焚火

歴史

文明の象徴としての火

はじめに

西洋における森の歴史で、人の住む村は文明・人工の世界、対して森は原始・自然の世界だと紹介しました。文明と自然の対立は、火と森という象徴の対立に置き換えられます。火とは不思議なもので、「自然」から生じる現象であるにもかかわらず、人をほかの動物と区別するのに不可欠な「文明」的な現象でもあります。

今回は、文明の象徴としての火についてお話します。

人間は火を使う唯一の動物

人間はいつから他の動物を出し抜き、地球の支配者として地位を確立したのでしょうか。その要素の一つに、火を使うことが挙げられます。

初めて火を使用した人の仲間は、約180万年前に現れた原人という化石人類です。私たちの祖先である原生人類(ホモ・サピエンス)が現れたのが約4万年前なので、その遥か昔から私たちの仲間が火を使用していたということになります。

火は人が人らしく暮らすために、欠かせないものです。人は火が発する光によって、夜に活動できるようになりました。また火が発する熱によって、技術の幅を広げました。例えば調理したり、鋳造したりといった技術です。

特に鉄の形を変える技術は、人間が文明的な生活を送る上で重要な技術です。鉄は木よりも頑丈なため、それを使用することでより高度なものを生成することができます。人類はたった2000年の間に、農耕具、剣や槍などの武器、車輪やレールなど、様々なものを鉄から作るようになりました。

火の使用は人間と他の動物を分ける大きな特徴の1つです。このことから火が人間の技術の象徴、文明の象徴であることが分かります。

火の起原の神話

火を盗んだプロメテウス。罰として鷲に肝臓(または心臓)を食べられている。Nicolas-Sébastien Adam, 1762年。
火を盗んだプロメテウス。罰として鷲に肝臓(または心臓)を食べられている。Nicolas-Sébastien Adam, 1762年。

古くから人々が火の恵みを理解していたことは、世界各地に火の起原に関する神話が残っていることから分かります。

神話において、人は火を稲妻から、太陽や月や星から、あるいはなんらかの動物から得たと説明されています。これは他の物質と比べると特異なことです。例えば古代ギリシアの自然哲学者、エンペドクレスは四元素を火・風・水・土と定義しましたが、火以外の3つの元素は、英雄が取得しに出かけなくても、すでに神話界に存在しています。

このことから火は他の物質とは異なる、とりわけ人間に益をもたらす物質と見なされていたことが分かります。

人が火を手に入れたプロセスについて、最も有名な神話はおそらくギリシア神話でしょう。

古代ギリシアで一般的に知られている話は、偉大な天つ神ゼウスは人々から火を隠した。それで、知恵に長けた英雄、プロメテウス――ティタン親族の一人イアペトゥスの息子――が天つ神から火を盗み、地上にもって来てウイキョウの幹に隠したというのである。この盗みの罰として、ゼウスはプロメテウスをカウカサスの山頂に釘づけにし(あるいは鎖でしばり)ワシをつかわして毎日彼の肝臓(または心臓)を食い荒らさせた。夜になると、日中に失われた諸器官はすべて回復するのである。プロメテウスの拷問は三十年(あるいは三千年)続き、ようやく、ヘーラクレースによって解き放たれた。

J.G.フレイザー著、青江舜二郎訳『火の起原の神話』ちくま学芸文庫、2009年、301頁。

プロメテウスは一般的に、人々に恵みをもたらす象徴として引き合いに出されます。このように、世界各地に残る神話は、火が人々の生活に欠かせないものであることを伝えています。

発展し過ぎた技術

古くから人に恵みをもたらしてきた火ですが、現代では発展し過ぎた技術、行き過ぎた文明の象徴と見なされることもあります。

火の意味するところは、あまりにも大きくひろい。それは人間の文明にとって不可欠なものとして、建設的な意味をもつ反面、すべてのものを焼きつくす破壊性をもっている。

河合隼雄『昔話の深層 ユング心理学とグリム童話』講談社、2019年、62頁。

人類の歴史は、文明による自然征服の歴史とも言い換えられます。その例として、西洋における森の歴史に関連して、火(文明)が森(自然)を象徴的に征服した事例を紹介します。すなわち、中世期の開墾には火と、火によって作られた鉄が使用されました。

ところで、森は斧によって開墾され、鋸の使用はずっと後になってはじめて表れます。さらに、中世の最盛期には、とくに火が使われました。この時代に由来する地名の多くは、火入れによる焼畑があったことを示唆しています。

(中略))

焼畑のプロセスは、次のようなものだったと思われます。まず樹木が伐り倒され、材木や薪に使われた残りがその場に置かれて燃やされ、こうしてできた木灰の山々が土の上に置かれました。そして、その間の空き地が鋤や鍬で耕され、その際に木灰が土と一緒に混ぜられたのです。

カール・ハーゼル著、山縣光晶訳『森が語るドイツの歴史』築地書館、1996年、51頁。

中世の最盛期になると、斧で森が切り開かれることに加えて、焼畑が行われるようになりました。火が森を焼き払う過程は、文明が自然を征服する過程を象徴的に示しているように思えます。この文脈で「プロメテウスの火」と言うとき、その言葉は人間の発展し過ぎた技術を象徴しているのです。

余談ですが、英語には次のような諺があります。”Fire is a good servant but a bad master” ーー火は召使にするには良いが、主人としては悪い。この諺には、人間がコントロールできる範囲で火を扱うことの重要性が示唆されています。

おわりに

今回は、文明の象徴としての火について紹介しました。火は人間にとって技術の象徴であり、古くから生活を豊かにする恵みでした。その証拠として、世界各地に、人間が火を手に入れる神話が伝わっています。一方で現代では、火は発展し過ぎた技術の象徴として見なされることがあります。その例として西洋中世期の森が火によって開墾されたことを紹介しました。

火とは、自然の産物であるのに、同時に人間の象徴である、なんとも不思議なものなのです。

以上、文明の象徴としての火でした。

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ジャン=バティスト・カミーユ・コロー《冥界からエウリディケを連れ出すオルフェウス》1861年、ヒューストン美術館西洋における森の歴史前のページ

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