『西洋中世文化事典』のレビュー!魅力から使い方まで解説

創作界隈にて、西洋中世学会が出版した『西洋中世文化事典』(2024年)が話題になっています。「欲しいけど高い(定価26,400円)…」「買ってはみたものの使いこなせるかな…」という方のために、本の魅力や活用方法を紹介します。

私自身も本の中身を見るまでは、購入を迷っていました。しかし実際に中身を見て、とてもよい事典だということが分かりました。では、どのような点がよいのでしょうか。解説していきます!

目次

『西洋中世文化事典』はどんな本?

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まずは、『西洋中世文化事典』の概要についておさらいしましょう。本書は、西洋の中世期(本書の定義だと5~15世紀頃を指す)に焦点を当て、その文化をテーマ別に解説した事典です。

ちなみに、本の厚みは約4cmだから、個人的な感覚でいうといわゆる「鈍器本」ではないよ。本棚から持ち出しやすいサイズ・重量で使いやすそうだよ。

著者・編者

『西洋中世文化事典』は「西洋中世学会」が編集しています。西洋中世学会とは、日本における西洋中世史研究を進展させ、研究者同士の交流を促すことを目的として2009年に設立された学会です。一般的に認知される「ヨーロッパ中世」に限らず、場所的にはビザンツ帝国やイスラームも含まれています。

執筆には、中世期に詳しい、(日本の)あらゆる学問分野の研究者が関わっています。執筆に携わった人数でいうと、紙面に名前が載っているだけで200名を超えています。

なお、見開き1ページに収まるよう設計されている、各項目の最後には、必ず執筆した人の名前が記載されています。そのため、誰が責任をもってその項目を書いたのかが、分かるようになっています。

西洋中世学会について

「学会」というと研究者のみしか所属できないイメージかもしれません。しかし西洋中世学会は、西洋中世に関心がある人なら(入会費を払った上で)誰でも会員になることができます。

歴史に限らず、文学・哲学・美術・建築・音楽などの分野に興味がある方、さらには中世前後の古代末期や近世期を専攻する方も歓迎とのことです。

内容

『西洋中世文化事典』は、全16章・296項目で構成されています。16章の表題が以下の通りで、各章の配下に平均して約18.5個の項目が存在します。

  1. 環境と自然
  2. 国家と支配
  3. ことばと文字
  4. 戦争と騒擾
  5. 都市と産業
  6. 交易ともの
  7. 移動と交流
  8. 身体と衣食住
  9. 信仰と想像
  10. ジェンダーと人生サイクル
  11. 書物と文芸
  12. 美術と表象
  13. 建築と場所
  14. 思想と科学
  15. 音楽と儀礼
  16. 中世受容と中世研究:西欧と日本

例えば、「第6章 交易ともの」の配下には、以下の項目が存在します。

市/通商路/海と川の交易/商業の組織/貨幣/流通税/金貸し/
商人のモラル/数とそろばん/商業実務/時計/奴隷/馬と牛/毛織
物/ワインとビール/中世ものづくし

各項目は見開き1ページ、文字数でいうと2400字以内で構成されています。項目の文章構成としては、冒頭にそのテーマの概要・導入が書かれ(文章全体の10%くらい)、その後に2~6つの小見出しがつづきます。例えば、「商人のモラル」(大黒俊二氏※が執筆)という項目には、以下4つの小見出しがあります。

  • 教会の規範
  • 煉獄の誕生 – 金も命も
  • さまざまな受け止め方
  • 死を前にした商人

※大黒俊二氏は、中世ヨーロッパ系参考資料の探し方ガイドでおすすめ本として紹介した、『ヨーロッパの中世』シリーズの第6巻『声と文字』を執筆している方です!

ここから分かるのは、各項目は、項目テーマに沿って、1ページ全体を通じてつながりのある文章構成になっているということです。言い換えると、各項目の文章は、筋のあるストーリーになっています。よって、読み物として楽しめます。上記の例でいうと、4つに分けられた文章の内容は以下の通りです。

  1. 【教会の規範】利益を求める商売に対し、教会がどう考えていたかを紹介※
  2. 【煉獄の誕生 – 金も命も】商人も受け入れられる死後の世界、「煉獄」という概念が誕生したことを紹介
  3. 【さまざまな受け止め方】商人が教会の教えを踏まえて、どのように商売を考え・行動していたのかの例を紹介
  4. 【死を前にした商人】死を目前とした商人が教会の教えを踏まえて、どのように考え・行動していたのかの例を紹介

※教会の教義に基づけば、一般的には、商売は卑しい行為だと考えられていた。詳しくは西洋中世期における旅する商人を参照。

これらの文章は、「教会の規範と商人の葛藤」というテーマで1つの筋のある文章になっています。イメージとしては、私が書いているブログの1記事1記事のように、あるテーマに沿った一連の文章が各項目に記載されている、と考えれば分かりやすいでしょう。私も記事を書くときには、導入文→見出し3つほど→まとめ、という構成で文章を書いています。

そう考えると、私のブログ記事よりはるかに密度の濃い記事が、296記事もこの事典に収まっているということになりますね!すごい!!

この事典の何がよいか

前章では『西洋中世文化事典』の概要をおさらいしました。つづいては、個人的に感じたこの事典の魅力を紹介します。魅力として、以下5つを順番に説明していきます。

  • 魅力① 信頼できる
  • 魅力② 索引のバリエーションが多い
  • 魅力③ 次に読むべき本が分かる
  • 魅力④ 中世研究の歴史の変遷を学べる
  • 魅力⑤ 読み物として面白い

魅力① 信頼できる

『西洋中世文化事典』の魅力として第一に、情報が信頼できる点が挙げられます。

創作の参考資料とするにあたり、何より重要なのが、その資料の信ぴょう性です。中世ヨーロッパ系参考資料の探し方ガイドでは、参考資料となりそうな本を見つけた場合には、本文を見る前に、著者の略歴を見て、信頼できる実績があるかどうか、確認することをおすすめしました。

なぜなら、いくらもっともらしく本文が書かれていたとしても、著者に信頼できる実績がない場合には、内容の信ぴょう性が疑わしいからです。自分の創作を楽しみにしてくれているファンのためにも、誤った情報を正しい情報だと思ってインプットしないよう、気をつけなければなりません。(もちろん創作なので、正しい情報を知った上で、作品内でアレンジを加えるのはOK)

信ぴょう性の点において、『西洋中世文化事典』は言うまでもなく合格です。もちろん、人間が書いているので、情報が不足していたり、誤解を生む表現があったり、ということが100%ないとは言い切れません。しかし公式チラシによると、各章において、2 名以上の専門家が協力して編集と項目選択を行っているそうです。つまり、少なくともあらゆる文章について、2名以上の研究者の目を通している=二重チェックしているということになります。この点で、シロウトが執筆・編纂しているものよりは、はるかに信頼できるといえます。

わ!ブーメラン!!(笑)
sousouもなるべく信頼できる情報を選んでいるので、「シロウト」だからといって見捨てないでね…♪

魅力② 索引のバリエーションが多い

『西洋中世文化事典』の魅力として第二に、索引のバリエーションが多い点が挙げられます。

通常の本で調べものをする場合には、「目次」から自分の知りたい情報が書かれていそうな箇所を判断して、該当ページを開きます。しかし本書は事典なので、目次の他に、以下の索引機能が用意されています。

  1. 見出し語50音索引
  2. 事項索引
  3. 人名索引
  4. 地名索引

個人的には、この索引機能が、本当に本当に有用だと思いました。説明が長くなるので、のちほど魅力と使い方を併せて紹介します。

魅力③ 次に読むべき本が分かる

『西洋中世文化事典』の魅力として第三に、項目別に、次に読むべき本が分かる点が挙げられます。

本書の本文の後ろには、累計50ページを超える「引用・参照文献」のページがついています。これらは項目別に分けられているため、自分が興味をもった項目について、さらに深掘りしたいと思った際には、このページから次に読むべき本を知ることができます。

これは例えるなら、西洋中世史を専門とする研究者に対し、「○○のテーマについて研究したいのですが、どんな本がおすすめですか?」と聞いて、答えが返ってくるようなものです。研究者の頭の中にある財産には、①ある事柄に対する知識、の他に、②他の研究者・文献に対する知識、があります。後者の「Aについて知りたい場合には、B,C,D……のような文献を読めばよい」という知識は、前者と同様に一朝一夕で習得できるものではなく、長年の研究生活によって培われるものです。

ゆえに、仮に研究者に対して、そのようなことを尋ねたい場合には、しかるべき対価を払うのが筋というものです(※)。ここまで考えると、296項目分の参照文献を、たった26,400円の対価で知ることのできるお得さを、ご理解いただけるのではないでしょうか。

※大学生は授業料を払っているので、研究者に対し、間接的に質問の対価を払っていると解釈できます。ただし質問する際には、教えていただく立場として、研究者の方への礼儀を忘れないようにしましょう。

魅力④ 中世研究の歴史の変遷を学べる

『西洋中世文化事典』の魅力として第四に、中世研究の歴史の変遷を学べる点が挙げられます。

じつは、本事典の最終章、16章は「中世受容と中世研究:西欧と日本」という題名で、西洋や日本における、西洋中世史研究の変遷が解説されています。例えば、民衆史研究の発展に貢献したアナール学派や、その代表格の研究者ともいえるジャック・ル・ゴフの紹介があります。ジャック・ル・ゴフは、著書が最も多く日本語に翻訳されている西洋中世史家として、紙面にコラムも組まれています。

このような中世研究の歴史の流れを知ることは、参考資料を探すなかで、どのような本が最近の研究の潮流を取り入れているのか、という判断をする際の一助になります。また、サブカルチャーへの影響も含めた、中世史研究の全体像を俯瞰して見るためにも役立ちます。

この章は、様々な研究者が集う、西洋中世学会が編集しているからこそ作成することのできる、貴重な章だと思います。正確性を担保しながら、研究史を語ることのできる方は、そう多くないと考えます。

魅力⑤ 読み物として面白い

『西洋中世文化事典』の魅力として最後に、読み物として面白い点が挙げられます。

この魅力はすでに紹介しましたね。各項目の文章が、テーマに即した、筋のあるストーリーになっているので、読み物として楽しむことができます。よって、明確な調べものがないときでも、ページをパラパラしているだけで楽しいと思います。

各索引の利用シーン

前章では『西洋中世文化事典』の魅力を紹介しました。最後に、事典に存在する以下4種類の索引の使い方と、利用シーンを紹介します。

  1. 見出し語50音索引
  2. 事項索引
  3. 人名索引
  4. 地名索引

見出し語50音索引

見出し語50音索引は、目次に記載されている項目名を50音順に並べたものです。

例えば、中世における教育について知りたい場合、目次上では、以下の通り、10章と14章に教育の項目が見つかります。

  • 10章 ジェンダーと人生サイクル > 女性と子供の教育
  • 14章 思想と科学 > 大学での教育

しかしながら、目次を端から端まですべて読んで、調べたい単語「教育」を複数個探すのは大変です。もしかしたら見逃すこともあるかもしれません。

そこで活用できるのが、見出し語50音索引です。「教育」について知りたい場合、「き」から始まる単語の一覧を見ると、「教育, 女性と子供の」「教育, 大学での」という2つが並んで書かれています。それぞれには、該当のページ番号も書かれているので、読者は教育の項目2つを、効率的に見つけて読むことができます。

事項索引

事項索引は、中世史を学ぶ上でよく出てくる用語を、50音順に並べたものです。

例えば、衣服の素材として中世期に愛用された「毛織物」という用語を調べるとします。事項索引では「毛織物」の箇所に、以下の通り記載されています。

毛織物 Woolen fabric 181, 182, 206,220, 256

この文字列は、<用語><用語の欧文表記※><ページ番号>を意味する並びになります。これは、「該当のページに『毛織物』という単語が記載されていますよ」=「毛織物について何かしらの言及がありますよ」という意味です。

欧文表記

各事項には日本語だけでなく、欧文表記も記載されている。そのため、英語でその専門用語をどのように表現するのか、学ぶことができる。それを知っておくと、英語の参考資料を探す際に役立つ。これは、中世ヨーロッパ系参考資料の探し方ガイドで記載した、関連ワードを集める行為に該当する。

なお、基本的には英語の表現が書かれているが、作品名や特定地域に関する事項については、現地言語や関連言語で表記されている。

よって、事項索引を使用すれば、項目テーマとなっていない、ちょっとした事項についても知ることができます。

人名索引

人名索引は、事典に登場する主な人物名を50音順に並べたものです。

例えば、ローマ・カトリック教会の教皇史上、もっとも権力を持ったとされる、インノケンティウス3世について調べるとします。人名索引では「インノケンティウス3世」の箇所に、以下の通り記載されています。文字列の構造は事項索引で紹介したものと同じです。

インノケンティウス3世 Innocentius Ⅲ 1160-1216, 70, 128, 214, 332, 360, 364

これは、「該当のページに『インノケンティウス3世』という単語が記載されていますよ」=「インノケンティウス3世について何かしらの言及がありますよ」という意味です。

さすがインノケンティウス3世!ものすごい紙面量がさかれているね。

この索引は、創作においては、史実上に存在した特定の人物を登場させたいときに活用できそうです。あるいは、特定の人物をモデルとしたキャラクターを登場させたい場合にも使えます。

地名索引

地名索引は、事典に登場する主な地名を50音順に並べたものです。

例えば、中世期に大規模な定期市が開かれたことで有名な「シャンパーニュ」(※)という地方があります。その地方について調べるとして、地名索引で「シャンパーニュ」を探します。すると「シャンパーニュ」の箇所に以下の通り記載されています。文字列の構造は事項索引で紹介したものと同じです。

シャンパーニュ Champagne 43, 137, 150, 181, 183, 185, 199

これは、「該当のページに『シャンパーニュ』という単語が記載されていますよ」=「シャンパーニュについて何かしらの言及がありますよ」という意味です。

シャンパーニュ

シャンパーニュの大市は、ワインを入手するための季節市場から始まった。お祝いのときに私たちが飲む、ちょっと高価なワインである「シャンパン」はもちろん、「シャンパーニュ」に由来している。

町の名前だけではなく、海や川の名前なども索引に載っているので、有名な海や川にまつわる歴史を知りたい場合にも役立ちそうです。例えば個人的には、現ドイツを流れる川、ライン川の伝説や文化に興味があるので、ライン川について記載されたページを読んでみたいです。

この索引も、人名索引と同様に、創作に大変活用できそうですね。

以上、索引の使い方利と用シーンについて紹介しました。個人的には、とくに「人名」「地名」別の索引が用意されている点が素晴らしいと思いました。

おわりに

今回は、『西洋中世文化事典』(2024年)の魅力と使い方について紹介しました。

たしかに、1冊の本の値段として26,400円は、高いと感じてしまいます。しかしながら、以下の5つの魅力を考えれば、それに相応しい価格、むしろ安価だとさえ思います。

  • 魅力① 信頼できる
  • 魅力② 索引のバリエーションが多い
  • 魅力③ 次に読むべき本が分かる
  • 魅力④ 中世研究の歴史の変遷を学べる
  • 魅力⑤ 読み物として面白い

シンプルに考えると、大学の中世史学科に1年間通うためにかかる費用を考えれば、非常にお得です。具体的には、学費として国立大学では約50万円以上、私立大学では約100万円以上かかると思います。

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とはいえ、高価なものは高価なので、近くの図書館に『西洋中世文化事典』がある方は、図書館を利用するのもよいと思います。本のリクエストを受け付けている図書館なら、リクエストするのもよいですね。

また、悩んでいる方は、まずは実物を見て試し読みしてみるとよいでしょう。丸善出版の公式ページや各ECサイトでは、一部の項目(見開き1ページ)が電子データで公開されています。

ちなみに、鈍器本ではないとはいえ、手で持ち続けるには重い本なので、読む際には書見台を使うのがおすすめです。

以上、『西洋中世文化事典』の魅力と使い方でした。

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