海外一人旅ってどんな感じ?-クロアチア導入

はじめに

若いってすごい。エネルギーが有り余っているので、何でもできる気がしちゃう。実際、思いついたことを実行に移せば、たいていのことが実現できてしまうのだ。

そして若かりし私は、海外を一人旅することを思いついた。なんで? この心理には、「一度はフルマラソンを”完走”してみたい(一度も歩かずに)」と似た心理が働いている。つまり、海外を一人旅したことがなかった私は、「海外を一人旅するってどんな気持ちなんだろう?」と考え、その謎を解明するため、実際に挑戦してみることにしたのだ。

ちなみにその心理でフルマラソンも完走した。

旅に出ようと思ったきっかけ

社会人になって1年が経とうという春のことだ。在籍していたプロジェクトで、私が必要とされるフェーズが終ろうとしていた(といっても新卒社員がやることなど、たかが知れている)。プロジェクトの偉い人に、「3月の2週目には終わるから、このタイミングで長期休暇をとりたかったら教えてね」と言われた。ほう。私は爆速で海外へ行くことに決め、平日5日に土日も含めて、9日間の休みを取る計画を立てた。

私はとても晴れ晴れとした気持ちだった。在籍していたのは炎上プロジェクトだったため、残業も多く、終電を逃してタクシー帰りも多々あった。そのプロジェクトからやっと解放され、新しいプロジェクトに異動できる……!(新しいプロジェクトでも苦難が続くが、それはまた別の話である)

どこへ行こうか

とはいえ、はじめての一人海外旅なので、国えらびは慎重にしようと思った。女性の一人旅でも安心な国で、英語が通じて、交通の便がよく、なおかつ心惹かれる国であること。

ネットでいくつか調べて、東欧の国・クロアチアにしようと思った。地中海に面した国なので古代ローマ時代の遺産があり、湖の美しい国立自然公園があり、中世期からの歴史をもつ堅固な城壁都市がある。そして、国を縦断する高速バスが走っており、主要な観光地はすべてそのバスを利用して行くことができる。女性の一人旅のブログもいくつか見つけ、ここがぴったりだと思った。

クロアチアの位置。地中海に面した海洋国家。
クロアチアの位置。地中海に面した海洋国家。黄緑糸の国々はEUに加盟している国。

クロアチアの大まかな歴史

ユーゴスラヴィア時代

多くの人は「クロアチア」と聞いて「どこそれ?」となるだろう。西洋の国の1つだが、世界史のなかで目立つ(つまり権力を持っていた)フランスやドイツやイギリスに比べると、たいへん影のうすい国だ。

少し昔の世界地図を見ると、現クロアチアがあるバルカン半島は「ユーゴスラヴィア」という国名になっているはずだ。ユーゴスラヴィアは、第一次世界大戦(1914-1918年)後に、オーストリアから独立してできた国だ(正確に言うと、当初はセルブ=クロアート=クロウェーン王国と名乗っていたが、1929年に改名した)。

ユーゴスラヴィアは、名前から分かる通り、スラヴ人という民族を中心とした国だ。スラヴ人は古くから東ヨーロッパを中心に居住しており、インド・ヨーロッパ語族スラヴ語派に属する言語を話す人びとである。古代ローマ帝国を形成していたラテン人(※)や、民族大移動で南下し、現代につながる西洋の主要国家を設立したゲルマン人とは、また別の民族だ。

※ラテン人については、ラテン語とはを参照

Nikolay Rachkovによるスラヴの(ウクライナの)民族衣装を着た少女。19世紀半ばごろ。
Nikolay Rachkovによるスラヴの(ウクライナの)民族衣装を着た少女。19世紀半ばごろ。

近代という時代は、「国家」という概念が急速に広まった時代だ。各民族はグローバル化しつつある世界のなかで、自分たちの位置を見つけようと模索し、同じ文化的ルーツをもつ、民族ごとにまとまって国家を設立した(日本も同じで、鎖国体制が崩壊して世界の広さを知り、はじめて国家としての自覚をもつ)。世界史を学んだ人なら、「パン=○○主義」という用語を覚えているだろう(○○にはさまざまな民族名が入る)。ユーゴスラヴィアは、パン=スラヴ主義(スラヴ民族の統一と連合をめざす思想)の流れで設立された国家だ。

スラヴ民族はさらに、東スラヴ人、西スラヴ人、南スラヴ人という3つの分類に分けることができる。そのうち、クロアチアを構成する主な民族は南スラヴ人である。クロアチアは1991年にユーゴスラヴィアから独立し、2013年にEUに加盟した。1991年に独立……? 最近すぎて自分で書いていて驚いている。

ユーゴスラヴィア以前

ユーゴスラヴィアになる前のクロアチアはどうだったかというと、歴史上、さまざまな大国の属国になったり、領土の一部になったりしていた。10-12世紀には「クロアチア王国」という名の立派な王国があったが、その後ハンガリー王国の属国となり、15世紀にはオスマン帝国(※)に征服されている。18世紀には再び、オーストリア=ハンガリー帝国の一部になり、その後ユーゴスラヴィアになるという流れだ。

※オスマン帝国は、現トルコの前身となるイスラームの巨大帝国。1453年のコンスタンティノープルの陥落(オスマン帝国側から見るとイスタンブールの征服)は、西洋中世期の終わりを告げる歴史上の大事件である。

コンスタンティノープルは中世期の大国・ビザンツ帝国(キリスト教国)の首都だった。そこを征服されることは、ビザンツ帝国が崩壊したことを意味している。オスマン帝国の支配により、地中海の東沿岸を使えなくなった西洋のキリスト教国たちは、経済の中心を地中海沿岸から移すことを余儀なくされる。

この事件は、香辛料が豊富なアジア(インド)との貿易を、東周りの陸路で行うことが難しくなったことも意味する(異教徒のオスマン帝国がいるから)。そこで「それなら西回りの海路にすればよいのだ!」という発想に至り、西洋諸国は大航海時代に突入する。

西洋中世期に文化・経済の中心が地中海沿岸にあったことは、美術展レポ「北欧の神秘」展でも紹介している。

なお、コンスタンティノープル(現イスタンブール)は今なおトルコの領土の町である。ボスフォラス海峡に位置して、海上交通の要所かつ、軍事面の要所でもある。本当はトルコとしては、イスタンブールを首都にし続けたかったのだが、近代になって戦争に負けたりいろいろあって、アンカラに首都を移設せざるをえなくなった経緯がある。日本でいう京都のような位置づけであるため、トルコを観光するなら絶対に行くべき場所の一つ。

オスマン帝国の最大版図(1683年)。地中海沿岸のほとんどがオスマン帝国の領土である。
オスマン帝国の最大版図(1683年)。地中海沿岸のほとんどがオスマン帝国の領土である。

地中海貿易で栄えたラグーザ共和国

クロアチアは地理上、海を挟んでイタリアの隣である。そのため、紀元前よりイタリア系民族(ラテン人など)と関わりが深い。地中海貿易で栄えた都市国家の代表として、ヴェネツィア共和国(現イタリア)が挙げられるが、クロアチアにも立派な海洋都市国家があった。それはラグーザ共和国であり、現クロアチアのドゥブロヴニクに相当する。ドゥブロヴニクには、その時代からの堅固な城塞や修道院、噴水などのさまざまな建造物が現在でも残っている。

ラグーザ共和国を題材にした漫画に、『フローラの白い結婚』という漫画がある。宝塚歌劇にもなった『斜陽の国のルスダン』の作者であり、歴史物語作家として近年人気を集めている、並木陽先生が原作のLINE漫画だ。ドゥブロヴニクを観光している気分になれる上に、時代考証もしっかりしていて、物語としても面白いので、興味がある人はぜひ読んでほしい。リンクはこちら

ちなみに『斜陽の国のルスダン』は個人的にもっとおすすめだ(こちらは漫画ではなく小説)。13世紀の、チンギス・ハン率いるモンゴル軍に隣接していた、キリスト教国家・ジョージア王国の話で、主人公はジョージアの女王・ルスダンである。モンゴル・インパクトが西洋諸国にとっていかに恐ろしく衝撃だったかがよく分かる。

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旅程

いろいろ語ってしまったが、クロアチアについて少しは知っていただけただろうか。今回のクロアチア旅では、以下4つの都市と国立公園を順番に訪れることにした。

  1. ザグレブ:クロアチアの首都。旧市街がある。
  2. プリトゥヴィツェ湖群国立公園:大小16の湖、92の滝があり壮観な景色。
  3. スプリット:古代ローマ皇帝ディオクレティアヌスの隠居用宮殿があった。宮殿の上に家々が建てられている、不思議で魅力的な町。
  4. ドゥブロヴニク:旧ラグーザ共和国があった町。クロアチアで間違いなくいちばんの見どころ。

余裕をもった旅がしたかったため、各都市には2泊して、国立公園(付近の集落)には1泊することにした。ずいぶん前のことなのでよく覚えていないのだが、調査する時間がなかったのか、なぜか出発時には直近の宿しか予約しておらず、ザグレブに着いてから残りの宿を予約した(宿をすべて予約できたときには大いに安堵した)。ドイツ旅行のときと同じく、Booking.comで素泊まりのアパート部屋を予約した。

旅のルート。
旅のルート。

おわりに

私は旅行記を書くにも歴史を語らないと気が済まないようだ、ということが今回の記事を書いてよく分かった。クロアチアを旅行したのは3月だったため、毎年、この時期の気候になるとクロアチアのことを思い出す。

それでは、次の記事から旅のようすを滞在地別でお伝えする。

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