期待の和製ファンタジー漫画!『竜送りのイサギ』レビュー

目次

はじめに

私は本を買うときは圧倒的な紙派です。電子媒体だと、視覚的に存在感がないため、途中で読まなくなってしまうからです(加えて難しい本の場合、内容も頭に入ってこない)。しかし、本棚のスペースには限りがあるため、「電子媒体でも問題ない」種類の本は電子媒体で買うようにしています。その代表が漫画であり、漫画は電子媒体でもすらすら読める上に、実物で存在する場合には通常の本よりずっと場所をとるので、最近はあらゆる漫画をデジタルで購入するようにしています。

ところが、数日前にSNSで知ったある漫画は、久しぶりに紙媒体で買いたい!と思うほど魅力的でした。さっそく行きつけの本屋に行きましたが、在庫なし、くやしくてその他4軒の本屋を回りましたが、どこも在庫なし……!

今回は、個人的にいま激アツな少年漫画、星野真の『竜送りのイサギ』を紹介します。あらすじ程度にネタバレします。

作品の概要

『竜送りのイサギ』は小学館のWEB漫画サイト「サンデーうぇぶり」にて連載中の少年漫画です。毎月第1・第3日曜日の月2回更新、現時点で12話までアップされており、第一巻が2024/1/25に発売されています。

物語世界は、日本文化をベースとした架空世界で、人々は空を実際に飛んでいる竜を、神さまとして信仰しています(都でも年に2-3回は竜が上空を飛んでいる様子を見られる)。竜は複数体存在し、「坤碧丹扇大神こんのへきたんせんのおおかみ」など、それぞれの竜に名前がついています。なお、ここでいう「竜」は東洋の竜なので個人的には「龍」と表記したいところですが、物語中では「竜」と表記されているため、本記事でも「竜」と記載します。

※表記についての違いは、西洋における竜と東洋における龍の違いを参照。

主人公は、重罪人の流刑地(陵獄島りょうごくとう)にて、首打ち役人(罪人を斬首して殺す公職人)として働いている少年・イサギです。イサギは島で生まれた罪人の子供であるため、生涯、島から出ることは許されず、ケガレ仕事である首打ちで生計を立てることを強いられています。

首を切られる三条殿の武士。『平治物語絵巻』13世紀後半、ボストン美術館蔵所蔵。斬首は世界各地で古来より存在する刑罰である。
首を切られる三条殿の武士。『平治物語絵巻』13世紀後半、ボストン美術館蔵所蔵。斬首は世界各地で古来より存在する刑罰である。

歴史に詳しい方ならすぐに気づくと思いますが、人の手による斬首は、一回で成功させるには非常に高度な技術が求められます。たいていは一回刃を落としただけでは力が足りなかったり、狙いが外れたりして、二回、三回と刃を落とすことになります(その間、罪人の苦しみは長引く)。

そのため、フランス革命にて「失敗のない人道的な死刑方法」としてギロチンが発明・導入されたことは画期的でした。ギロチンを使えば、刃の重量と落下に伴い生じるエネルギーによって、一発で失敗なく処刑できるからです(一方で、簡単に斬首できるために、フランス革命期に処刑が横行したのは問題である)。

ギロチンで処刑されるルイ16世、1793年。
ギロチンで処刑されるルイ16世、1793年。

ところが、主人公のイサギは、首打ちにおいてたぐいまれな才能と技術を持っており、本土で「斬聖ざんせい」と呼ばれるほどの名高い首打ち役人です。ひと振りで首を落とすのみならず、骨を断つ音すらしません。イサギの首打ちは達人の域に達しており、ゆえにイサギは、首を斬るときにその人の記憶(走馬灯のようなもの)を見ることができる「サトリ」という力を持っています。

イサギはある時、政争によって島に流された国の英雄・須佐すさタツナミ(屈強なおじさん)に出会います。タツナミに気に入られたイサギは、タツナミに稽古をつけてもらい、刀の腕をあげます。イサギもタツナミに懐いていましたが、ついに、タツナミの処刑日がやってきました。タツナミはイサギに首打ちを頼み、イサギは精神的に苦しみながらも、タツナミの首を落とします。そのときイサギが見たタツナミの記憶は、彼が竜を殺したときの記憶でした。

神である竜を殺すなど、いまだ人類が成し遂げなかったことであり、重罪になるに違いありません。イサギはタツナミが死罪になった本当の理由を理解しますが、同時に疑問がでてきました。なぜタツナミは、人びとの信仰の対象である、竜を殺したのか? そんなことを考えているイサギの元に、須佐すさチエナミと名乗る青年が訪れます。彼はタツナミの息子で、父の竜殺しの遺志を継ぐために、父の記憶を受け継いだイサギを、企てに引き込もうとやってきたのでした。

イサギはチエナミと共に、島を出て、竜殺しの旅に出ます(タツナミが殺したのは一匹なので、他にもたくさんの竜がいる)。「竜殺し」が漫画のタイトルにもなっている「竜送り」に相当し、物語を一貫するテーマとなります。

魅力①:猿真似ではない本物の世界観

ここからは、『竜送りのイサギ』の魅力4つを、重要だと思う項目から順に説明します。ファンタジー文学好きとしては、まず、物語の世界観がきちんと作り込まれている点に魅力を感じました。

ファンタジーランドはなぜ中世なのかで説明した通り、あらゆるファンタジー物語には、モデルとなった文化が必ずあります。そのため、作者の世界観づくりの腕の見せ所は、ある文化をモデルとしつつも、その文化と異なるオリジナル性を出して、新しい文化をつくりあげられるかどうかです。なお、『竜送りのイサギ』の場合には、日本文化と神道の信仰をベースとしています。

私が真っ先にほれ込んだ点は、『竜送りのイサギ』の世界観でした。東洋の竜は、たしかに「瑞獣ずいじゅう」と呼ばれ、天が地上にくだす吉兆の霊獣とされていますが、「神」そのものではありません。神道における神々は、天照大御神など、人型をした神です。しかしながら、『竜送りのイサギ』は人型の神々をすべて取り払い、複数の竜のみを神々としたのです。その点で斬新であり、もっとこの世界の文化を知りたい!と思いました。

なお、動物を神と同等なものとして信仰する文化は、世界各地にあり、代表的なものにトーテミズムがあります。例えば熊を祖先とする部族は、熊を神として敬い、決して熊の肉は食べない、などという文化があります。そのような点では、動物を信仰対象にすることは、真新しくはありません。

ところが、『竜送りのイサギ』の世界観で秀逸な点は、竜という伝説上の動物を信仰の対象としたところです。現代人にとって、動物園にて観ることができる動物に対し、畏敬の念を抱くことは難しいです。しかし伝説上の動物であれば、(未知の生物であるため)現代人も作中の人物に共感して畏敬の念を抱くことができます。

★物語展開について少し解説★

『日本略史 素戔嗚尊』に描かれたヤマタノオロチとスサノオノミコト。月岡芳年、1887年。
『日本略史 素戔嗚尊』に描かれたヤマタノオロチとスサノオノミコト。月岡芳年、1887年。

日本神話に少し詳しい人なら、作中で竜を殺した須佐すさタツナミが、誰をモデルとしているか、すぐに分かるかと思います。ヤマタノオロチを退治した、スサノオノミコト(須佐之男命)です。スサノオノミコトは、日本神話で最も格が高い太陽神・アマテラスオオミカミ(天照大御神)の弟ですが、その荒くれ具合に神々は困り果て、スサノオノミコトを、高天原(神々が住まう場所)から出雲国(現在の島根県)へ追放します。

ところがその地で、クシナダヒメに一目ぼれしたスサノオノミコトは、クシナダヒメを生贄として要求した怪物・ヤマタノオロチを退治し、神々を感心させました。そして、ヤマタノオロチの切り裂いた尾から出た太刀たちをアマテラスに献上して、姉と和解しました。のちにこの剣は草薙くさなぎつるぎと名付けられ、日本の三種の神器の1つになっています。

ちなみに主人公・イサギの苗字は「くしなだ」なので、イサギの名前は(タツナミに救われたという点で)クシナダヒメに由来していると思われます。また名前は「ウサギ」に由来していると思われ、おそらく日本神話でいう「因幡の白兎」……と考えると、チエナミと共に新しい国をつくる協力者としての意味も読み取れます。

日本神話において、スサノオが殺した竜は「怪物」とされているため、悪者の要素が強いです。ところが、『竜送りのイサギ』における竜は神であり、基本的には人びとに味方のはずです。では、タツナミが神を殺したことは、何を意味しているのでしょうか。

既存の神が殺されるときは、新しい神が存在するときです。例えば北欧神話においては、ラグナロクで世界が滅びた後、新しい世界でバルドル神が蘇ると伝えられています(古代信仰がキリスト教に置き換わる過程が示唆されているという考えが一般的)。しかし私はこの物語においては、神を殺すことは、「父親殺し」に相当するのではないかと考えています。

少年漫画における典型展開。それは神話類型における「父親殺し」、すなわち自分の父の実力を越えることを目標にする展開です。少年漫画における主人公の父親の設定は、「ある道の達人」「物語のはじまり時点で、主人公には遠く及ばない存在」であることがほとんどです。例えば『HUNTER×HUNTER』の主人公・ゴンの父親は、ハンターのなかのハンターで、ハンター協会の会長からもその腕を認められています。ゴンの目標は父親を越えることで、それが物語を一貫するテーマとなっています。

神は、人間より上位の存在であることから、人間の親であると捉えることができます(実際、多くの神話において、人間は神々の血を引いている)。『竜送りのイサギ』において、竜は「人びとの父」と捉えることができます。よってこの物語のテーマは、すべての父を殺し、父を超えることになります。父を越えた先に何があるのか、とても気になり、展開が楽しみです。

ここで『竜送りのイサギ』公式から発信されている、次の宣伝文句が生きてくるわけです。「それは救いか、破滅か。魂を紡ぐ意義をここに問う竜殺しの旅路。」

魅力②:前近代人らしく、神々に畏敬の念がある

『竜送りのイサギ』の魅力の1つ目は、物語の世界観がきちんと作り込まれている点でした。魅力の2つ目は、作中の人びとの心に、神々に対する畏敬の念があることです。この点は、世界の歴史文化愛好者としては、高評価できます。

ファンタジーランドはなぜ中世なのかで説明した通り、ファンタジー物語の舞台は、前近代の時代に設定されがちです。科学的な思考がないことが、何より重要だからです。しかしながら、現代人が共感しやすように、前近代の設定のはずなのに、科学的思考をいれてくるファンタジー物語は、案外多いものです。その世界に信仰が存在しても、表面的な「ファッション信仰」だったり、主人公が「そんなものは迷信だ」と科学的思考でばっさり切り捨てたり。じゃあお前が使っている魔法は何なんだよ。

また、あらゆる芸術は物語から生まれるで説明した通り、芸術(文化)が生まれた背景にはその地域ごとの神話があると思います。つまり、神話なくして文化は生まれないため、リアルな神話や信仰の存在は、物語世界に深みをもたらしてくれます。

『竜送りのイサギ』では、竜が神さまとして人びとに親しまれ、生活に溶け込んでいます。例えば、作中には「双眼鏡で竜を見ることは不敬にあたるから、双眼鏡の制作には厳しいルールがある」「竜が空に現れた場合、縁起がいいため市を起こす」などの場面が出てきます。主人公を含めたメインキャラクターたちが、実際に竜を敬い、その思考を念頭に日常生活を送っているのです。

しかし。畏敬の念を抱いている竜を、彼らは殺す必要があるのです(漫画の3話を読んでください)。

魅力③:ケガレ仕事を生業にしている主人公の葛藤

『竜送りのイサギ』の魅力の3つ目は、「人を殺すこと」に本気で向き合っている点です。

生物学的な動物の本能として、食べるために自分より弱い動植物を殺すことが当然なことであるのと同様に、自分と同じ種族の者と争い、殺し合うことも当然なことです。どの動物も、生存のために縄張り争いをしたり、繁殖のために同性を淘汰したりします。しかしながら、人間は文明を発達させ、知性を身につけたために、とりわけ自分と同じ種族を殺すことに強い抵抗を覚えます(アインシュタイン、フロイト『ひとはなぜ戦争をするのか』より)。

文明が発達した社会においては、「血」や「死」と関わる仕事が忌避されるようになります。そのような仕事は「ケガレ仕事」などと呼ばれ、例えば家畜を食用肉として屠殺する仕事や、人間の死体を埋める仕事などが、前近代では忌避されていました。『竜送りのイサギ』の世界でもそのような考えが存在し、人の首を斬るイサギは、穢れている者として、人びとから忌避されています。

※イサギは死に関わる者として、共同体から外れた「アウトサイダー」ともいえる。詳細は西洋中世期のアウトサイダーを参照。ケガレについては網野善彦の『日本の歴史をよみなおす (全)』が分かりやすい。

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しかし、イサギは生計を立てる手段としてその仕事をするしかなかっただけで、好きでその仕事をしているわけではありません。また、罪人の処刑は国の秩序のために、「誰かがやらなければならない」ということも理解しており、自分が一太刀で首を斬れる技量を持っていることから、ある種のやさしさで首打ちの仕事を続けています。ところが、そのような状況が十代の少年に健全な精神をもたらすわけがなく、イサギのメンタルはとても不安定です。

現代人のほとんどは、可能な限りの「血」や「死」を生活から締め出しています。他の誰かがやってくれるから、例えば私たちは鶏肉を食べるときに、生きた鶏の首を折らなくて済むのです。『竜送りのイサギ』では、主人公の設定からして、「人を殺すこと」について考えつづけることを逃れられない作品です。そのため、今後もたらしてくれるだろう洞察に期待できます。

魅力④:絵がうまい(キャラデザも最高)

『竜送りのイサギ』の魅力の4つ目は、世界観や物語展開の秀逸性からいえばオマケのようなものですが、絵がうまいことです。しかし、漫画として売れるためにはとても重要な要素の一つですね。

イサギ(美少年)とチエナミ(美青年)の表情や動きがとてもいいな、と思って読んでいると、彼らが竜を見かける場面があり、その竜の顔から髭から鱗まで、非常に精密で美しいのです(美術館で観る水墨画かな?って思った)。しばらくすると、女性キャラクターが出てきて、え!!!めっちゃ素敵な女性きた……女性もうまく描けるのか……と思っていると、今度は少女キャラクターが出てきて、女の子までこんなに可愛く描けるなんてある??と目を疑います。

先ほど例として『HUNTER×HUNTER』を挙げましたが、イサギの表情は場面場面でキルアに似ていると思うことが多いです(殺しを生業にしているという点で共通している)。とくに、哀しみの表情をしているときに絵の暴力~!!!となります。

おわりに

今回は、いま激アツな少年漫画、星野真の『竜送りのイサギ』を紹介しました。作品の魅力として以下4点をあげました。

  1. 猿真似ではない本物の世界観
  2. 前近代人らしく、神々に畏敬の念がある
  3. ケガレ仕事を生業にしている主人公の葛藤
  4. 絵がうまい(キャラデザも最高)

日本文化をベースにした、和製ファンタジー物語として本当に期待できます。今後の展開がとても楽しみで、単行本を買って追いかけていきたいと思います。今なら「サンデーうぇぶり」上で4話まで無料で読めるので、ぜひ試し読みしてみてください。

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《龍虎図屏風》17世紀、東京国立博物館所蔵

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