はじめに
おそらくファンタジーという物語ジャンルが好きな人は、ハリー・ポッターと共に成長してきた人が多いのではないでしょうか。わたしもそのうちの1人なのですが、つい数年前までファンタジーとおとぎ話の違いを知りませんでした。どちらの物語にも魔法使いがでてくるし、暗い森とか喋る動物とか、似た要素がたくさんあります。
それを知るためには、そもそもファンタジーという物語ジャンルがどういう歴史をたどってきたのか、どういう要素があればファンタジーと呼べるのかを知る必要があります。今回はファンタジーとおとぎ話の違いについてお話します。
おとぎ話
おとぎ話とは、作者が不明の架空の物語です。おとぎ話には昔話も含まれます。昔話とは、共同体(村や町)内で語り継がれてきた説話のことです。たとえば日本なら『桃太郎』『鶴の恩返し』、西洋なら『赤ずきん』『眠り姫』などが昔話に該当します。昔話は口頭文化という分類に属します。口頭文化とは文字文化と対になる概念で、生きるために必要な知識を、次の世代に口頭で語り継ぐ文化です。
※口承文芸学者の小澤俊夫によると、昔話、民話、おとぎ話について、以下の定義がされている。
昔話:これは本当の話じゃないよ、信じないでくれよという姿勢で伝える話。「とんと昔」「昔むかしあったげな」などのはじまりの文句である発端句は、その意味。詠み人知らずであり、口伝えの物語。
民話:その示す内容はあいまいで、昔話、伝説、噂話、思い出話、歴史的事実など、すべてがふくまれているようである。学術的には使われていない。
おとぎ話:架空の話全体をさす。昔話、民話は、すべておとぎ話である。
小澤俊夫『昔話の扉をひらこう』暮らしの手帖社、2022年、26頁
おとぎ話は神話と同じで、誰がつくった、と明確に言えない点に特徴があります。強いていうなら、「みんながつくった」でしょうか。代々語り継がれるうちに、内容がブラッシュアップされ、一番覚えやすく、メッセージが伝わりやすい内容に変化していきます。何百年、もしかすると千年以上もかけて赤ペンが入れられ修正されてきた物語は、現代の小説とは比べ物にならないくらい磨き抜かれた、選りすぐりの文学作品なのです。
ちなみに『グリム童話集』と呼ばれるおとぎ話集がりますが、グリム兄弟は作者ではありません。彼らは各地に伝わる昔話を集めて、一冊の本にまとめた編集者です。
ファンタジー
一方で、ファンタジーには明確な作者がいます。『ハリー・ポッター』ならJ.K.ローリング、『七王国の玉座(A Game of Thrones)』ならジョージ.R.R.マーティン。おとぎ話が口頭文化の産物なのに対し、こちらは文字文化の産物です。文字文化が浸透していく経緯について、詳しい話は以前の記事「ラテン語とは」を参照していただきたいのですが、印刷業者が民衆向けの娯楽小説を印刷しはじめたのは17世紀です。そのためそもそも「小説」自体が近代の産物であり、「ファンタジー」というジャンルはその中でもかなり遅くに確立されました。
ファンタジーの祖と言われる人物は『指輪物語(The Lord of the Rings)』の作者J.R.R.トールキン、『ナルニア国物語』の作者C.S.ルイスです。絵画といえばフランス、文学といえばイギリス、とよく言われますが、お二人はイギリスの人で、オックスフォード大学の教授で、仲良しな同僚同士でした。彼らの生きた時代はまだファンタジーという概念がなかったため、作品はかつての印象派の絵画と同じように、「こんなもの小説じゃない!」と低レベルのものとして扱われます。18世紀、19世紀と時代がくだるにつれて、徐々に、ファンタジーというジャンルが英文学界で認められるようになりました。
ファンタジーとは、「魔法」がでてくる空想の物語です。以前の記事「科学と魔法の対立」で、「超自然的な力」という言い回しを使いましたが、まさにそれです。現実の世界では考えられないような人・動物がいて、物があります。たとえば『指輪物語』ではドワーフ、エルフ、ホビットといった人間以外の種族、ガンダルフという魔法使いが登場しますし、テーマとなる指輪には魔法が込められていて、魔法要素を挙げればきりがありません。
おわりに
ファンタジーに魔法要素は必須ですが、おとぎ話に魔法要素は、本当は必要ありません。それでも、どんなおとぎ話にも超自然的な要素(現実にはありえないこと)が入っているように思えるのは、われわれが現代人だからです。つまりおとぎ話を語り継いできた人びとにとって魔法は現実に存在し、あり得るものだったのです。彼らは日常の不安や願いをおとぎ話にしたにすぎません。それが現代のわたしたちにとっては、現実にはありえないものだと感じてしまうのです。
以下、違いをまとめたので参考にしてください。
ジャンル | 発祥文化 | 作成時代 | 作者 |
---|---|---|---|
おとぎ話 | 口頭文化 | 古代~中世 | なし |
ファンタジー | 文字文化 | 近代 | あり |
今回紹介したドワーフやエルフなど、神話や昔話に登場する超自然的な生物について詳しく知りたい方には、以下の本がおすすめです。世界中の超自然的な生物を辞典としてまとめた文庫です。ユニコーンやスフィンクス等も掲載されています。
- ホルヘ・ルイス・ボルヘス著、柳瀬尚紀訳『幻獣辞典』河出文庫、2015年
私個人がおすすめするファンタジー小説については、おすすめファンタジー小説の記事を参照してください。