おすすめファンタジー好きが喜ぶ小説

Abraham Ortelius 《プレスター・ジョンの王国》1573年
目次

はじめに

前回の記事では、ファンタジー好き界隈で有名であると思われる本を7冊紹介しました。しかし「ファンタジー」ジャンルの枠として売られていなくても、ファンタジー好きを喜ばせてくれる要素――非日常の体験と冒険――がある小説は存在ます(そもそもファンタジー小説自体が少ないので、冒険を求めて頑張って見つけたと言うべきか)。

今回はファンタジージャンルとして市場で押し出されてはないが、ファンタジー好きな人にお勧めできる本を紹介します。

アレクサンドル・デュマ『三銃士』

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あらすじ

物語の舞台は17世紀はじめのフランスである。向こう見ずで勇敢な気質な者が多いことで知られる、ガスコーニュ生まれの青年ダルタニャンは、国王の近衛銃士になることを夢見て上京(都はパリ)する。そこで出会ったのは、<莫逆の三友>と呼ばれる3人の近衛銃士、アトス、ポルトス、アラミスだった。都の礼儀を知らないダルタニャンは、3人それぞれの怒りを買う行為をしてしまう。同じ日の1時にアトスと、2時にポルトスと、3時にアラミスと果し合いをする約束をする。しかし4人が揃ったところで、事件が起きる。共に闘うなかで、ダルタニャンは3人との友情をはぐくみ、宮廷を脅かす陰謀に立ち向かう。

ポイント

アレクサンドル・デュマ(1802-1870年)はフランスを代表する小説家である。著作として『三銃士』のほかに『モンテ・クリスト伯』も有名。

『三銃士』はこれまで様々な監督の解釈の元、何度か映画化されており、原作の小説ではなくそちらを観たという人も多いかもしれない。

個人的意見

19世紀の小説なので、時間が何より大切なものと生き急ぐ21世紀のわれわれには冗長に感じる場面もある。そこは時代の違いと思って我慢しよう。

この作品の一番の魅力は、4人の銃士の友情だ。それぞれ異なる嗜好、性格であるのに、不思議なほど仲が良い。4人の言葉のかけ合い、冗談を言ったり、励ましたり、という場面がとても良い。

もう一つの魅力は結末で完全なハッピーエンドではなく、悲劇の側面を持って終わる部分だ。詳細は喜劇と悲劇の側面をもつ小説で紹介している。『三銃士』の内容についてネタバレするので、未読の方はお気をつけを。

ウンベルト・エーコ『バウドリーノ』

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あらすじ

物語の舞台は12-13世紀の西洋大陸である。話は1204年、教皇インノケンティウス3世の提唱の元、十字軍がビザンツ帝国の首都コンスタンティノープル(現トルコのイスタンブール)を占領した二日後から始まる。ビザンツ皇帝の書記官長を務めてきたニケタスは、奇妙な男、バウドリーノに命を救われる。彼は今は亡き神聖ローマ帝国皇帝、フリードリヒの養子であるという。彼の身元を確認しているうちに、ニケタスはバウドリーノの奇想天外な生涯の話に引き込まれていく。

ポイント

ウンベルト・エーコ(1932-2016年)はイタリアを代表する小説家であり、記号学者でもある。研究者としての知見を活かした、隠喩と解釈に富む物語が特徴だ。

最も有名な彼の作品は『薔薇の名前』であり、映画化もされている。こちらは中世イタリアの修道院を舞台にしたミステリーで、「冒険」感は薄いが非日常を体感したいという方にお勧めである。「ミステリー」という枠にはめられないほどの知識量、ストーリー展開である。

個人的意見

ウンベルト・エーコは私が最も憧れる小説家の一人だ。2016年にお亡くなりになったため、もう彼の新しい作品が読めないと思うと悲しい(そもそもまだ彼の作品を全部は読んでいないのだが)。

ここで彼の作品が読みたい!と思うような文章を引用しよう。ドイツ文学者である池内紀の言葉で、『薔薇の名前<下>』の帯に掲載されていた文章だ。

小説という何であれ盛り込める重宝な容れ物を利用して明晰な頭脳が、知的冒険をやらかした。手に汗にぎる犯人捜しの一方で、なんと膨大な量の知識が動員されたことだろう。……まったくのところイタリアには、おそろしく芸達者な、あっぱれな文学教授がいるものではないか。

さて、『バウドリーノ』の話に戻ろう。この小説はまさに「冒険」という言葉がぴったりだ。聖杯を求めて司祭ヨハネの国へ旅立つ所がこの物語の山場だが、個人的にはそれ以前、バウドリーノがパリの学生(※)として過ごす部分が好みだ。

※明確な言及はないが、彼が通ったのはおそらくパリ大学。12世紀半ばに、ノートルダム大聖堂付属神学校から大学に昇格した。

学生らしくお茶目な描写があってほほえましい。例えば以下がお気に入りの描写だ。学生時代のバウドリーノは、皇帝フリードリヒの妃である若きベアトリスに恋をしていた。彼女が養子にあたるバウドリーノの勉学の様子を知りたがるので、彼は想いを伏せたまま、手紙で近況報告をする。

(パリに)着いてまもない頃、家主にふんだくられないように用心しながら、<詩人>(友人のあだ名)と同居する部屋をさがしたときの苦労も彼女に語った。高額で見つけた家はかなり広く、机一台に、長椅子が二台、本棚と、行李がひとつ備えつけられていた。背の高いベッドにはダチョウの羽布団が、脚車のついた低いベッドにはガチョウの羽布団が備わり、小さいベッドは昼間大きいほうに収納されていた。ベッドの割り当てをめぐって、ふたりの同居人はしばらく躊躇したあと、毎晩チェスの勝負で快適なベッドを賭けることに決めた。それを手紙に書かなかったのは、宮廷ではチェスがあまり好ましくないゲームとみなされていたからだった。

ウンベルト・エーコ『バウドリーノ(上)』岩波文庫、2017年、118-119頁。

毎晩チェスの勝敗で、どちらのベッドに寝るか決めるなど、学生らしくて楽しい。友情あり、恋愛ありの冒険小説だ。ぜひ読んでもらいたい。

カズオ・イシグロ『忘れられた巨人』

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あらすじ

物語の舞台は中世期、アーサー王亡き後のブリテン島(現イギリス)である。老夫婦のアクセルとベアトリスは、人口60人ほどの村に暮らしている。しかし、村の様子はどこかおかしい。村はいつも霧に満ちており、住人たちは、昨日のことや、ついさっき起きたことをすぐに忘れてしまう。アクセルとベアトリスには、自立して村を出ていった息子がいる。だが彼との思い出もうまく思い出せない。そこでふたりは、息子を探しに旅に出ることを決意する。

ポイント

カズオ・イシグロ(1954年-)は2017年度にノーベル文学章を受章した、イギリスを代表する作家である。名前から分かる通り日系イギリス人で、出身は長崎県だ。おそらく彼の最も有名な作品は『わたしを離さないで』であり、日本でドラマ化もされている。

イシグロは「記憶」をテーマにした小説を書くことで知られている。『忘れられた巨人』のテーマの1つも「記憶」であり、それは村人の記憶を忘れさせる霧の存在に現れている。

個人的意見

この作品の何よりの魅力は、前近代の人々が感じていた、「理由の分からない恐怖」が書かれている所だと思う。なぜ村人たちは出来事をすぐ忘れてしまうのか?なぜベアトリスは脇腹が痛いのか?そういった問いに答えてくれる科学は、この物語の舞台となる時代(中世期)には存在しない。例えばベアトリスは前近代的な考え方をして、自身の脇腹が痛い理由を「妖精のせい」だと言う。

もう一つの魅力は、霧がかった自然描写と、同じく霧がかった(つまり記憶を思い出せない)心理描写である。周りを見渡したとき、明瞭に物が見えない。同様に自分の内面を見つめたときも、明瞭に考えが浮かばない。その外的な描写と内的な描写が大変うまく折り重なっている。

本小説については、以前カズオ・イシグロ『忘れられた巨人』感想で紹介した。

デイヴィット・ベニオフ『卵をめぐる祖父の戦争』

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あらすじ

物語の舞台は第二次世界大戦中のロシア、レニングラード(現サンクトペテルブルク)である。ナチスによって包囲されたレニングラードで暮らす十七歳の青年レフは、ひょんなことから窃盗罪で投獄されてしまう。そこで出会ったのは脱走罪で投獄された、青年兵のコーリャだった。ふたりは軍の大佐に呼び出され、大佐の娘の結婚式に使う卵の調達を命令される。成功すれば釈放され、失敗すれば配給カードを取りあげられたまま――つまり死ぬ。飢餓状態のレニングラードにおいて、どこに卵が存在するというのか。レフはお調子者のコーリャと共に、卵を探しに旅に出る。

ポイント

デイヴィット・ベニオフ(1970年-)はアメリカの小説家であるが、小説家というよりは映画やドラマのプロデューサーとして有名だろう。ジョージ.R.R.マーティンの小説『七王国の玉座』シリーズを『ゲーム・オブ・スローンズ』としてドラマ化したのが、彼とD・B・ワイスである。ドラマ脚本の大部分を二人が書いている。

『ゲーム・オブ・スローンズ』はファンタジージャンルでありながら世界を熱狂させた珍しいドラマである。ファンタジージャンルの映像化がこれほど話題になったのは、映画『ハリー・ポッター』シリーズ以来だろう。七王国を束ねる一つの玉座を巡って、数えきれないほどの登場人物が陰謀や争いを繰り広げる物語だ。

個人的意見

なぜこれほど面白い小説が、注目されていないのだろう?たしかに、悪く言えばアメリカ的な所があるかもしれない(派手なアクション、読者の感情を上下に振り回す展開、構成の無駄のなさ等)。だが面白いものは面白い。それは否定できない。

この物語の一番の魅力は、レフとコーリャの友情だろう。ぱっとしないユダヤ系少年のレフ、女の子にモテてひょうきんなコーリャ。コーリャが軍隊から脱走した理由も、実にばかばかしいが彼らしい。戦争という重いテーマのなかで、コーリャの存在が光となって表れている。そして最後の悲劇的な側面が、物語をいっそうよく仕上げている。良くも悪くも、上に挙げた3つの本より読みやすい&大衆受けしやすいため、迷ったらこの本がお勧めだ。

おわりに

今回は、ファンタジージャンルとして市場で押し出されてはないが、ファンタジー好きな人にお勧めできる本を紹介しました。

前回の記事同様、小説のあらすじを書く作業は非常に楽しかったです。書きながら自分もまた、旅にでかけているような感覚でした。

「ファンタジー小説について語る」シリーズはいったん今回で終わりにします。お付き合いいただいた方、ありがとうございました。また語りたいことが出てくれば続きをやりますね。

以上、本の紹介でした。

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