海外文学をはじめて読む方向けに、自分にぴったりの本を見つけられる、診断チャートをつくりました。累計100冊以上の海外文学を読んできた筆者が、厳選6冊のなかから、あなたに合う1冊をおすすめします。どの本も、文庫本一冊の分量におさまりつつも、文学の神髄を味わえる本となっています。
最初にどの本を読めばよいか分からない、という方はぜひお読みください。また、すでに海外文学を日常的に読んでいる方も、知人にすすめるときの参考にどうぞ。どの本を読んでも、海外文学沼にはまること間違いなしです。
海外文学とは
本記事でいう海外文学とは、日本以外の国で出版された、純文学のことです。どのような本が純文学に該当するかは、人によって意見が異なるため、一言で定義づけることは難しいです。しかし一般的に、純文学には以下の特徴があります。
- 1つの物語で複数のテーマを取り扱っている
- 人間の普遍的な感情などの深遠なテーマを扱う
- 複数の解釈をすることができる(文学研究者の仕事の1つが、新しい解釈を世に出すことである)
- 読み手に何か(多くの場合、人間の心理)を深く考えさせ、学ばせる。
- 読み手が物語を読み返すたびに、新たな感情や発見をもたらす
今回えらんだ6冊の本は、各出版社の海外文学レーベルに含まれている本です。今後あなたが、海外文学に興味をもって、他の本も読んでみたいと思ったときには、海外文学レーベルのなかから選ぶと簡単でしょう。なぜなら、それらは一般的に「海外文学」とみなされている本だからです。
例えば、岩波文庫(赤)は、代表的な海外文学のレーベルです。
おすすめ海外文学診断
それではさっそく、以下の診断チャートを行いましょう。質問に「はい」「いいえ」で答えてゆき、最終的に辿りついたアルファベットを覚えておいてください。
アルファベットを覚えたあと、下にスクロールしていき、診断結果をご確認ください。
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Aのあなたにおすすめな海外文学は……
Aのあなたにおすすめな海外文学は、ヘルマン・ヘッセの『春の嵐』です。主人公の青春時代を「春」と形容し、青春とは何なのか? 青春が終わったとき、私たちはどうすればいいのか? といった問いの答えを探る物語です。
いま現在、青春を謳歌している読者は、やがて自分が直面するだろう感情を知ることができます。一方で、すでに青春が過ぎ去った読者は、著者であるヘッセの人生観と自分の人生観を比べることができます。
著者のヘルマン・ヘッセは、ドイツとスイスの国籍をもつ小説家です。博愛(ひろく平等に愛すること)をテーマとした物語を書くことを好み、1946年にノーベル文学賞を受賞しました。
日本で最も知られたヘッセの作品は『車輪の下』ですが、最初に読むのはおすすめしません。『車輪の下』は、歴史的観点で見たときに、よい意味での衝撃作かもしれませんが、文学的観点で傑作というわけではないと思います。
加えて、『車輪の下』を最初に読むと、ヘッセの影の面ばかりを享受することになるので、軽くトラウマになり、その後ヘッセの作品を避けてしまうと思います(私がそうでした)。世間の人に誤解されがちですが、ヘッセは『郷愁』『春の嵐』などに見られるような、優しい心もちの、温かい文章もたくさん書きます。
ヘッセの傑作はおそらく、ノーベル文学賞の受賞のきっかけにもなった、『ガラス玉遊戯』でしょう。しかし絶版で手に入りにくいため、私はまだ読んだことがありません。それをのぞいて、個人的に傑作だと思うのは『知と愛(ナルチスとゴルトムント)』です。
『知と愛』は、定住と放浪、聖職者と世俗者、知と愛の深い洞察がされた、友愛の物語です。今まで読んだ海外文学のなかで、10本の指に入るほどのお気に入りです。ただし、海外文学を読みなれていない人にとっては、複数のテーマが平行して走るため、読むのが難しいと思われます。また文庫一冊におさまるとはいえ、かなり分厚いので、心理的ハードルも高いでしょう。海外文学に慣れてきたら、ぜひ読んでみてください。
Bのあなたにおすすめな海外文学は……
Bのあなたにおすすめの海外文学は、カズオ・イシグロ『日の名残り』です。文学用語で「信頼できない語り手」の技術をたくみに活用した、純文学の醍醐味を味わえる作品です。
イギリスの田園地帯を旅しながら、これまでの人生を振り返る老執事の本心に、あなたはいつ気づけるでしょうか。小説が最も得意とする芸術表現は、人間の心理描写です。老執事があれこれと考えて読者に語る心のうちを、田園風景とともに存分に味わってください。
著者のカズオ・イシグロは日本の長崎生まれ、イギリス国籍をもつ小説家です。「記憶」をテーマにした物語を書くことを好み、2017年にノーベル文学賞を受賞しました。彼が現代作家の中で最も興味のある作家は、村上春樹であると語っています。
カズオ・イシグロは文学界でかねてより注目されていた小説家でした。ところが、ノーベル文学賞を受賞してから、日本でも一躍有名になり、国内ファンを増やし続けています。重厚な物語を好んで書くため、新作の出版ペースは数年に一度で、2021年に、6年ぶりの新作『クララとお日さま』を出版したことで話題になりました。
以前、カズオ・イシグロの『忘れられた巨人』を課題本に、読書会を開いたことがあります。その際、「最近のノーベル文学賞作家のわりには、平凡な作風(尖っていない)」ということで話題になりました。言い換えると、どんな文化的背景をもつ人にも、普遍的に通じる物語を書いているということです。
王道な物語を書く点で、カズオ・イシグロは、初心者さんにも自信をもってすすめられる小説家です。
Cのあなたにおすすめな海外文学は……
Cのあなたにおすすめの海外文学は、ジョン・スタインベック『ハツカネズミと人間』です。アメリカにおける季節労働者が主人公の物語で、理不尽な社会状況が赤裸々に書かれています。
世界恐慌時という物語設定ですが、あなたは作中に登場する人物たちを、自分に置き換えたり、身近な人や知人に置き換えたりして読み、これが現代社会にも通じる物語であることに気づくでしょう。「いつの時代にも通じる」という点は、まさに純文学の特徴です。
著者のジョン・スタインベックは、アメリカ国籍をもつ小説家です。『怒りの葡萄』を代表作とした、社会の貧困層に目を向けた物語を書くことで知られます。1962年にノーベル文学賞を受賞しました。
私は本を読み終わったあとに、よく著者の名前や題名でTwitter内を検索しています。読書仲間のフォロイーさんたちが、著者や本に対してどのような感想を持ったのか、知りたいからです。スタインベックを検索してみると、『ハツカネズミと人間』や『怒りの葡萄』は絶賛の嵐でした(投稿が多すぎて全部は見きれませんでした)。
『ハツカネズミと人間』は、今回選んだ6冊のなかで、最も読みやすい物語だと思います。分量的にも、中編に位置するため、数時間あれば読み終えることができます。どれほど素晴らしい物語であるか、読みはじめれば、あなたもきっと分かるでしょう。
Dのあなたにおすすめな海外文学は……
Dのあなたにおすすめの海外文学は、サマセット・モーム『月と六ペンス』です。主人公のストリックランドは、40歳を過ぎてから突然、家庭も仕事もすべて捨ててしまいます。そうして何をはじめたかというと、画家として美を生み出すことです。
真実の美を追い求める男は、月のように狂気をはらんでいるのか、あるいは崇高なのか。芸術家の生きざまや、芸術の存在意義について考えさせられる物語です。
著者のモームはこの物語を、画家のポール・ゴーギャンに着想を得て創作しました。実在の画家ゴーギャンと、創作された人物ストリックランドとの関連はあまりありません。ただし、画家として食べていけるようになるまで、株の仲買人をしていたことや、本当の妻がいながら、タヒチの現地人を妻に迎えたことなど、共通点もあります。
サマセット・モームは、イギリス国籍をもつ小説家です。人間の本質的な矛盾や、真反対の二面性を好んで書くことで知られています。それは彼が第一次世界大戦中に、諜報員として働いたことで、人間の二面性をたくさん見てきたからかもしれません。なおモームは自分の経歴を活かして、『英国諜報員アシェンデン』というスパイ小説も書いています。
海外文学をたくさん読んでいると、「小説Aと小説Bはテーマが似ている」「登場人物の境遇が似ている」などと、似ている小説が見分けられるようになります。
ところが、『月と六ペンス』はなかなか類を見ない小説です。芸術家の狂気にここまで真剣に向き合い、なおかつ芸術をたしなまない人に分かりやすく伝えようと試みた小説は、他にないのではないかと思います。
Eのあなたにおすすめな海外文学は……
Eのあなたにおすすめの海外文学は、ディーノ・ブッツァーティ『タタール人の砂漠』です。物語では、士官学校を卒業したての21歳の主人公が、夢と希望を抱いて最初の任地に赴きます。しかし主人公は、輝かしい青春時代を、いつ攻めてくるかも分からない敵を待ちながら、むなしく浪費していきます。「いつか敵が攻めてくるはず」「いつでも任地を変える希望は出せるんだ」と思いながら、また1年、また1年と……。
私が海外文学を日常的に読みはじめて、2年目くらいに出会った作品です。読み終わったとき、「これが純文学か」と衝撃を受けました。本書を読む前は、人文学を研究する者として、半ば義務的に、勉強のために純文学を読んでいました。しかし、本書を読んで、純文学の面白さに気づきました。そのため、かつての私と同じような初心者さんも、きっと気に入ると思います。
著者のディーノ・ブッツァーティは、イタリア国籍をもつ小説家です。幻想的な作風で知られ、イタロ・カルヴィーノと並んで、20世紀イタリアを代表する小説家です。
彼の名声は『タタール人の砂漠』に負うところが大きいですが、他の小説もかなりよいです。個人的には、彼の物語は、主人公に苛酷な展開を強いる場合が多いと思います。このような物語は、文学用語で「不条理小説」と呼ばれます。代表的な不条理小説は、フランツ・カフカの『変身』です。
最近、岩波少年文庫から出版されている、ブッツァーティの『古森のひみつ』を読みました。子供向けなのに(子供向けだからこそ?)鬼畜展開で、恐怖と笑いの反復横跳びをさせられました。ブッツァーティはこういう人だった、との認識を新たにしました。
Fのあなたにおすすめな海外文学は……
Fのあなたにおすすめの海外文学は、ウィリアム・ゴールディング『蠅の王』です。これは6冊のなかで一番とがった物語で、人間の獣性をテーマにしています。
法と秩序を守る必要がなくなったとき、われわれはどう行動するのか? 本書では、そのとき人間は本能的な獣性を露わにするだろう、ということが示唆されています。私はその状態を、ホッブズの唱える「万人の闘争状態」と同じだと思いました。
物語は、架空の大戦から逃れる際に、飛行機事故が起き、子供たちだけが生き残って、無人島に不時着したという設定です。無人島での冒険記を書いた小説は、古くからたくさんあります。『ロビンソン・クルーソー』『十五少年漂流記』などです。冒険記で読んだような、楽しげな生活ができると、子供たちはわくわくしますが、現実には、そのようにうまくは行かないのです。
著者のウィリアム・ゴールディングは、イギリス国籍の小説家です。現実的な作風で知られ、1983年にノーベル文学賞を受賞しました。最も有名な小説は、『蠅の王』です。
『蠅の王』は他に挙げた小説と比べて、分厚いですが、会話文が多く、展開が気になるため、さくさくと読めると思います。じつはFに当てはめる小説として、カフカの『変身』も考えました。しかし『変身』はアイディア勝ちな面が大きいため、純文学の真髄を味わうには微妙だと思い、外しました。また、物語が短すぎると思いました。
6冊選定裏話
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。ここからは、厳選6冊を、どのように選んだかを紹介します。海外文学を知人にすすめる際の、参考になるかもしれません。
初心者向けの海外文学を選ぶにあたり、以下の条件を基準にしました。
- 文庫本一冊に収まる長さであること
理由:長さで挫折する人が多いと予想されるため(一冊といっても分厚すぎる小説は除外)
- 物語に、1つの分かりやすいテーマが一貫して走っていること
理由:純文学の醍醐味の1つに、複数のテーマが入り組んでいることがある。しかし初心者には、複数のテーマが同程度に走っている物語は、難易度が高いと思ったため。
- 心理描写に重きを置いていること
理由:個人的に、純文学でいちばん魅力的な点は、「どうやったらこんな表現を思いつくのか」と驚愕・恍惚とするような、ずばり言い当てる心理描写だと思っている。これは副産物だが、さまざまな感情表現の引き出しをつくっておくと、日常生活でも役立つ。
- あまり奇抜すぎないこと
理由:最初に触れる海外文学は、王道がよいだろうと思ったから。私は大好きだが、アントニオ・タブッキはクセ強なので除外した。同じ理由で、スティーブン・ミルハウザーの『アウグスト・エッシェンブルク』も諦めた。
- ある程度名の知れた小説家や、小説であること
理由:読書好きの友達に「海外文学をはじめて読んだ! ○○ってやつ!」と話しかけたときに、「なにそれ?」と返ってきたら悲しいから。読書好きなら知っていそうな小説家・小説にした。そのため悪しからずノーベル文学賞作家だらけになってしまったが、ノーベル文学賞を受賞していなくても、偉大な作家はたくさんいる。ウンベルト・エーコとかね。
診断チャート製作裏話
6冊の本を選定したあと、チャート作成に取り掛かりました。ポイントは、診断タイプの6つが、端にいくほど関連性が薄くなるように、グラデーションのように配置することです。例えば、A『春の嵐』とF『蠅の王』は最もタイプが離れています。
6つの並びを決めたあとは、Aにいくほど温かく友好的、Fにいくほど奇抜で悲劇的になるように質問を考えました。ためしに友達にやってもらったところ、速攻でFになりましたが(笑)、当初配置していたカフカの『変身』に対して「あまり読みたくない」と言われました。そこで友達が好きな本を聞いたところ、『蠅の王』だったため、また自分でも読んで、Fにぴったりだと思ったため、『蠅の王』に変更しました。
こういうチャートは「Yes/Noチャート」と呼ばれるそうです。ネットで作り方を調べると、「Excelでの作り方」「Wordpressでの作り方」など、使用ツールの話ばかりでてきて、やや苦労しました。使用ツールはどうでもよく(例えば手書きで紙に書いたものを使用したってよい)、質問の考え方、並べ方が知りたいのです。
結局よい説明サイトは見つけることができず、ぼやかされた表現からなんとか真意をくみ取り、つくりました(そこはお金を払ってプロに依頼してね、ということなんだと思う)。チャートの作り方の本などを出したら、需要があって地味に売れるんじゃないかな、と思います。
おわりに
今回の記事を書いたきっかけは、「海外文学 おすすめ」で検索したところ、「おすすめ100選」のような、「そんなに読めるわけない!」とスマホを投げ出したくなるような記事が多かったからです。
初心者向けに紹介するなら、せいぜい多くて7冊程度だろう、と思いました。また、診断チャートをつくれば、遊び感覚で自分だけの1冊を選びやすいだろう、と考えました。そうして今回の記事ができました。
好評であれば、ファンタジー小説編、海外文学中級編など、ジャンルの異なるバージョンもつくろうと思います。本記事がためになった・面白かった場合には、拡散いただけると、大変励みになります。
以下は海外文学に慣れている人向けですが、過去に、本記事で挙げた小説家の本を課題本に、読書会を開いています。興味がある方はご覧ください。