物語ジャンルとしての「おとぎ話」と「ファンタジー」は、どのように違うのでしょうか。どちらの物語にも魔法使いがでてくるし、暗い森や喋る動物など、似た要素がたくさん出てきます。
それを知るためには、そもそも「ファンタジー」という物語ジャンルが、どのように生まれたのか、どのような要素があれば「ファンタジー」と呼べるのかを知る必要があります。
今回は、おとぎ話とファンタジーの違いについて紹介します。
おとぎ話とは

おとぎ話とは、作者が不明の架空の物語です。学術的には、「おとぎ話」は昔話や民話も含めた、架空の物語全体を指します。
昔話とは、共同体(村や町)内で語り継がれてきた説話のことです。例えば日本なら『桃太郎』『鶴の恩返し』、西洋なら『赤ずきん』『眠り姫』などが昔話に該当します。
昔話は口頭文化という分類に属します。口頭文化とは、文字文化と対になる概念で、生きるために必要な知識を、次の世代に口伝えで語り継ぐ文化です。
※口承文芸学者の小澤俊夫によると、昔話、民話、おとぎ話について、以下の定義がされている。
昔話:これは本当の話じゃないよ、信じないでくれよという姿勢で伝える話。「とんと昔」「昔むかしあったげな」などのはじまりの文句である発端句は、その意味。詠み人知らずであり、口伝えの物語。
民話:その示す内容はあいまいで、昔話、伝説、噂話、思い出話、歴史的事実など、すべてがふくまれているようである。学術的には使われていない。
おとぎ話:架空の話全体をさす。昔話、民話は、すべておとぎ話である。
小澤俊夫『昔話の扉をひらこう』暮らしの手帖社、2022年、26頁
おとぎ話は神話と同じで、誰がつくった、と明確に言えない点に特徴があります。強いていうなら、「みんながつくった」です。
人が今よりずっと容易に命を落とし、理不尽で劣悪な環境下で我慢をしいられた時代、心を照らす希望の光は、物語ることでした。そうして生まれたおとぎ話は、代々語り継がれるうちに、内容がブラッシュアップされ、一番覚えやすく、メッセージが伝わりやすい内容に変化していきました。
何百年、もしかすると千年以上もかけて赤ペンが入れられ修正されてきた物語は、現代の小説とは比べ物にならないくらい磨き抜かれた、選りすぐりの文学作品なのです。

おとぎ話は、誰もが抱える心の傷を鏡のように写しだし、傷を乗り越え、闇を抜けて光を掴む方法を教えてくれます。おとぎ話の入門としては、以下の本がおすすめです。ジュニアでも読める平易な文章ながら、読む人の知識に応じてどこまでも深掘りできます。
ちなみに『グリム童話集』と呼ばれるおとぎ話集がりますが、グリム兄弟は作者ではありません。彼らは各地に伝わる昔話を集めて、一冊の本にまとめた編集者です。
「心を照らす希望の光は、物語ること」がテーマのSF小説に、ヒエグラ『最後の語り部』があります。紹介記事があるので、興味のある方はご覧ください。科学第一主義のSFで、あえて物語に重きを置くという展開が斬新で面白いです。

ファンタジーとは

一方で、ファンタジーには明確な作者がいます。例えば、『ハリー・ポッター』ならJ.K.ローリング、『七王国の玉座(A Game of Thrones)』ならジョージ.R.R.マーティンです。
おとぎ話が口頭文化の産物なのに対し、こちらは文字文化の産物です。西洋において、印刷業者が民衆向けの娯楽小説を印刷しはじめたのは17世紀です(※)。つまり、「小説」という芸術は近代の産物なのです。小説のなかでも、「ファンタジー」というジャンルはかなり後になって成立しました。
※文字文化が浸透していく経緯について、詳しくは「ラテン語とは」を参照。
ファンタジーの祖と言われる人物は、『指輪物語(The Lord of the Rings)』の作者J.R.R.トールキンと、『ナルニア国物語
』の作者C.S.ルイスです。絵画といえばフランス、文学といえばイギリス、とよく言われますが、トールキンとルイスはイギリス人で、オックスフォード大学の教授かつ、同僚同士でした。
彼らの生きた時代には、まだファンタジーという小説ジャンルがありませんでした。よって、彼らの作品はかつての印象派の絵画と同じように、「こんなものは小説ではない!」と低レベルのものとして扱われます。しかしながら、18世紀、19世紀と時代がくだるにつれて、その芸術性が評価され、ファンタジーというジャンルが英文学界で認められるようになりました。
ファンタジーとは、「魔法」がでてくる空想の物語です(※)。現実の世界では考えられないような人・動物がいて、物があります。たとえば『指輪物語』ではドワーフ、エルフ、ホビットといった人間以外の種族、ガンダルフという魔法使いが登場しますし、テーマとなる指輪には魔法が込められていて、魔法要素を挙げればきりがありません。
※魔法は、「超自然的な力」とも言い換えられる。詳しくは魔法と科学の違いを参照。
おわりに
今回は、おとぎ話とファンタジーの違いについて紹介しました。
ファンタジーに魔法要素は必須ですが、おとぎ話に魔法要素は、本当は必要ありません。それでも、どんなおとぎ話にも超自然的な要素(現実にはありえないこと)が入っているように思えるのは、われわれが現代人だからです。
つまり、おとぎ話を語り継いできた人びとにとって魔法は現実に存在し、あり得るものだったのです。彼らは日常の不安や願いをおとぎ話に込めました。それが現代のわたしたちにとっては、現実にはありえないものだと感じてしまうのです。
下図に両者の違いをまとめたので参考にしてください。
ジャンル | 発祥文化 | 作成時代 | 作者 |
---|---|---|---|
おとぎ話 | 口頭文化 | 古代~中世 | なし |
ファンタジー | 文字文化 | 近代 | あり |
今回はおとぎ話とファンタジーの違いを紹介しましたが、共通点を紹介した記事もあります。あわせて読むと学びが深まります。

以上、おとぎ話とファンタジーの違いでした。