アントニオ・タブッキ『インド夜想曲』の紹介

インド夜想曲を読了後のらくがき。一言でいうとカオス。
目次

はじめに

今回は、イタリア生まれの作家でありポルトガル文学研究者である、アントニオ・タブッキ『インド夜想曲』を紹介します。ネタバレはなしです。

読もうと思ったきっかけ

私は西洋中世史という興味関心上、普段から西欧文学をよく読みます。しかし「イタリア文学」というジャンルをそこまで読んだことがないなあ、と思ったのがきっかけです。

私の好きな作家の1人に、ウンベルト・エーコというイタリア人作家がいます。彼の著作は『薔薇の名前』『バウドリーノ』などいくつか読んでいますが、それ以外には(イタリア文学として)ブッツァーティ『タタール人の砂漠』しか読んだことがありません。

※感想は以前の記事ブッツァーティ『タタール人の砂漠』感想を参照

お勧めなイタリア人作家はいないだろうか?と尋ねたとき、Twitterのフォロイーさんにお勧めされたのが、アントニオ・タブッキでした。なかでも『インド夜想曲』が代表作ということなので、読んでみることにしました。

あらすじ

インド夜想曲を読了後のらくがき。一言でいうとカオス。
インド夜想曲を読了後のらくがき。一言でいうとカオス。

物語の語り手であるイタリア人の「僕」は、インドで失踪した親友を探しにボンベイにやってくる。信頼できるガイドブック1冊と、小さなスーツケース1つを携え、過去に親友と関わりがあったと思われる人の元を訪ねていく。スラム街の宿で働く売春婦。真夜中の精神病院を巡回する医師。「僕」はインドの夜の幻想に振り回されっぱなしで、明確な手がかりをいつまで経っても手に入れられない。マドラス行の寝台列車で隣になった紳士は、「私は死にに行く」などと言うし、バスの中継所で出会った占い師は、「あなたはここにはいない」などと訳の分からないことを言う。「僕」の親友はいったい、どこへ行ってしまったのだろう?

感想

一言でいうとカオスな小説です。登場する人も「僕」の言動もめちゃくちゃで、まるで論理が存在しない夢のなかの出来事のよう。なぜ混沌としているのか、なぜ「僕」の親友が見つからないかは、最終章で明らかになります。読了後に、思わず「騙された!」と叫びたくなります。そして振り返ると、示唆的な描写が諸所にちりばめられていたことに気づくのです。

そう言って、彼はにっこりし、僕のコップに水を注ぎ、まるで乾杯でもするように、なみなみと水のはいったコップをさしあげた。

いったい何のためのの乾杯だ、と僕は思った。そこで僕もコップをさしあげて、言った。

「光と影のために」

アントニオ・タブッキ『インド夜想曲』須賀敦子訳、白水社、2020年、68-69頁

小説に非日常を求める人、幻想文学が好きな人には、おすすめな小説です。個人的にもかなり好みで(それはもう発狂したくなるくらい)、本好きな友人全員に推したいくらいです。

個人的に一番好きな描写は、タージ・マハル・ホテルからカラスどもが追放される理由です。その理由はカラスのくちばしが非常に不衛生だからなのですが、なぜ不衛生かというと、かれらがパールシー教徒(インドでのゾロアスター教徒の呼び名)が<沈黙の塔>に曝しておく死体をついばむからです(※)。インドならではの光景だなあと思い、気にいっています。

※ゾロアスター教には風葬という慣習があります。死体を鳥についばまれるのにまかせて、骨にする葬礼方法です。なぜ火葬しないかというと、彼らにとって火は神性であり、穢れたもの(死体)に使うものではないからです。

『タタール人の砂漠』の踏襲?

作中で、あるホテルに泊まったときに、水滴の垂れる音が気になって眠れそうにない、という場面があります。私は思い出しました。ブッツァーティ『タタール人の砂漠』にも、以下の通り、水の落ちる音が気なり眠れない場面がありました。

ぽとん、とまたあのいまいましい音。ドローゴはベッドの上で身を起こして、座りなおした。では、あの音は繰り返し聞こえてくるのだろうか?それに、いまの水音はその前と同じだったところをみれば、次第に途絶えてゆく滴の音ではなさそうだ。眠れたものではない。

ブッツァーティ『タタール人の砂漠』脇功訳、岩波文庫、2016年、52頁。

ブッツァーティもタブッキと同じくイタリア人作家であり、作品発表はブッツァーティのほうが先であるため、もしかするとタブッキは『タタール人の砂漠』を踏襲したのかもしれません。あるいは、イタリア人が水滴の音に敏感なのかもしれません。笑

おもしろいなと思った部分でした。

おわりに

今回はアントニオ・タブッキ『インド夜想曲』を紹介しました。この本を読んで、タブッキの他の作品も読んでみたいと思ったので、次は『レクイエム』を読む予定です。またインドを舞台にした物語にも興味を持ったので、サルマン・ラシュディ『真夜中の子供たち』も読んでみたいです。

作中で、「わしはハーメルンの笛吹きだぞ!」と老人が叫ぶ場面があり、個人的にはいちばんぞっとした部分でした。「僕」が「ネズミの死骸(=古文書)」を集める仕事をしている、というのも示唆的です。ハーメルンの笛吹きが何かを知りたい方は、西洋中世期のアウトサイダーを参照してください。

この後、『インド夜想曲』を課題本として読書会を開催したため、物語の考察は8月読書会記録 -アントニオ・タブッキ『インド夜想曲』-を参照ください。

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以上、アントニオ・タブッキ『インド夜想曲』の紹介でした。

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