一般的なファンタジー漫画・アニメの世界観は、「中世ヨーロッパ風」といいつつ近代水準のことが多いです。しかし『葬送のフリーレン』の世界観は、エンタメ性も大切にしつつ、かなり頑張って本物の中世に寄せられています。今回は、西洋中世史愛好家である筆者が、『フリーレン』の世界観にて、どの点が中世で、どの点が中世でないかを検証します。
なお筆者は、漫画原作からの『葬送のフリーレン』ファンでもあります。本記事では、アニメ版の25話(一行がオイサーストを出発する1期)までに該当するストーリーを取り上げます。アニメ勢の方も安心してお読みください。
『葬送のフリーレン』の概要
『葬送のフリーレン』は、2021年にマンガ大賞を受賞、2023年秋~2024年春にアニメ1期が放送されるなど、いまファンを飛躍的に増やしているコンテンツです。
この物語は「感情の機敏」に重きを置いた物語で、原作においては、動画と相性のよい、「派手な動作」が少ないです。そのため、個人的にはアニメ化がうまくいくか心配でしたが、結果的には、大成功しました! これはもう、卓越したアニメ制作陣・声優陣と、素晴らしい音楽を作曲したEvan Callさんのおかげでしょう。原作ファンの期待も大きく上回る出来栄えで、アニメが放送されてから、私も『フリーレン』をより好きになりました。
私は以前、ファンタジーランドはなぜ中世なのかの記事にて、『フリーレン』の世界観は、「エンタメ性も大事にしながら、かなり頑張って本物の中世に寄せている」と書きました。そこで今回は『フリーレン』の世界観にて、どの点が中世で、どの点が中世でないかを検証します。
前提として、原作者の山田鐘人さんは、『フリーレン』の世界観について、15世紀半ばのヨーロッパをイメージしているそうです(「TVアニメ『葬送のフリーレン』公式ガイドブック~王都からオイサーストまでの旅路~」123頁より)。
15世紀半ばは、1450年頃であり、一般的な西洋の歴史区分としても、ぎりぎり中世期です。西洋の中世期として一般的には、ビザンツ帝国の首都コンスタンティノープルが、オスマン帝国に陥落した、1453年までを指します。時代区分としての中世期について知りたい方は、中世ヨーロッパはいつからいつまで? 特徴も解説を参照ください。
前提:中世ヨーロッパ警察をしたいわけではないよ!
『フリーレン』のような、中世ヨーロッパ風のファンタジー物語が流行するたびに、SNS界で出没する者がいる……それは「中世ヨーロッパ警察」です!
詳しくない人のために、ネット界の「警察」について簡単に説明しましょう。「警察」とは、特定の分野について専門知識を持っている or 通常の人より詳しいために、その分野に関する話題を見つけると、「あなたの考えはおかしい」などと、求められてもいない指摘をしてしまう人たちのことです。特定の分野に関する話題を探して、間違いを正すためにパトロールをしているように見えることから、「警察」と呼ばれます。
【ひとこと】
解釈あってる?
つまり、「中世ヨーロッパ警察」とは、人より西洋中世期の知識を持っているために、その知識を盾に、本当の中世についての世界観を説いてまわっている人のことです。よくある例だと、「この食事シーンでジャガイモが出てくるが、ジャガイモは大航海時代のときにアメリカ大陸から持ち帰った食べ物だから、中世期には存在しない。だからこのシーンはおかしい」などと言います。
……言いたくなる気持ち、すごく分かる! 分かるよ!! しかし、ファンタジー物語は、史実の物語ではありません。架空の世界を舞台にしているため、中世期なのにジャガイモがあろうが、ギロチンがあろうが、フォークがあろうが、かまわないのです。作者の自由です。むしろ、史実の文化水準を理解したうえで、現代人に馴染みやすいように、あえて現代的な道具を持ち込む例もたくさんあります。
例えば、ファンタジー物語の代名詞である、映画『ロード・オブ・ザ・リング』を想像してみてください。あの映画に出てくるホビットの村は、近代イギリスの田園地帯がモデルとされています。それは原作者のトールキン(1892-1973年)が、ホビットの村を、自分にとって居心地のよい、当時のイギリスの田園地帯のようにしたかったからです。
私は本記事にて、「中世ヨーロッパ警察」になりたいわけではありません。つまり、『フリーレン』の世界観にて、「これは中世だからOK」「これは中世でないから駄目」といった、良い・悪いの判断をしたいわけではありません。そんなことはナンセンス! 作者様の創りあげた世界観が、その物語の世界観なのだから、それを尊重するのがファンです!!
本記事の目的は、『フリーレン』の世界観を通じて、西洋の時代別の文化水準を学ぶことです。作中に登場する1つ1つの小道具について、どの時代水準に当てはまるかを知ることは、純粋に楽しいです。さらに、この視点を身につけると、他のファンタジー物語を読む・観るときにも使え、楽しみ方を増やすことができます。また、創作をする方は、この視点を自身の創作の世界観に活かすことができます。
ではさっそく、物語に登場するモノについて、時代検証をしていきましょう!
時代検証
聖堂
あるファンタジー物語の世界観が、どの地域の、いつの時代をモデルにしているかを知る、最もよい方法は、その世界における宗教的建造物を確認することです。
なぜなら、前近代の人びと(=科学的思考をする前の人びと)の精神世界が最も現れているモノ――言い換えると、彼らが最も大切に想い、創造に時間とコストをかけたモノが、彼らの神話・宗教に関連したモノだからです。なかでも、神殿や聖堂などの宗教的建造物は、目に見えて彼らの信仰の象徴となるため、最も力を入れてつくられます。
したがって、新しい芸術様式はいつの時代も、宗教的建造物に真っ先に現れました。さらに言えば、あらゆる芸術の起原は、神話や宗教にあり、神話や宗教のためにこそ、芸術が生まれました。このあたりについて詳しくは、あらゆる芸術は物語から生まれるで説明しています。
というわけで、『フリーレン』の聖堂がいつの時代のものか、確認してみましょう。聖堂が登場するのは、ヒンメルを葬送するエピソード(漫画:1話、アニメ:1話)です。
結論から言うと、作中に登場する聖堂は、中世期のつくりです。
漫画版の聖堂は、どの様式なのか、あいまいで判別がつきません。しかし、アニメ版の聖堂は、典型的な西洋のゴシック様式のつくりになっています。というのも、ゴシック様式の特徴である、尖塔、広くとられた窓、色とりどりのステンドグラス、バラ窓(円形のステンドグラスの窓)などが確認できるからです。
ゴシック様式の聖堂が流行したのは、13-15世紀です。そのため、「15世紀半ば」をイメージしているという『フリーレン』の世界観にまさにマッチした聖堂といえます。
ちなみに、漫画では113話にも、別の聖堂が登場します。こちらも明らかにゴシック様式の聖堂です。よって、聖堂は中世期に該当します。
【著作権について】
このような記事を書くときに、漫画やアニメのいち場面を画像で出すと分かりやすいですが、無断で使用することは、著作権侵害の可能性が高いため避けます。
文章の引用については、アカデミック界で100年以上の歴史があるため、引用ルールが明確に決まっています。しかし、画像はPCが普及してからの比較的新しい技術なので、引用のルールが明確に決まっていません(複雑すぎて「決められない」が正しいかも)。作者や製作者が、「引用OK」と明記していない限りは、避けたほうが無難です。
町並み
次は、一般の家屋、すなわち町並みについてです。町並みは、典型的な中世期の都市のつくりになっています。
中世期の都市は、敵から身を守るために自衛を行っており、町そのものが城塞を兼ねていました。そのため、以下の特徴を持ちます。
- 町をぐるりと囲む市壁がある。町の広がりとともに壁を増設するため、ときに二重、三重の壁になっている。
- 円柱の見張り塔が諸所にある。
中世期の都市について、より詳しく知りたい方は、西洋中世期における都市の形成を参照してください。
西洋の歴史ある都市では、「旧市街」という呼び名で、中世期の都市景観が残っている地区があります。以下に例として写真を載せます(自分が実際に行った場所です)。基本的に、建物にはその地域で取れる石や粘土が使われます。粘土が取れる地域では、屋根に素焼きの赤瓦、粘土が取れない地域では、スレート(天然石)が使われます。
クロアチアについては、旅行記があるので、興味のある方はご覧ください。→ 海外一人旅ってどんな感じ?-クロアチア導入
宿屋
次は、宿屋についてです。宿屋も中世期の典型的なつくりになっています。
宿屋について「うおー! 中世だ!!」と感動したのは、死者の幻影を見せる魔物・アインザームが登場するエピソードです(漫画:9話、アニメ:5話)。注目したいのは、フリーレンとフェルンが、村人を悩ませている魔物について会話しながら宿屋の屋内に入り、受付のある一階を抜けて階上にあがり、客室に入る場面です。
中世期の典型的な宿屋は、2階または3階建てで、1階に酒場(食堂)、2階以上に客室をもつ構造でした。したがって、作中に登場するのは中世期の宿屋です。宿屋について詳しくは、西洋中世期における宿屋を参照ください。
ちなみに、ザインが暮らす村で、シュタルクがザインを勧誘しに、一人で酒場に行く場面がありますね。アニメ版(13話)では、客室にいたフェルンたちがシュタルクの叫び声を聞き → シュタルクの元に駆けつける流れになっています。
室内にいながらシュタルクの叫び声が聞こえるのは、(シュタルクの声が馬鹿でかいわけではなく)彼のいる酒場が、宿屋の1階にあるからだと思われます。フェルンたちは宿屋の2階の部屋にいたので、階下にある酒場の声がよく聞こえたのでしょう。このような小さな村では、宿屋と酒場は同じ建物で、宿屋兼酒場として存在していたケースが多かったと思います(経営者も同じ)。
窓ガラス
次は、窓ガラスについてです。これは中世期ではなく、近世~近代期のものです。
中世期の家の窓は、基本的に木組みの鎧戸です。あるいは、石造りの城などでは、窓にタペストリーなどをかけて外気を遮っていました。その際には、風がなるべく入らないよう、窓は小さく取られていました。なぜでしょうか。窓ガラスを作る技術がまだなかったからです。
器や水差しなどの、ガラスの製品自体は、古代より存在しているため、ガラスを取り出す技術がなかったわけではありません。実際、12世紀頃からは、聖堂のステンドグラスとして、ガラスが多用されるようになります。しかしながら、①無色透明で、②一枚板であるガラスを精製することが難しかったのです。
中世期のガラス技術においては、「ヴェネツィアン・グラス」の呼称で有名な、現イタリアのヴェネツィア職人たちが得意としていました。彼らが高品質の、無色透明なクリスタルガラスを完成させたのが15世紀のことです。しかし窓ガラスとして使用するには、強度が足りませんでした。
というより当時は、「ガラスを家の窓に使う」という発想を持っていた人は、極めて少なかったと思います。なぜなら、ガラスは落とせば簡単に割れてしまう物質です。そのようなものを窓にはめこめば、いつ割れて被害を被るかも分からないのです。
加えて当時は、ガラス製品を入手できるのは貴族、あるいは金持ちの豪商だけでした。そのため、ガラスの価値は宝石に匹敵するほどだったと想像します。「宝石(のようなもの)を窓にはめこむ」と想像すると、ますますそんな考えは荒唐無稽に思えます。
窓ガラスに使用できる強度の、無色透明のガラスの製法が確立したのは、17世紀のことです。『フリーレン』の作中で登場した窓ガラスで、「このガラス技術は18-19世紀かなあ」と思ったのは、アニメ3話の宿屋の窓ガラスです(漫画では窓ガラスに焦点はあたっていない)。
フェルンの誕生日の翌日、フリーレンが宿屋の窓を閉めたあとに、「そろそろ行こうか」とフェルンに声をかけます(フェルンは蝶の髪留めをはじめてつけている)。この窓を閉めるときの音が、窓の大きさと、空間の広がりを感じさせる、とてもよい演出でした。しかし、宿屋にこの大きさの窓ガラスがあるのは、絶対に近代だと思う……!
他のファンタジー物語の例を考えても、中世期の技術水準をモデルにしながら、現代風の窓ガラスを扱う作品はかなり多いです(体感9割)。きっと製作者は、現代風の窓ガラスが中世期に存在しないことは百も承知です。
しかし、人びとが無色透明の窓ガラスから受けている恩恵はあまりにも大きく、それがないとできない演出が多々あるため、あえて、無色透明の窓ガラスが存在する世界観にしているのだと思います。例えば、室内から外を眺めていて、誰かが訪問したことに気づく場面などは、無色透明ガラスがないと描けませんね。
「窓」というのは心理学的にも重要なモチーフで、映画などでも、人の心理状態を窓を使って表現する場面が多々あります。光を取り入れる、という点でも宗教的に重要ですし、窓ガラスの文化史をつきつめると面白そうです。
暖炉
次は、室内にしつらえられた暖炉についてです。
作中では、室内の場面で、壁に取り付けられた暖炉が多々登場します。これは中世期ではなく、どちらかというと近世期のものです。中世期にも、一応存在しますが、庶民の家庭に普及しはじめたのは14世紀前半で、中世の末も末です。……中世って1000年あんねん(アンミカボイス)。
化石燃料が利用される前まで、人類にとって暖を取るための唯一の手段は、火を焚くことでした。例えば、日本の竪穴式住居には、火を焚いた跡が残っています。
竪穴式住居の火の処理方法をもう少し工夫した形が、囲炉裏です。囲炉裏は部屋の中心部にしつらえられ、暖房の機能、調理火の機能、照明の機能を持っていました。西洋中世期の家々にも、日本と同じような、囲炉裏式の暖房兼、調理火兼、照明がありました。
※中世期の照明については、西洋における光源としての火の利用を参照。
囲炉裏式暖炉の欠点は、煙が家に充満することです。その状況は、現代人が室内で焼肉する状況を想像すると分かりやすいでしょう。室内のモノに臭いがつく上に、煙たく、嫌なことだらけですよね。そこで、煙が室内を漂う前に、捕らえて外に出してしまおう、という発想でつくられたのが、煙突です。
壁暖炉内部の上部には、煙を通すための筒があります。その筒は屋根の上に突き出た煙突までつながっているため、そこに入った煙は、煙突を通じて外に抜けるようになっています。炎で温まった煙は、室内の空気より軽くなるため、自然と上に昇っていく仕組みです。
ちなみに、十分に薪が燃えないと、煙は上部にある筒を通らず、室内にあふれ出てしまいます。私は東欧のエストニアにて、薪暖炉がある素朴な小屋にて、一カ月ほど寝起きをしたことがあります。その際、眠りにつくたびに「今日こそ燃焼が失敗して、一酸化炭素中毒で死ぬかも……」などと思っていました。一応、煙がきちんと排出されていることを、目視で確認してはいるのですが、昔ながらの暮らしは、なかなかスリリングです。
『フリーレン』では、フリーレン一行が、エルフの武僧・クラフトと、山小屋で冬を越すエピソードがあります(漫画:24話、アニメ:11話)。この際、山小屋にある暖炉は、壁に取り付けられた暖炉です。しかし実際の15世紀半ばには、山小屋のような無人の住処に、そのような高価で贅沢な暖炉はないと考えます。
家に壁暖炉をつける場合、壁の内部に、煙が通るための筒を通さなくてはなりません。よって、大規模な工事が必要な上に、継続的なメンテナンスも必要です。現代でも、壁暖炉を家につけようと思うと、ものすごくお金がかかるんですよ(職人さんが少ないという理由もある)。
本
次は、作中に登場する本についてです。フリーレンの趣味が、民間魔法を集めることなので、作中では魔法の書かれた「魔導書」がよく登場します。
うーーーん! 悩ましいですが、作中に登場する本は、どちらかというと近世期の本ですね。理由として、以下が挙げられます。
- サイズが小さい(手のひらに載るサイズ)。中世期にも、携帯する用に小サイズの本は存在したが、主流なのは、重くて10秒も持ち上げていられないような、巨大な本。
- 本が庶民に普及している。中世期に本を所持していたのは、第一に修道院、第二に大学、第三に金持ちの貴族である。
- 本の形状が機械でつくったように、整いすぎている(作画を楽にする観点で仕方ないことだが)。実際にはすべて手作りだし、科学繊維ではなく自然のものを使っているので、歪んでいたり、紙がよれていたり、留め紐がとびでていたりする。
まずは、本のサイズについてです。中世期の本のサイズを下図で確認してくみてださい。どれも超大型本ですね。超大型なので、本を読むときには「書見台」と呼ばれる、本を立てかける台を使います。
中世期に本が大型だった理由として、以下が考えられます。
- 本は保管してある場所で読むものだったから。貸出などしようものなら、紛失や盗難のリスクにさらされる。盗難防止のため、わざと大きく製作された本もある。
- 1冊のうちにできるだけ多くの情報を詰め込めみたかったから。
- 文字を書く際に、大きい紙面のほうが書きやすかったから。中世期には印刷技術がなく、本をつくる際にはすべて手書きである。
次に、中世期の本の所持者が、修道院か大学か貴族に限られていたことについてです。当時の本はすべて手書きでつくられていた上に、貴重な顔料をつかった挿絵がふんだんに入っていました。加えて本一冊をつくるには羊が何頭も必要でした(羊皮紙の材料)。
したがって本には、宝飾品と同じくらいの価値があり、現代日本の価値に直すと、一冊あたり数百万円以上の価値があったと考えられます。よって、中世期の本は、庶民の手に届くようなシロモノではありませんでした。
そもそも、写本(本の内容を書写する行為)を仕事の一つとしていた、修道士が1冊の本をつくりあげるには、1年~2年の期間がかかります。人間の1年間の労働に見合う賃金となると、本一冊に数百万円以上の価値があることは、全くおかしくないですよね。
さらには、中世史学者のハスキンスは、12世紀時点では本を「買う」行為も珍しかったといいます。中世期には、本が欲しい場合には、自らつくるしかなかったのです。しかしその材料を集めることすら、庶民の収入では不可能でした。加えて庶民は文字の読み書きができませんでした。
※写本について詳しくは、写本制作所としての修道院を参照。
『フリーレン』では、庶民であるフリーレンがたくさん本を所持している点や、依頼の報酬として村人が本をくれる点で、庶民にまで広く本が普及していることが分かります。よって作品世界の本は、手書きの本ではなく、印刷技術が普及したあとの、近世以降の安価な印刷本だと考えられます。
ちなみに、超大型本までいかなくても、単行本をよく読む方にとって、「書見台」はかなりよいツールです。単行本を手で抱えながら読むと、疲れてしまいますが、書見台があれば疲れ知らずです。また、本の表紙をベタベタ触らなくて済むので、本をきれいな状態で保てます。私も書見台を買ってから読書生活が快適になりました。
食事
次は、食事についてです。これは現代です。
食事については、現代人が「おいしそう」と共感できるように、あえて現代風の食事になっていると考えられます。例えば、中世期から存在する料理の一つに「ひよこ豆のペースト」がありますが、その名前を出されても、多くの人はどんな味なのか想像できませんね。
作中の食事例を挙げると、フェルンがよく食べている「スイーツ」は、現代のJK(女子高生)が好きそうなスイーツです。中世期は、お菓子の造形以前に、甘味(砂糖、はちみつ)そのものが貴重な時代です。おそらく、貴族身分の人でも、めったに甘い物を食べられなかったと想像します。
食器については、ナイフ・フォーク・スプーンの3セットや、カップ&ソーサーがある点で、近代以降に該当します。中世期の人びとは、主に手を使って食事をしていました。そのため、食卓には指を洗うための水を張った壺もありました。さすがに肉を切るためのナイフは必要なので、ナイフで肉を切り、そのままナイフで肉片を口に運ぶこともありました。
服飾
最後に、服飾についてです。これは現代です。
服飾については、漫画・アニメにおいて、キャラクターの識別子となる、超重要な要素です。モデルとする時代に沿っていることより、キャラクターデザインとして優れていることが(売れるために)はるかに重要です。したがって、時代に囚われないデザインになっています。
無理やりどこかの時代に当てはめるとしたら、近代かもしれません。なぜなら、作中に登場する貴族たちや、アウラの配下の魔族たちは、近代貴族風の恰好をしています。
服飾の時代を考える上で重要なのが、デザインよりも、服飾技術です。例えば、伸縮性のある素材や、ファスナーなどは、現代になってから開発されました。服の型を身体のラインに沿って切る技術については、近世~近代頃に確立したと思われます。例えば、ラオフェンやユーベルのような、身体のラインに沿った服というのは、中世期にはあり得ないわけです(露出が高いことも当時の宗教観的にあり得ないが)。
最も忘れがちなのは、前近代には「伸縮性のある素材がない」ということです。例えば、髪をしばるゴムや、タイツもありません。よって、フリーレンが史実の中世期に存在した場合は、髪をツインテ―ルにはできないし、黒タイツ(※)を履いた格好もできないわけです。
※たぶんタイツだと思うが、股引型のはきものである可能性もある。そうだとしたら、あれとは別に靴下を履いているだろう。
服飾について、「キャラクターのデザイン性を出しながら、世界観(時代観)も大事にしているなあ」と私が感動した点があります。それは、女性キャラクターであっても、靴が実用的な、ヒールなしの長靴である点です。また、基本的には肌をあまり露出しない点です。これはメインキャラクターの一人である、フェルンに顕著に表れています。そして、普通は「お色気お姉さん」ポジションになるメトーデも、ほとんど肌を見せない服をまとっています。
登場人物たちが、実用的な服装をしている点は、「登場人物が冒険者である」というリアリティを生じさせており、大変好印象です。逆に肌が大きく露出している場合には、すぐに致命傷を負いそうで心配になります(カンネちゃんは、おなかを冷やすとよくないから、もっと温かい服を着て……!)。
実際の中世期の服飾については、過去に4回に分けて記載しています。ぜひ参照ください。
漫画とアニメで描写が異なる点
アニメ版を見ていると、漫画の描写から、より中世っぽく変更している描写があります。その例を3つだけ紹介します。面白いので、皆さんも探してみてくださいね。
※原作の時代考証が不足していたというわけではなく、漫画で見せる際には動きがないため、読者にアイコニックに伝わるように、あえて分かりやすい表現をしているのだと思います。
王様に処刑されそうになるシーン
まず、ヒンメルとアイゼンがため口をきいて、王様に処刑されそうになるシーンです(漫画1話・アニメ1話)。漫画では、2人はギロチンにかけられそうになっていますが、アニメでは、剣を構えた兵士に首を斬られそうになっています。
史実でギロチンが発明・導入されたのは、フランス革命のときです(18世紀)。ギロチンを使うメリットは、刃の重量と落下に伴い生じるエネルギーによって、一発で失敗なく首を斬ることができる点です。そのため、「失敗のない人道的な死刑方法」と言われましたが、逆に簡単に斬首できるために、処刑が横行してしまいました。
アニメ版では、ギロチンではなく、より伝統的な処刑方法(剣で斬首)が採用されています。
オイサーストで一番おいしい店のメニュー表
次に、オイサーストにて、フリーレン一行(とデンケン一行)が、町で一番おいしいお店で食事をするシーンです(漫画46話・アニメ22話)。漫画では、メニュー表が冊子状になっていますが、アニメでは、メニュー表が板状になっています。
中世期に紙の代わりに使用されていたのは、羊皮紙でした(羊の皮をなめしたもの)。というのも、中世期にはまだ紙が主流ではなかったからです(※)。しかし羊皮紙は貴重で高価だったため、メニュー表ごときが羊皮紙なのは違和感があります。よって、アニメ版では板状のメニュー表が採用されています。
※紙は中国で発明されたモノで、イスラーム文化圏 → キリスト教文化圏の順で伝播した。ちなみに、イスラーム文化圏に紙が伝播したのは751年「タラス河畔の戦い」で唐人を捕虜にしたとき。年号は「なんとこいつは紙使い」で覚える。
リヒターがおばあちゃんから貰う飴
最後に、上と同じエピソードからもう一つです。魔法具店を営むリヒターが、ランプを直してあげると、昔馴染みのおばあちゃんが、対価の他に「これもあげる」と何か置いていきます。リヒターが自分の手のひらに視線を落とすと、そこには飴玉がありました。
漫画では、飴玉一つが左右ねじりの包装紙で包まれています(ぺ○ちゃんキャンディー状)。ところがアニメでは、手作り感のある不揃い飴(複数)がハンカチのような布にくるまれています。
昔の飴は、現代のように味が多様ではなく、単に砂糖を煮詰めてつくるものだったと思います(べっこう飴)。そのため、飴は「買う」ものではなく、自分で「作る」ものだったはずです。売り物のように包装紙でくるまれているより、適当な布でくるまれているほうが、リアリティーがあるため、アニメでは後者が採用されています。
作中における1000年前の世界
ここからは、オマケとして、フリーレンの修業時代の世界観について解説します。フリーレンがフランメの弟子だった時代は、古代ギリシア時代がモデルだと考えられます。
フリーレンがフランメの弟子だったのは、物語のメイン時間軸から1000年以上前です。そのため、宗教的建造物にも、その時代背景が反映されています。すなわち、魔力制御ついて会話するフリーレンとフランメ(漫画:22話、アニメ:10話)の背後には、古代ギリシア風の神殿があります。
フランメがまとっている白い服は、古代ローマ時代の「トガ」がモデルだと思われます。2人がサンダルを履いている点も、古代ギリシア・ローマらしいです。
私が個人的に、「この作品は時代考証をきちんとしている」と感動したのは、この時代の本が、冊子ではなく巻物である点です。じつは羊皮紙でつくられた冊子状の本は、中世期に普及したもので、それまでの本は、パピルスでつくられた巻物状でした。ゆえに、70万冊以上の蔵書があったとされる、古代世界で最大の図書館・エジプトのアレクサンドリア図書館の蔵書も、巻物だったのです。
おわりに
今回は、『葬送のフリーレン』の作中に登場するモノについて、実際の文化水準を検証しました。目的は、『フリーレン』の世界観を通じて、西洋の時代別の文化水準を学ぶことでした。計8つについて検証し、以下の結果になりました。
『フリーレン』に登場するもの | 文化水準(西洋) |
---|---|
聖堂 | 中世 |
町並み | 中世 |
宿屋 | 中世 |
窓ガラス | 近世~近代 |
暖炉 | 近世 |
本 | 近世 |
食事 | 現代 |
服飾 | 現代 |
西洋中世期の文化水準について、より詳しく学びたい方は、文章中にリンクを貼った、別の記事も参照してみてください。『葬送のフリーレン』は本当に本当に素晴らしい物語なので、これからもみんなで応援していきましょう!
本記事が面白かった場合には、拡散いただけると、大変励みになります……!『フリーレン』関連では、そのうち魅力解説もしてみたいです。ここまでお読みいただき、ありがとうございました。