセイでも、同様のことが語られていました。彼女は小学生の頃、『赤毛のアン』や『枕草子』の現代語訳を読み耽ったようです。カナダのプリンス・エドワード島や日本の平安時代の物語は、日常から遠く離れた物語である点で共通します。それらを好きになる感覚は、異国の生活がつづられるファンタジーを好きになる感覚と同様であるそうです。

(前略)わたしにとっては日本の古典を好きになる感覚も、ファンタジーを好む感覚と同等であって同じ場所に存在するのだと、しみじみ思う。書物のなかの異なる環境、異なる生活に、ある種の生活実感を獲得することが、ファンタジー読みには重要なことなのだ。

荻原規子『もうひとつの空の飛び方 『枕草子』から『ナルニア国』まで』角川文庫、2020年、17頁。

この部分を読んだときに、日常と異なる生活や環境に身を置くことが好きかどうかに、ファンタジー小説を好きになる人と嫌いになる人の分かれ道があると思いました。つまり、小説に日常と異なる生活の体験を求める人はファンタジー小説を好きになる可能性がありますが、そうでない人は好きにはなりません。

小説に求めるものは人それぞれです。エンタメ小説が好きな人は、癒しや日常生活で使えるヒントを求めているのかもしれないし、推理小説が好きな人は、スリルや謎解きをを求めているのかもしれません。

ファンタジー小説の愛好家の場合、小説に求めるのは、非日常の生活の体験と冒険です。これぞ私が小説を読む理由!という意見があれば、ぜひコメントをいただければと思います。

余談ですが、推理小説の市場は非常に大きいように見受けられます。なぜあれほど人気なのか、個人的に非常に気になります。まさか、人が死ぬのを求めているわけではないだろうと思いつつも、古代ローマの剣闘士の闘いは、一つには人が死ぬスリルを味わいたい民衆の欲求を満たすためにあったと言われているため、あながち間違いではないのかもしれません。

また別の余談です。私が歴史を学ぶのが好きな理由も、ファンタジー小説を読む理由と同様です。日常とは異なる生活を覗き見れるという点で、歴史を学ぶのが好きです。周りを見ても、歴史好き(※)にはファンタジー好きが多いと感じます。以前、中東の歴史を専門に学んでいた知人から、田中芳樹『アルスラーン戦記』を勧められたことがあります。あの世界観はまさに中東ですよね。

※特に日本以外の歴史が好きな人。日本の歴史を好きな場合には、ファンタジー小説ではなく、日本の歴史小説を好きになる傾向がある。日本を舞台にしたファンタジー小説が少ないのも一要因かもしれない。

漫画ではOKなのに小説では駄目?

遠くへ行きたいなあと思いながら描いた色鉛筆画
遠くへ行きたいなあと思いながら描いた色鉛筆画

前章では、小説を読む理由は人それぞれで、それゆえに、ファンタジー小説を好きになる人と、そうではない人が生じるのだろうという話をしました。ファンタジー小説の愛好家が求めるのは、非日常の生活の体験と冒険です。冒険!遠くへ行きたいのです。

そこまで考えて、気になったことがあります。冒険には誰だって心躍るはずなのに、なぜファンタジー小説は他ジャンルと比較して本が少ないのでしょうか。

試しに本屋へ行ってみてください。文庫本棚でも、単行本棚でも構いませんが、目につくのはエンタメ小説、恋愛小説、ヒューマンドラマ、歴史小説、推理小説……..あれ、ファンタジーは?たいてい、SFジャンルの隅っこに申し訳なさそうに存在します。SF、サイエンス・フィクションの1ジャンルとくくられ、ファンタジー単体ジャンルは存在しません。

少し不思議に思いませんか?漫画の棚を見てみてください。少年漫画のなかに、ファンタジー要素のない漫画がありますか?つまり、超自然的な現象や存在が現れない漫画はありますか?(個人的なファンタジーの定義については、おとぎ話とファンタジーの違いを参照)……..ないでしょう?

冒険には誰だって心躍る、と言った根拠は漫画の存在です。少なくとも漫画では、人びとはファンタジーを楽しんでいるではありませんか。なぜ小説には目もくれないのでしょうか。

『ハリー・ポッター』シリーズが大成功した一要因

人は漫画ではファンタジーを楽しむのに、なぜ小説では楽しめないのだろう?その答えの一つに、ファンタジー要素を文字説明しようとすると、難解で退屈になる傾向があることが挙げられます。

ファンタジーの魅力の1つに、作者独自の世界観が構築されていることが挙げられます。それは作者自身が創りだした魔法の法則だったり、超自然的な生物だったりします。例えば、ファンタジー文学の祖と言われるJ.R.R.トールキンは独自のキャラクターとして、「ホビット」という小人の種族を創りだしています(エルフやドワーフは彼のオリジナルではなく、古くから神話や民話で登場する生物)。ファンタジー小説においては、このような作者の独創性が、物語の魅力の1つとなります。

しかし作者の独創性は、ファンタジー小説のメリットとなるだけでなく、デメリットともなります。独自の世界観を創る場合には、どうしても読者への説明が必要となります。例えばホビットの場合には、好物は何なのか、身長はどれくらいなのか、平均寿命は何歳なのか、という説明が読者に必要です。なぜならそれは作者の空想上の生物であり、読者は見たことも聞いたこともない生物だからです。

皆さんはトールキン『指輪物語』の冒頭を読んだことがありますか?悪名高い序章の一節は、ホビットについての説明がつらつらとつづられます。たしかに、ホビットがどのようなものか、読者が理解していることが物語を読むうえで重要なのですが、読者としては物語を楽しみに読みにきているのに、知らないものの説明をされても嫌になってしまいます。この一節を乗り超えられず、素晴らしい冒険を未経験に終わる読者が、世界にどれほどたくさんいることでしょう。

このように、ファンタジー要素の説明を文章で行おうとすると、多くの場合、難解で退屈になる傾向があります。それに対して、漫画では絵を使えるため、読者側としてはそれらを理解しやすいと考えられます。よって、人は漫画ではファンタジーを気軽に楽しめるが、小説では楽しみづらいのだと思います。

J.K.ローリング『ハリー・ポッター』シリーズは、ファンタジー小説の流行の皮切りと言っても過言ではありません。このシリーズは特異的に、ファンタジー小説を普段読まない人にも受け入れられた作品だと言えます。

その一要因として私は、作者独自の世界設定が、この物語では少なかったからではないかと思います。例えば、呪文を唱えれば発生する魔法というのは、古くから民話で親しまれてきた設定であり、読者にすんなりと受け入れられやすいです。バジリスクを筆頭とする怪物も、ローリングの創作ではなく、古くから存在する伝説上の生物です。そして誰もが子供のころに経験した、学校生活をベースにした物語展開。

物語が多くの読者に受け入れられるにはまず、読みやすくなければなりません。ファンタジーという独創性が強く求められるジャンルで、『ハリー・ポッター』シリーズは「読みやすさ」と「独創性」の二つを、天秤が平行になるよう、うまい具合に調合された作品であると言えます。だからこそ、この作品は幅広い読者層に支持を得たのだと考えられます。

おわりに

今回は、ファンタジー小説の愛好家が他のジャンルと比較して少ない理由について考察しました。

小説を読む理由は人によって異なります。そのなかで、非日常の生活の体験と冒険が好きな人がファンタジー小説を好きになりやすいと考えています。

しかし少年漫画のラインナップを見ると、冒険好きな人は世の中にたくさんいます。それにもかかわらず、ファンタジー小説の愛好家が少ない理由は何でしょうか。

理由は、文章と絵では、ファンタジー要素の説明のしやすさが異なるからです。絵を説明に使用できる漫画では、奇異な世界観を読者に理解してもらうことが比較的容易です。しかし小説では多くの場合、説明は読者にとって難解で退屈なものとなります。

J.K.ローリングの『ハリー・ポッター』シリーズが幅広い読者層に支持を得た一要因は、この作品の「読みやすさ」と「独創性」のバランスがうまく取れていたからです。ファンタジー小説には独創性が不可欠ですが、だからといって設定を複雑にしすぎても読者の指示を得られないということが分かります。

以上、ファンタジー小説の愛好家が他のジャンルと比較して少ない理由についてでした。次の記事ではおすすめのファンタジー小説を7冊紹介します。

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