青い蝶

エッセイ

おすすめファンタジー小説

はじめに

前回の記事では、ファンタジー小説に愛好家が少ない理由を考察しました。
第2回目の今回は、ファンタジー小説に興味があるという方向けに、ファンタジー好き界隈で有名であると思われる本を7冊紹介します。ぜひ自分に合う本を探してみてください。

留意事項

  • 自身が読んだことのない本については語れないので、読んだことのある本のみ掲載します。

  • 「個人的意見」はあくまで一読者の意見としてお受け取りください。

J.R.R.トールキン『指輪物語』

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あらすじ

主人公フロドが叔父から受け継いだ魔法の指輪は、はるか昔に冥王サウロンがつくった力の指輪だった。その指輪がサウロンの元に渡った場合には、彼は力を得て復活し、ミドルアース全体が危機にさらされる。指輪を破壊する唯一の方法は、サウロンの領土にある「滅びの山」の火口に指輪を投げ入れることである。フロドは指輪を破壊するために、従者で親友のサム、ホビット種族の2人、魔法使い1人、エルフ1人、ドワーフ1人、人間2人と共に旅にでる。

ポイント

ファンタジー文学の祖と言われる人物は、『指輪物語』を創作したJ.R.R.トールキンと『ナルニア国物語』を創作したC.S.ルイスである。二人はオックスフォード大学の学者で、仲の良い同僚同士だった(のちに仲たがいしてしまう)。

そのため、ファンタジー文学に興味があるという方は、まず『指輪物語』か『ナルニア国物語』を読んでみるとよいだろう。これらの作品あってこその、現代のファンタジー小説であり、多くのファンタジー小説がこれらの影響を受けている。

『指輪物語』における独創性の1つは、一般的な冒険とは逆の冒険になることである。神話や民話における冒険では、一般的に何かを「獲得」するために旅にでる。対象は火であったり、財宝であったり、姫からの愛情だったりする。ところが『指輪物語』の冒険は、指輪を「喪失」するために旅にでる。

個人的意見

序章の一節、「ホビットについて」でめげないでいただきたい。この部分は非常に退屈だが、それを乗り切れば楽しい冒険が待っている。あまりにも嫌なら思い切って読み飛ばそう。以前『指輪物語』の考察として、『指輪物語』でフロドが灰色港から旅立つ理由を書いているので、興味があれば、読了後に参照いただきたい。

『指輪物語』を原作とした3部作の映画『ロード・オブ・ザ・リング』は素晴らしいが、物語を無理して圧縮しているので、原作を知らないと理解できない部分もある。また映画としての見栄えをよくするために、原作とは異なるストーリー展開になる部分がある。

ちなみに私は『ナルニア国物語』を全巻は読んだことがない。

アーシュラ・K・ル=グヴィン『ゲド戦記』

あらすじ

魔法の才能を見出された少年ゲドは、魔法を学ぶために、魔法使いの学院に入学する。ところが自身に才能があったことと、若気の至りによって、禁じられた魔法を使用してしまう。それは死者を呼び出す魔法だった。以来ゲドは、得体のしれない影につきまとわれることになる。

ポイント

ル=グヴィンは主にSF作品を書く作家であり、『闇の左手』など、そちらのジャンルでも有名な物語を書いている。

彼女の考えた魔法法則は、ファンタジー小説界ではちょっとした革新だった。それは、生き物を含めたすべての物質には「真の名前」というものがあり、魔法使いはその名前を知ることによって、その物質に対してはじめて魔法を使える、という法則だ。

例えば主人公のゲドは、「ゲド」という名が真の名前であるが、普段は「ハイタカ」という名前を使っている。なぜなら真の名前を敵対者に知られると、悪い魔法をかけられてしまうことがあるからだ。真の名前は家族や親友など、本当に信頼できる人にしか公開しない。

この法則については以前、まことの名を知らなければ魔法を使えないでも紹介しているので、興味があれば参照いただきたい。

個人的意見

ジブリが映画化した『ゲド戦記』の内容はいったん忘れよう。あの映画は『ゲド戦記』シリーズ3作目の『さいはての島へ』を基にしているが、内容があまりにも違いすぎる。映画はジブリのオリジナルとして楽しもう。

シリーズ1作目の『影との戦い』はユング心理学の影響が強いと感じる。物語中の影はゲドの分身であると考えられる。

パトリシア・A・マキリップ『星を帯びし者』

あらすじ

謎かけが好きなヘドの若き領主モルゴンは、幽霊との謎かけ試合に勝ち、王冠を手に入れた。その後、ひそかに恋慕していたアンの王女、レーデルルの父が、王冠を手に入れた者に娘を与えるという誓いを立てていたことを知る。レーデルルを困らせたくなかったモルゴンは、しばらく王冠を隠していたが、家族に見つかり、仕方なくレーデルルの元へ赴く決意をする。しかしその旅の途中で、船が難破してしまう。その事件を皮切りとして、彼に様々な試練が降りかかる。それにはモルゴンの額にある三つの星が関係していた。

ポイント

パトリシア・A・マキリップはトールキンやル=グヴィンと比べると知名度が低い作家である。しかし個人的に好きなので推したい。『空色勾玉』や『RDG レッドデータガール』のファンタジー小説の作者として知られる荻原規子も、マキリップの作品の1つ『妖女サイベルの呼び声』を好きだという(参照: 荻原規子『もうひとつの空の飛び方 『枕草子』から『ナルニア国』まで』、角川文庫、2020年)。

個人的意見

この作品の良いところは、作品世界が嘘っぽくないところだ。ファンタジー小説は現実ではあり得ない要素を書く小説である。そのため世界設定があいまいだったり、空想世界を構築する文章力がなかったりすると、読者は現実の法則から離れることができず、「どうせ作り話でしょ?」という冷めた目を向けることになる。

3部作からなる『星を帯びし者』シリーズは、読者を空想世界に誘う強い力がある。世界設定に説得力がある、というわけではない。個人的に、ファンタジー小説で重要なのは、説明をいかに「しない」かだと考えている。説明などされたら多くの場合、興ざめだ。意識は現実世界に戻ってしまう。

マキリップには、説明をせずに、読者に世界観をほのめかし、理解させる文章力がある。当然のように出てくる超自然的現象、変身術者、超然とした竪琴引き。明確な説明がないのに、どれもこれも、違和感がない。それは行間にちりばめられた諸要素が読者の頭のなかで組み合わされるからだと思う。その点で素晴らしい作品である。

小野不由美『十二国記』

あらすじ

学校にも、家族にもなんとなく馴染めないでいる陽子は、突如現れた金髪の男によって、十二の国が存在する異世界へ連れていかれる。目覚めるとそこは知らない土地で、独りぼっちだった。陽子は知らない土地で生き抜くため、また元の世界に戻るために行動をはじめる。数多の裏切りにあいながら、陽子は自分がこの世界に連れて来られた理由を知る。

ポイント

最近、シリーズ11年ぶりの新刊が出版されたことで、再び注目を浴びているファンタジー小説。中国文化を世界観の基にしている。人間の心の葛藤や闇の描写に作者のこだわりを感じる。

個人的意見

白状するが、1作目の『⽉の影 影の海』上下巻しか読んだことがない。2作目の『風の海 迷宮の岸』を途中まで読んだが、それ以上読み進められなかった。しかし世にはたくさんのファンの方がいるので、刺さる人には刺さる作品なのだろう。

1作目では、陽子のひねくれ具合に引いてしまった。私自身もかなりひねくれた性格であると認識しているが、この作品を楽しむにはより深い闇を持っていなければならないのかもしれない。中国文化を基にしたファンタジー小説で、この作品ほど世界観が緻密にそして壮大に設定されている小説はないと思う。

上橋菜穂子『獣の奏者』

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あらすじ

闘蛇の世話係である母と二人で暮らしていた少女エリンの生活は、母の処刑をきっかけに一転した。エリンは母と同じ獣ノ医術師を目指すことを決意する。やがて彼女は、闘蛇と王獣という強力な獣をめぐる政治争いに巻き込まれていく。

ポイント

精霊の守り人』がNHKでドラマ化されたり、『鹿の王 』が2015年に本屋大賞を取ったりと、現在注目のファンタジー作家である。強みはアボリジニを中心とした文化人類学の研究者であるというバックグラウンド。作品世界に、アジアの文化人類学の知識が反映されている。

『鹿の王』も全巻読んだことがあるが、個人的に『獣の奏者』のほうが好きなのでこちらを推したい。

個人的意見

物語のテーマとして王道の、少女の成長物語である。そこに闘蛇と王獣という作者の創造上の生き物が関わってくる。王獣と心を通わせるまでの過程が繊細かつ感動的であり、動物を好きな人なら誰でも共感できるのではないかと思う。

田中芳樹『アルスラーン戦記』

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あらすじ

パルス王国の王太子であるアルスラーンは、蛮族ルシタニアとの初陣にのぞむ。パルス王国の勝利を疑う者はいなかったが、味方内の裏切りにより、王国は滅亡してしまう。生き残ったアルスラーンは若き将軍ダリューンと共に、知恵者ナルサスの元を訪れ、故国奪還を目指す。

ポイント

田中芳樹はSF小説の『銀河英雄伝』の作者としても有名である。

『アルスラーン戦記』の特徴の1つは、中東文化を基にした世界観である点。西洋や中国文化を基にした世界観は多いが、中東はなかなか珍しい。

もう1つの特徴は、物語中であまり超自然的現象を使わない点。超自然的な存在として、国同士の諍いとは別で動く「蛇王」の存在がある。しかし登場人物たちは剣や弓矢で戦うため、歴史小説色の濃い冒険譚である。

個人的意見

この作品の何よりの魅力は、個性豊かな仲間たちだ。14歳の少年アルスラーンは、故国奪還の作戦を練るなかで、さまざまな仲間に恵まれる。若き天才将軍のダリューン、若き天才軍師のナルサス(本当は画家になりたい)、弓の名手で絶世の美女のファランギース、流浪の楽師で色男のギーヴ……..などなど。

やや堅苦しい日本語で物語が進むのにもかかわらず、読みやすく、会話のテンポが良いのも魅力。日本語の勉強になる。

そして田中芳樹は作中で「彼」や「彼女」という三人称を絶対に使わない。名前で人物を指さないときは、「美貌の女神官」「未来の宮廷画家」など、巧みな言い換え表現を使う。こだわりを感じるし、素晴らしいと思う。

高田大介『図書館の魔女』

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あらすじ

鍛冶の里に暮らす少年キリヒトは、王都の図書館に暮らす高貴な少女、マツリカに仕えることになった。彼女は「高い塔の魔女」と呼ばれ、恐ろしく頭の切れる人物として、人びとに恐れられている。マツリカは言葉を操る者として、逆説的なハンデを背負っていた――声を出せないのである。キリヒトはマツリカと、指を使用した独自の言語で言葉を交わし、絆を深めていく。

ポイント

第45回メフィスト賞の受賞作で、作者のデビュー作。作者の強みは言語学の研究者であること。この物語から、作者の言語学に対する愛、あるいは言葉を使うことに対する愛がひしひしと伝わってくる。

作品は文庫本4巻からなるが、一巻一巻がかなり分厚く、相当な情熱を込めて創作した物語であると感じる。

個人的意見

この作品を「ファンタジー小説」と呼ぶべきかどうかは正直微妙なところで、個人的には呼びたくない。なぜなら作中でヒロインのマツリカが魔法の存在を全否定する場面があるからだ。私としては、魔法などの超自然的な現象がある物語をファンタジーと呼びたい。ではこの物語で超自然的現象が存在しないのかというと、それも微妙なところで、存在すると個人的には思っている。例えば作中に登場する巨人の存在は現実世界ではありえない。

この物語の魅力の1つは、マツリカという声を出して喋ることのできないヒロインの存在である。彼女の存在から、作者が日々いかに言語について考察を重ねているかということが垣間見れる。声に出して喋ることだけが言葉ではない。声に出さなくても、言葉は存在するのだ(例えば手話)という重要なことに気づかせてくれる作品である。

おわりに

今回は、ファンタジー好き界隈で有名であると思われる本を7冊紹介しました。

書きながら改めて感じたのは、人間の想像力の素晴らしさです。7作のあらすじを書きましたが、7作とも全く違うあらすじではないですか。よくもまあ、人間はこれほど様々な想像と創作をできるものだ、としみじみ感じました。

次の記事では、ファンタジージャンルではないが、ファンタジー好きに気にいってもらえるだろう小説を4冊紹介します。

それではみなさん良い冒険を。

以上、本の紹介でした。

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