はじめに
文明の象徴としての火で、火は人が人らしく暮らすために欠かせないものであると紹介しました。火の光源としての機能によって、人は夜に活動できるようになりました。またその熱源としての機能によって、人はより快適に暮らすための技術を発展させてきました。
今回は産業革命前、具体的には西洋中世期から近世期の人々にとっての、光源としての火の利用について紹介します。
純粋な照明としての火
火を初めて使用したのは、我々の祖先であるホモ・サピエンスとは異なる、約180万年前に現れた原人でした。その時から100年ほど前までの長い間、人類にとって闇夜を照らす心強い友といえば火でした。
西洋人に関していえば、約1000年前から20世紀まで、つまり電気が火に置き換わるまで、以下3つを照明道具として使用していました [1]。
- 蝋燭(ろうそく)
- ランプ
- 松明(たいまつ)
火が持続的に燃え続けるためには、何かしらの油が必要です。上記3つの照明道具にはすべて油が含まれています。以下、順番に説明します。
蝋燭(ろうそく)
蝋燭とは、蝋から溶け出す油を使い、持続的に灯芯を燃やす道具です。蝋燭は大きく蜜蝋燭と獣脂蝋燭の2種類に分けられます。
蜜蝋燭の基となる成分は、働きバチが分泌する蜜蝋(みつろう)です。働きバチはこの蜜蝋によって巣をつくるため、蜂の巣の一部を切り取り、精製すれば蜜蝋燭ができます。蜜蝋燭は香りがよく、澄んだ光をもたらします。その特徴とともに、高価でもあるため、中世末期には貴族の間で愛用されました。
獣脂蝋燭の基となる成分は動物の油です。羊肉から抽出した油が望ましく、ときには牛脂も使用されました [2]。動物の油は日常的に手に入るものであるため、獣脂蝋燭は一般家庭の者でも手に入りました。もしくは自分でつくることができました。ただし蜜蝋燭のような香りはせず、嫌な臭いがする上、燃えるにつれて暗くなりました。
ランプ
ランプとは、皿状の容器に満たした油を使い、持続的に灯芯を燃やす道具です。地域によって灯油の原料は異なり、その地域で採れやすい油が使われました。例えば種や木の実から採れる油、海洋生物から採れる油などが使われました。
松明(たいまつ)
松明とは、樹脂の多い木切れを束ねて燃やす道具です。特に松の木は樹脂を多く含んでおり、松脂(まつやに)は古くから照明用の油として頻繁に使用されました。漢字で「松明」と書くことは、日本でもその照明道具に松がよく使われたことを意味しています。
中世期の城には、壁に松明を差し込む輪がついていました。もちろん、城主が好むのは壁画や敷物を煤だらけにする松明ではありません [3]。しかしあらゆる貴族が日常的に蝋燭を使えるほど裕福だったわけではなく、来客があった場合、特別な行事がある場合などの、限られた場面以外では松明の明かりに頼らざるを得ない貴族も一定数いました。
照明を兼ねた火
前章では照明として使用された火について紹介しましたが、たいした理由もなく夜に明かりをともすのは良いこととは見なされませんでした。理由として、一つには照明道具が贅沢であったこと、一つには火事の恐れが常につきまとったことが挙げられます。
照明道具に多くの材料や費用を割く余裕がない一般家庭では、囲炉裏を照明代わりにしていました。それは家族全員の共用空間である土間の中央にあり、冒頭で紹介した火の2つの機能を兼ね備えていました。すなわち、熱源としての機能と、光源としての機能です。
囲炉裏の火は料理に使える上に、冬の長い夜(西洋は日本より緯度が高いため、冬の夜が長い)に暖かさをもたらし、さらには簡単な作業をできる程度の光ももたらしました。もちろん一番の節約は、暗くなったあとには何もせず、大人しく眠ることです。しかし理由があって囲炉裏を使用している場合には、新たに火をつけることはせず、この明かりで用を済ませることが一般的だったと考えられます。
ちなみに、一般家庭の暖炉と煙突が発展しはじめたのは14世紀前半のことです [4]。イギリスの一般家庭においては、煙突つきの暖炉が、石や固めた土で囲まれた解放式の暖炉(つまり囲炉裏)を凌駕したのは、1600年代になってからでした [5]。
おわりに
今回は西洋中世期から近世期の人々にとっての、光源としての火の利用について紹介しました。
まず、純粋な照明としての火について紹介しました。西洋の中世期から近世期までは、照明道具として蝋燭、ランプ、松明の3種類が使用されていました。
次に、照明を兼ねた火について紹介しました。照明道具は誰でも簡単に利用できたわけではなく、節約することが常とされていました。特に一般家庭では、夜の明かりを囲炉裏のみに頼ることがありました。
以上、西洋における光源としての火の利用でした。
参考文献
[1] ロジャー・イーカーチ『失われた夜の歴史』樋口幸子、片柳佐智子、三宅真砂子訳、インターシフト、2015年、162頁。
[2] 同上、164頁。
[3] ハインリヒ・ プレティヒャ『中世への旅 騎士と城』平尾浩三訳、白水社、2010年、58頁。
[4] 池上俊一『魔女と聖女 中近世ヨーロッパの光と影』筑摩書房、2015年、210頁。
[5] ロジャー・イーカーチ『失われた夜の歴史』樋口幸子、片柳佐智子、三宅真砂子訳、インターシフト、2015年、159頁。