はじめに
今年2022年はJ.R.R.トールキンの『指輪物語』ファンにとって最高の年ですね。Amazon Prime Videoで『指輪物語』の前日譚である『力の指輪 the Rings of Power』のドラマ配信が始まった……のも大きいですが、個人的にはそれよりも、原作にかなり忠実に描かれた(だけでなくファンの想像力をより豊かにさせた)ピーター・ジャクソン監督の『ロード・オブ・ザ・リング』3部作が、映画館で、しかもIMAXで観れることです!!
新しいドラマは賛否両論あるようですが、『ロード・オブ・ザ・リング』の3部作をIMAX映画で観させてくれるだけで、すでにドラマの存在意義があります。ありがとう新しいドラマ!
私は重度寄りの『ロード・オブ・ザ・リング』3部作のファンなので、映画でカットされたシーンがそれぞれの部作で30分ほど多く盛り込まれている、スペシャル・エクステンデッド・エディションのDVDセットを持っています。そして何度か繰り返し観たので、映画についてはよく知っているはずだった……のですが、今回2部目の『二つの塔』を映画館で観たときに、新たな発見があったため、それを本記事に記載します。万が一、『ロード・オブ・ザ・リング』の結末を知らない方がいたら、ネタバレを含みますので注意してください。
※本記事では、原作とは切り離して、映画単体を1つの作品とみなした場合の考察をします。また以後、本記事内で『ロード・オブ・ザ・リング』と記載するときは映画3部作を指します。
エオウィンに恋するアラゴルン?
『ロード・オブ・ザ・リング』の第1部『旅の仲間』のテーマは主に友情ですが、第2部『二つの塔』では、微弱ながら恋愛要素が出てきます。それはローハン王の姪エオウィンのアラゴルンに対する恋です。
初めて『ロード・オブ・ザ・リング』を観たとき、エオウィンの恋が報われてほしいとどれほど切に願ったことか……。ご存知の通り、アラゴルンには昔から心に決めた、エルフの恋人アルウェンがいるため、エオウィンは失恋してしまいます。
以前までは、この失恋ストーリーについて、恋心を抱いていたのはエオウィン側のみだと思っていました。アラゴルンはエオウィンに対して恋心はなく、年齢差的にも実の娘に接するような愛情を抱いていたのだろうと。しかし、今回改めて『二つの塔』を観たとき、アラゴルンも恋愛的な感情を持ってエオウィンに接しているように感じました。
前提として、第2部では、アラゴルンが裂け谷でアルウェンと別れる前、彼女に永遠の別れを告げていることが明かにされます。理由は、アルウェンが永遠の命をもつエルフであるのに対し、アラゴルンが限られた命をもつ人間であり、彼が死んだあと、アルウェンを孤独にさせてしまうためです。
恋人になった当初から、いつかそのような別れがくることは二人とも分かっていました。しかし当初とは1点、状況が異なりました。それは、もうすぐ中つ国に暮らすエルフが全員、ヴァリノールと呼ばれる、西にあるエルフの故郷に帰ってしまうということです。そうなればアルウェンは中つ国でただ一人のエルフとなってしまい、アラゴルンが死去した後の長い人生を、慰めてくれる仲間もおらず、一人で過ごすことになります。アラゴルンは、アルウェンの父エルロンドからの説得されたこともあり、彼女にそのような道を選ばせてしまうわけにはいかないと考え、別れを告げたのでした。
そしてアルウェンも父に説得され、仲間と共にヴァリノールに向けて旅立ちます。その出来事はアラゴルンが裂け谷で彼女と別れた後の出来事なので、アラゴルンは、彼女が実際にどちらの選択をしたかは知りません。しかし高潔な彼は、自ら宣言したことを撤回するような人間ではないため、アルウェンのことを愛しながらも、というより愛しているからこそ、彼女にはヴァリノールへ行ってほしいと考えています。ちなみに、ヴァリノールは基本的にエルフしか行けない不死の国なので、アルウェンがヴァリノールへ行く=アラゴルンは彼女とは二度と会えないということになります。
※なお、西の方角に妖精の国があるという考えは、ケルト神話に由来しています。興味がある方は、過去記事:西の方角にある妖精の国を参照ください。
上記の前提に基づくと、アラゴルンは裂け谷を出た時点で、アルウェンには二度と会わないという覚悟があるわけです。そして二度と会えないということは、死別した状況と同じであり、社会一般的には、次の女性を見つけることが許容されます。
※ちなみに、西の方角にあるヴァリノールは、アーサー王物語などの英文学の伝統に基づくと、「死者が行く国」とも解釈できる。
そのように考えると、アラゴルンのエオウィンに対する見方が変わってきます。まず、一行がローハンの都エドラスに辿りついたとき、黄金館を背後に立つエオウィンに、アラゴルンが目を留める場面があります。そしてもう一度同じ方向を見たときには、エオウィンの姿がなくなっています。この場面でエオウィンを二度見しようとしたということは、アラゴルンは明らかに彼女に興味を持っています。少なくとも「美しい女性がいるな」くらいには思っていそうですよね。
その後も、剣の素振りをしているエオウィンにあえて近づいていったり、「ドワーフの女は髭を生やしているんだ」と嘘か本当か分からないことを言って彼女を笑わせたり、無意識かもしれませんが、若干彼女の気を引くような行動をしています。
極めつけは、馬から落ちたギムリを見てエオウィンと笑い合っている場面のあと、夜にアラゴルンが一人でパイプをふかす場面になり、アルウェンのことを考えているところです。この場面の切り替えの仕方から、アラゴルンはエオウィンを見てアルウェンを想起したということが分かります。つまり、彼はエオウィンをアルウェンと近い存在=恋愛対象として見ているようです。さらに言うと、エオウィン→アルウェンという順番で思考が飛ぶことは、二人を比較しているようにも感じられます。アルウェンはアルウェンで大切だが、(エルフではない人間の)新しい女性に切り替えてもよいかもしれない、という思考が浮かんでいるのかもしれません。
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以上、アラゴルンの視点からエオウィンを見てみました。このように考えてみると、エオウィンの恋が若干報われたような気がして、エオウィン推しの私としては嬉しい発見でした。しかしアラゴルン……罪な男よ……。アラゴルンが思わせぶりな行動を取るから、エオウィンが恋に落ちてしまったんだよ! 一番罪深いのは、3作目『王の帰還』で、ヘルム峡谷の戦いに勝利した後の宴で、長椅子に眠り込んだエオウィンに毛布をかけ直してあげる場面です。あんな行動取られたら、好きになってしまうだろーー!!!
ローハンの旗が空を舞う意味
今回、『二つの塔』を観て発見したことの二つ目は、黄金館に掲げられたローハンの旗が、風によって旗棒からちぎれ飛び、都の外に舞い飛ぶ場面が象徴していることです。
以前は特に意味を意識せずに観ていたのですが、ここ数年いろんな物語の考察をしてきたので、「どうしてこの場面では旗がちぎれ飛んでいくんだろう?」と考えてしまいました。とくに、『ロード・オブ・ザ・リング』にはスペシャル・エクステンデッド・エディション版という、映画では上映されなかった場面を入れた版があるため、映画の構成は切り詰めに切り詰め、本当に必要な要素だけ残したはずです。旗が飛んでいく場面には、けっこうな尺が取られていて、その長さからも、この場面が重要であることが分かります。
この場面は、王の息子の死にエオウィンが悲しんでいるところに、蛇の舌がやってきて、その状況に耐えられず彼女が黄金館を飛び出たところで起こります。ローハンの民の名前には、エオウィン、兄のエオメルなど、「エオ」がついた名前が多いです。「エオ」は古英語で「馬」を意味し、馬を大切にし崇める文化をもつローハン国にぴったりな名前として、原作者であるトールキンが考えました。そして、件のちぎれ飛んだ旗には、ローハンの象徴である馬が大きく刺繍されています。つまり、ちぎれ飛んだ馬の旗は、「馬を愛する」という意味の名前である、エオウィンを象徴していると考えられます。
アラゴルンに「あなたは何が怖いのか?」と尋ねられたとき、彼女は「檻」と答えました。彼女は優れた剣技をもちながら、女性であるがゆえに、戦場で戦うことを許されておらず、館の外に出られず、その状況に息苦しさを感じています。ゆえに、館の旗棒からちぎれて舞い飛び、エドラスの壁の向こうに落ちた旗は、外に出て自由になりたいという、エオウィンの心情を表していると言えます。
また、旗が地に落ちたのは、アラゴルンがローハンの都にまさに入ろうとしたときでした。アラゴルンは旗に一瞥を投げてから、門をくぐります。この場面は、アラゴルン、あるいはアラゴルン一行が、彼女に自由をもたらしてくれるという意味で捉えることができます。実際、黄金館に入った彼らは、ガンダルフの魔法によって、ローハン王からサルマンを追い出し、ローハンの民を呪縛から解放したのでした。
おわりに
今回は『ロード・オブ・ザ・リング』第2部の『二つの塔』について、新しく発見した以下2点について記載しました。
- アラゴルンがエオウィンに恋していたかもしれないこと
- ローハンの旗が舞い飛ぶ場面は、エオウィンの心情を象徴していること
これから公開される第3部のIMAX映画も、もちろん観にいく予定です。Amazon Prime Videoのドラマも、いろんな意見がありますが、私はわりと気にいって観てます。『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズでは、国ごと(ホビット庄、裂け谷、ロリエン、ローハン、ゴンドールなど)にテーマ曲があるのですが、きちんとそれを踏襲していて、ヌメノールのテーマ曲があるのがとてもよいと思います。他にも賞賛したい部分はいろいろあるので、機会があればドラマについても記事を書きたいです。
ちなみに、原作の『指輪物語』については以前考察を書いているため、よろしければ参照ください。
以上、映画『ロード・オブ・ザ・リング -二つの塔-』の考察でした。