星の王子さまミュージアムを訪れる【2023】

王子さまが薔薇をついたてで風から守っている
目次

はじめに

星の王子さまミュージアムの入口
星の王子さまミュージアムの入口

神奈川県の西端にある温泉地・箱根には、一風変わった美術館がたくさんある。なかでも風変わりなのは、1999年に開園した星の王子さまミュージアムだろう。公式サイトによると、同館は『星の王子さま』の作者であるサン=テグジュペリの生誕100周年を記念して創設された、世界ではじめての星の王子さまミュージアムだという。

そんなミュージアムが、2023年3月31日をもって、閉館することになった。理由は施設の老朽化とコロナ禍による訪問者の減少からだという。

私がはじめて星の王子さまミュージアムを訪れたのは、大学1年生のときだ。そのころ、毎週火曜日の5限に「人文学入門」なる必須科目があった(※)。その授業で哲学の教授が「年に1回は箱根にある星の王子さまミュージアムに行っている」と言っていたため、教授をそこまでさせるミュージアムに行ってみたいと思ったのだ。

※なお私が通っていた大学の必須科目は、1限か5限にありがちだった。なぜなら1限と5限の授業が任意選択科目だと、学生はまず選択しないからだ。1限の授業は、朝いちで起きるのが辛いし、5限の授業は、夕方のアルバイトのシフトに入れないからだ。

ちょうどその年の夏に、家族で箱根の温泉宿に泊ることになった。そこで、興味を示してくれた母親と一緒にミュージアムを訪れることにした。事前調べをしてみると、「小規模な美術館のくせに、入園料が高すぎる」となり迷ったのだが、行ってみた結果、「高かったけど行く価値あったね!」と2人で大満足した。

*

それから何年も経ち、私は『星の王子さま』以外のサン=テグジュペリの作品を何作か読んだ。そして、星の王子さまミュージアムが『星の王子さま』だけのミュージアムではなく、どちらかといえばサン=テグジュペリの生涯や作品をたどる、「サン=テグジュペリミュージアム」だったことを思い出した。今あらためて訪れたら、また違った発見や面白さがあるだろうと思い、再び星の王子さまミュージアムを訪れることにした。

友人と合流する

箱根湯本駅の脇を流れる川。箱根にきた感が高まる。
箱根湯本駅の脇を流れる川。箱根にきた感が高まる。

せっかく遠出するのだし、誰かと一緒に行けたら楽しいなと思った。最近、飛行機好きな友人にサン=テグジュペリの『夜間飛行』『人間の土地』と、マーク・ヴァンホーナッカーの『グッド・フライト、グッド・ナイト』の3冊セットを勧めたばかりだった。彼女なら興味を持ってくれそうだと思い、誘ってみると「いつか行きたいと思ってた」と返答があり、一緒に行くことになった。

ミュージアムへは、小田原駅か箱根湯本駅から出ている箱根登山バスで行ける。車でも行けるが、閉園が近づいていることもあり訪れる人が多く、駐車場が満車になっていたためおすすめしない。山道に酔いやすい人は、箱根湯本駅から強羅駅まで、登山鉄道で山を登ってから、バスに乗るのがよいだろう。

友人は小田原駅発のバスで、私は箱根湯本駅発のバスで行くことにしたため、ミュージアム前で待ち合わせることにした。久々の箱根にテンションが上がりつつ、バス停の前で待っていると、バス会社の人から、「どこかの美術館に行く予定はありますか?」と訊かれた(箱根にはたくさん美術館がある)。星の王子さまミュージアム、と答えると、「前売り券を買いますか?通常より200円引きになります」と言われる。当日に買うのだから前売り券ではない気がするが、お得なのに越したことはないのでその場で購入した。

前売り券
前売り券

実は山道を車で走ることには若干トラウマがある。子供の頃、父の実家に帰るついでに、家族みんなで山々を観光したのだが、車を運転している父以外、みんな乗り物酔いで吐いた。そのときの経験が辛すぎて、「そんな悪い子してると、山道を通っておばあちゃん家行くよ!」という脅し文句にさえ使われたほどだ(そのためいい子にしていたが、結局山道を越えて祖母の家に連れてかれた)。

今回は、強羅駅まで電車で行くことも考えたが、トラウマを克服するには成功体験の積み重ねが重要だっていうし、と思いバスで行くことにした。山道とはいえ、乗車時間でいえば20分ほどだ。最悪、気持ち悪くなっても吐かずに済むと思う。

ドキドキしながらバスに乗り込むと、ほどなくして山道特有の左右うねうねカーブの道に入った。インスタでモデルらしき人の投稿を見ている女の子を横目に、「この道のただ中、スマホを見るなんて正気なのか?」と思う。私の前に座っている人が、マフラーをほどき、シャツの上のほうのボタンを外しはじめた。「おっ、この人やばいのか?大丈夫か?」と思っていると、ほどなくして途中下車し、コンビニへ向かっていった。離脱者1名。

そういう私もけっこうやばい。さいわい、工程の半分ほどを過ぎると、道が落ちつき、まっすぐになってきた。先ほどのインスタ女子の様子をうかがうと、余裕そうに隣の彼氏と自撮りをしている。あいつは猛者だ。尊敬する。

*

ミュージアムに着いてみると、人が多くて驚いた。もうすぐ閉園することを聞きつけて、最後にもう一度くるファンが多いのだろう。さらに驚いたのは、庭園の隅に雪が残っていたことだ。関東で雪が降ったのは、一週間以上前だったと思うが、さすが山の上だけあって、寒いのだなと思った。10分くらいベンチに座って待っていると、次のバスで友達がやってきた。

庭園をまわる

王子さまが薔薇をついたてで風から守っている
王子さまが薔薇をついたてで風から守っている

星の王子さまミュージアムの見どころは大きく2つある。1つは建物の外観も含めた庭園であり、もう1つは建物内にあるサン=テグジュペリの博物館だ。庭園には星の王子さまゆかりのオブジェや、フランスの町並みを模した建物がある。季節によっては花々が美しいが、今回は冬なのでパンジーくらいしか植えられていなかった。

鈴がぶらさがった樹
鈴がぶらさがった樹
星のデザインがかわいらしい門。背後の建物は、サン=テグジュペリが育ったモーリス城を模している。
星のデザインがかわいらしい門。背後の建物は、サン=テグジュペリが育ったモーリス城を模している。
庭園の奥にあるチャペル。
庭園の奥にあるチャペル。

チャペルに到る道の右側には、点灯夫のオブジェがある。ちなみにチャペルといいつつ、説教台に置かれた聖書はニセモノ(本ではなくプラスチックか何かでできたオブジェ)だった。あふれでるディ○ニー感。けしからん。

チャペル内部。ステンドグラスの意匠は星と薔薇
チャペル内部。ステンドグラスの意匠は星と薔薇
ウワバミに呑み込まれたゾウの風見鶏。ちょっと何言ってるか分からなくなる。
ウワバミに呑み込まれたゾウの風見鶏。ちょっと何言ってるか分からなくなる。
フランスにいるような気分になれる町並み
フランスにいるような気分になれる町並み
ショーウィンドウの一つ。作中に出てくるキツネのぬいぐるみと飛行機。
ショーウィンドウの一つ。作中に出てくるキツネのぬいぐるみと飛行機。
王子さまとヒツジ
王子さまとヒツジ

作中に登場する、王子さまと友達になるキツネは、サハラ砂漠に生息する「フェネック」という耳の長いキツネがモデルになっている。サン=テグジュペリはサハラ砂漠の駐在員として働いてた頃、フェネックを飼っていた。ミュージアムには、彼が描いた、男から逃げるフェネックたちのスケッチが飾られている。その横には「あいつらときたらすぐに逃げて、決して飼いならされはしないんだ」というコメントが記載されている。

キツネ
キツネ
蛇と王子さま
蛇と王子さま

おまけ:昔訪れたころの庭園

以前ミュージアムを訪れたときの写真も出てきたため、以下に掲載する。真夏だったため、樹々が青々としている。

以前訪れたときは、じょうろから水が出ていた。今回は冬だったため池が凍っていた。
以前訪れたときは、じょうろから水が出ていた。今回は冬だったため池が凍っていた。
王さま通り
王さま通り
作中に登場する井戸。砂漠が美しいのは、どこかに井戸を隠しているからだよ。
作中に登場する井戸。砂漠が美しいのは、どこかに井戸を隠しているからだよ。
サン=テグジュペリが育ったモーリス城を模した建物
サン=テグジュペリが育ったモーリス城を模した建物

建物の中をまわる

サン=テグジュペリ、1933年
サン=テグジュペリ、1933年

いよいよ目玉の、サン=テグジュペリの生涯を辿るコーナーにやってきた。建物の中は、一部を除いて撮影禁止だ。サン=テグジュペリの写真が多数飾られているため、著作権の問題があるのだろう。

サン=テグジュペリの生い立ちを読んで驚いたのは、彼が史料で13世紀から記録が残る、由緒正しき伯爵一族の出身ということだ。幼い頃に父が他界したあと、母方の叔母さんが所有するモーリス城(お城!)に移り住み、三人の兄弟(姉・弟・妹)とともに成長した。少年時代、金髪だったサン=テグジュペリは「太陽の王さま」と呼ばれ、子供たちの中心となり幸福な日々を過ごしたという。モーリス城での豊かな生活は、アントワーヌ少年の空想力の発展に貢献したようだ。

しかし、そこからの人生は波乱万丈だ。幼い弟の死に直面したり、飛行機事故で大怪我したり、婚約者に婚約破棄されたり、所属する郵便会社の経営が怪しくなりエールフランスに統合されるものの前のボスに肩入れしてたため飛行機に乗せてもらえなくなったり、南アフリカ出身の美女コンスエロと結婚したものの3年後には互いに愛人がいたり….…。

妻のコンスエロ。わがままだけれど愛おしいところが、『星の王子さま』の薔薇のモデルになったといわれる。
妻のコンスエロ。わがままだけれど愛おしいところが、『星の王子さま』の薔薇のモデルになったといわれる。

極めつけは、夫婦の浪費癖により経済的に厳しくなり、賞金目当てでパリ-サイゴン間の飛行記録更新に挑戦した際、サハラ砂漠(リビア砂漠)に不時着してしまうことだ。それによって買ったばかりの自家用飛行機が大破するが、怪我の功名というべきか、その経験をもとに『人間の土地』や『星の王子さま』といった名作が生また。なお、サン=テグジュペリ自慢の自家用飛行機は真っ赤で、『紅の豚』に出てくる飛行機のモデルになったものと想定される。

サン=テグジュペリは生死を彷徨ったその事故にこりずに、再び記録飛行に挑戦している。向こう見ずな冒険家で、ギャンブラーだったことがうかがえるエピソードだ。とても伯爵家の子息とは思えない。

サン=テグジュペリはある日、「自分の心のなかにいつも小さな男の子がいる」と友人に語り、少年をスケッチしてみせた。その際友人から、「クリスマスに子供たちに届けるお話として、その少年のお話を書いておくれよ」と頼まれ生まれたのが、『星の王子さま』だ。心のなかにいる男の子は、彼自身の投影ともいえるし、幼くして亡くなった弟の投影ともいえるだろう。サン=テグジュペリは、『星の王子さま』が出版される前に、第一次世界大戦に従軍し、ドイツ兵に撃ち落されて44歳で亡くなった。

サン=テグジュペリを撃ち落としたドイツ兵は、殺した相手がサン=テグジュペリだと分かったあと、二度と飛行機に乗らなくなったそうだ。なぜならそのドイツ兵は、かつてサン=テグジュペリの作品を読んだことをきっかけに、飛行士になる道に進んだからだ。

一緒に行った友達はサン=テグジュペリの生涯をこうまとめた。「収入を得るために記録飛行の挑戦とか色々しているけど、結局いちばん収入になったのは執筆だったんだね」

登山鉄道に乗ってゴトゴト

建物を出たとき、とてもお腹がすいていた。ミュージアムの中にあるレストランは、先ほど長蛇の列ができており、再び見に行くと、すでにランチの受付は終わったと記載があった。レストランの料理は星の王子さまオリジナルのフォトジェニックな料理だったため、最後にもう一度食べたいと思うファンが殺到したのだろう。

近くに食事処はないかと、歩いてみると、とろろ蕎麦の旗が立っていた。そこも混雑していたが、運よく一席空いていたため、入ることができた。店内に「蕎麦、エベレスト盛りに挑戦する者の心得」という張り紙があり、気になって仕方がなかった。どうやら13分以内にエベレスト盛りを食べ終わると、前払いした1800円が返金されるらしい。

とろろ山菜御前
とろろ山菜御前

座敷で温かいほうじ茶を飲みながら休憩したあと、バス停へ向かった。箱根湯本駅の近くに足湯があるらしいので、そこへ行ってみようということになった。すぐに来たバスは強羅駅行だったが、強羅駅から登山鉄道でも箱根湯本駅まで行けるので、それに乗る。

私は家族で箱根の温泉宿に泊まるとき、たいてい箱根湯本から強羅まで移動したものだった。そのため、強羅駅になじみがあったが、友達は初めて訪れるという。ということは、登山鉄道にも乗ったことないのか?と思って訊くと、乗ったことがないという。それは乗るべきだ。

強羅駅には「強羅まんじゅう」という名の温泉まんじゅうが売られている。また記憶では、まんじゅうを蒸す煙にあたって温まっている店の猫がいたと思うのだが、その日はいなかった。強羅駅に初めて来るという友達に、ぜひそのまんじゅうを食べてもらいたかったので、2個で150円のまんじゅうを買う。蒸し器の蓋を取って渡されたまんじゅうは、長く蒸されすぎたのか、袋に皮がはりついていたが、とてもおいしかった。

私たちがまんじゅうを買った後、カップルがまんじゅうを買いに来た。するとなぜか、1個だけ買って、75円を払っているではないか。2個セットではないのか?

しばらくしてその謎が解けた。カップルが立ち去った後、店の人が蒸し器の前に「本日の販売は終了しました」と看板を立てている。つまり、カップルが買ったまんじゅうは最後の1個で、最後の1個だからこそ、例外的に1個売りしたのだ。

ぎりぎり間に合ってラッキーだった。と同時に、1個しか買えなかったカップルは気の毒だ、と友達に言ったところ、「でもカップルだから、1個を2人で分けたほうが楽しいんじゃない?」との意見を述べられ、しごくまっとうだった。ぜんぜん気の毒ではなかった。

*

久しぶりに乗った登山鉄道は、現代的になっていた。具体的には、駅名を表示する液晶ディスプレイが搭載された電車になっていた。登山鉄道は、心地よい揺れで、何度かスイッチバックしながら、ゆっくりと山中を進んでゆく。車内放送で「左手に見えるのは彫刻の森美術館で……」など観光案内もしてくれ、アトラクションに乗っているような気分になる。

乗客の半分ほどは外国人だった。アジア系だけでなく欧米系の人も多く、だいぶ観光客が増えたな、と改めて思った。車内放送は、英語で繰り返すものと、繰り返さないものがあり、どういう基準で切り分けているのか気になった。一駅一駅の間隔が短いため、全部繰り返すと放送が間に合わないのだと思う。私たちはボックス席に座っていたのだが、目の前に座っていた欧米人カップルが、英語のアナウンスを聞いて、楽しそうな反応をしていたので、なんだかよかった。

足湯を探せ

箱根湯本駅についた。Google Mapによると、正眼寺というお寺に足湯があるらしい。橋を渡っていると、「あの蕎麦屋、卒業旅行で行ったよね?」と友達が言う。そうだ、たしかにあの蕎麦屋は、友人4人で箱根湯本の温泉宿に泊った際に行った店だ。

友達がその日の夜の出来事を語る。

「そこのセブンイレブンで瓶ビールを買ったとき、『栓抜きがないと飲めなくない?』って言っていたら、栓抜きも一緒に売られてて、買ったんだよ」

「なんでそんなこと覚えてるの?」

「うちにまだあの栓抜きあるから」

河津桜
河津桜

そんな思い出話に花を咲かせていると、河津桜が咲いているのを発見した。さらに進むと、Google Mapに「東海道」と書かれた道に出た。その脇に、目的地の正眼寺があった。東海道沿いにあるということは、歴史ある、とても由緒正しいお寺ということだ。説明書きを読むと、鎌倉時代の地蔵信仰から生まれたお寺らしい。

お寺には誰も人がいなかった。足湯の場所が分からず、しばらくうろうろしていると、茂みの陰にひっそりと、「足湯 footbath」と書かれた看板があった。2-3人並んで腰かけられる大きさの、こじんまりした足湯である。お湯が冷めないように、丁寧に蓋までしてあった。

だが、我々はその日スカートでタイツを履いていたため、さすがに更衣室的なものがないとお湯に浸かるのはきつかった。なので足湯に入るのは諦めた。とても情緒あるお寺だったから、足湯に浸かりながらぼーっとしたら最高だと思う。今度はジャージとか履いてこよう。

食べ歩きとビール

サマセット・モームが書いた『お菓子とビール』というタイトルの小説がある。「お菓子」と「ビール」が象徴するのは「人生のなかの楽しみ」なのだが、この章のタイトルは「食べ歩きとビール」だ。

我々は食べ物のことしか頭になかった。目貫通りの両脇には、様々なおいしそうなものが売られていた。せっかく箱根まで来たんだから、温泉宿でも予約すればよかったと思ったが、夜は長いので楽しもう。

その場で焼かれてよい匂いを漂わせていたハンバーグ
その場で焼かれてよい匂いを漂わせていたハンバーグ
醤油の焼き団子
醤油の焼き団子

お土産も忘れてはならない。箱根に来たら(小田原が本店だが)、鈴廣のかまぼこだ。お酒のつまみにするため、あげかまぼこを買った。オーブントースターで焼いて食べたら絶対においしいだろう。

しょっぱいものを食べていると、ビールが飲みたくなってきた。だが温泉街に居酒屋はないため、小田原駅まで移動することにした。枝豆ときゅうりの叩きをつまみに、ビールを飲んだ。おいしかった。

我々はやはり、せっかく箱根に行ったのに温泉に入れなかったことが悔やまれ、次に行くときは泊まりで温泉に入ろう、ということになる。そこで箱根に泊まるときにやりたいことリストを作成する。今回食べれなかったものを食べたり、足湯に入ったり、登山鉄道を往復したりしたい(友達はよほど登山鉄道を気にいったようだ)。

おわりに

なんだかすっかり箱根旅行記になってしまったが、当初の目的は星の王子さまミュージアムだ。そしてサン=テグジュペリの人生を辿る旅だ。サン=テグジュペリの作品を『星の王子さま』しか知らない人は、ぜひ以下の過去記事を読んでほしい。彼は出版したほぼすべての著作でなんらかの賞を受賞しており、どの作品を読んでもおすすめだ。

ちなみに英語訳版の『人間の土地(原題:Terre des hommes)』は”Wind, Sand and Stars”というタイトルで、サン=テグジュペリの本質をよく理解している。平たく言うと、彼の文体は風と砂と星なのだ。とても美しいことを私が保証する。

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以上、星の王子さまミュージアムの旅行記だった。

ミュージアムショップで買った栞とハンカチ
ミュージアムショップで買った栞とハンカチ

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