エッセイ

花とケーキ

はじめに

私はとある金曜日、花屋の店先に立っていた。色とりどりの花は見ているだけで美しい……..どれ、一束買おうかな。いや、何でもない日にお花を買うなど、ちょっと贅沢ではないか? いやいや、週末くらいお花を見ながら過ごしても良いのでは? 毎週末にお花を買うことにすれば、なんと素敵な生活になるだろう。一束約500円だとして……..かける4週間。ひと月2000円だ。

2000円か。本が一冊買えるな。私は花と本を天秤にかけ、美しい自然の贈り物を買うことをやめたのだった。

しばらくすると、私はプリンが食べたくなってきた。駅構内の特設ショーケースにて、プリンが販売されている光景が視界に入ったからだ。そんな誘惑には負けないぞ、と思いながら私は改札を通り、電車に乗る。さあ、これでもうプリンは去ってしまった。買おうと思っても買えまい。

しかし私は次の乗り換え駅に、おいしいケーキ屋あることを思い出した。きっとプリンも売っているだろうな。プリン食べたいな。

こうして私は誘惑に負け、プリンを買ったのだった。代金はプリン1つ350円×家族の人数だ。花束よりずっと高くついた。なんてことだ。花より団子とはこのことである。

花とプリンの戦いでは、プリンに軍配があがった。しかし私はこの日、花とケーキに同類の魅力があることに気づいた。そこで今回は、花とケーキの共通点、相違点について考えたい。……「中世ヨーロッパの生活」はどこいった。

共通点

花とケーキには同類の魅力がある。そう思ったきっかけは、幼少期に、七夕の短冊に書いた願い事が「お花屋さんになれますように」と「ケーキ屋さんになれますように」だったことを思い出したからだ。

本気で花屋かケーキ屋になりたかったわけではない。幼稚園の先生が「大きくなったらやりたいことを、書いてみたらどう?」と誘導助言をしたからだ。当時の私には将来の夢などなかったが、それを書くことを期待されていると悟った私は、じゃあ花かケーキだな、という結論に至ったのだ。(なおこのような現実的な願いはさておき、先生は非現実的な願い事のためにも1枚、短冊を使わせてくれた)

幼い私が花とケーキに感じた魅力は何だったのだろう? 私はそれらに共通する魅力として、一つには彩り豊かであること、もう一つにはかぐわしい香りがあることを挙げたい。

彩り豊かであること

私はプリンを買いに個人経営のケーキ屋へ入ったとき、感動した。目に飛び込んできた色が豊富だったからだ。チーズケーキの上に垂らされた苺のソース、てかてかと光るザッハトルテのチョココーティング、シュークリームに振りかけられた真っ白な粉砂糖……..。また、その店はケーキを陳列する皿にもこだわっていた。それらはセンスの良い洋食器のプレートで、絵柄がどれも異なっていた。

一度にこれほどたくさんの色を視界に入れたのはいつぶりだろう、と私は思った。世の中の人は今、家にこもりがちである上に、季節は冬だ。花々が咲いているわけでも、新芽が芽吹いているわけでもない。空は夏に比べて薄い色であるし、人びとがまとう服は黒くなりがちだ。

私はこのとき、人は鮮やかな色を目にするだけで、こんなにもわくわくとした、楽しい気持ちになるのだと知った。それから小一時間前に訪れた、花屋を思い返した。そうだ、花屋も彩り豊かである点において、ケーキ屋に負けていないではないか。私は花屋の店先に立ったとき確かに、その色に目を奪われた。自然の法則においては、今の季節に花々が咲くことはないーーつまり彩り豊かであることはおかしい。だからその場所だけ季節がずれた異空間に思えて、つい立ち止まり見入ってしまったのだった。

以上より、花とケーキに共通する魅力として、彩り豊かであることが挙げられる。

かぐわしい香りがすること

残念ながら、プリンを買った店では甘い匂いはしなかった。しかし家でアップルパイを焼くことを想像してみよう。私はホームメイドケーキのなかではアップルパイが一番好きだ。そして「焼きたての」アップルパイはこの世で最も存在意義があるものの一つであると信じている。いかに有名なパティシエが作るアップルパイも、「焼きたて」には敵わない。冷蔵庫で冷やしたアップルパイなど論外だ。それはもはやアップルパイではないと言ってもいいだろう(過激派)。

さて、パイ生地の中にリンゴのコンポートを詰めたものを、オーブンに入れよう(表面の網目には卵黄を塗っておくと、焦げがついて見た目が良い上においしい)。しばらくするとオーブンから、リンゴの甘い香りと、生地が焼ける香ばしい香りが漂ってくる。香りは室内に充満する。そのときタイミングよく、誰かが訪問したり、帰宅したりすれば、その人は大変幸せな気分を味わうことになる。

言わずもがな、花は芳香を発する植物である。数日前、外を歩いていると、ふと甘い香りが漂ってきた。振り返るってみると、蝋梅(薄黄色の梅)が咲いていた。

花は受粉のために、香りによって虫を引き寄せることが知られている。実は、人間が無臭だと感じる花も、虫には分かる香りを発しているらしい。

花とケーキは、どちらも人間にとって心地よい香りを発する。よって、双方に共通する魅力として、かぐわしい香りがすることが挙げられる。

なぜ色や香りが魅力的なのか

ここで私の思考は、さらに深い疑問へと移った。なぜ人は彩りの豊かさや、かぐわしい香りに魅力を感じるのだろう? また、次の疑問も湧いた。一般的に、花やケーキは男性より女性に好まれる傾向にある。それはなぜだろう?

ヒントはおそらく、人間の本能的な習性にある。定住農耕民族になる前、人間はみな狩猟採集民族だった。その頃は今よりずっと人類の数が少なかったため、自ら穀物を育てなくても、腹を満たせたのだ(※)。

※現在の人類がみな狩猟採集生活に戻ることは、人口的に不可能だ。このあたりの話については、ユヴァル・ノア・ハラリ『サピエンス全史』が詳しい。

その頃の人間は性別によって次の通り役割分担をしていた。すなわち、男性は狩りに出かけ、女性は果物や木の実などを採集していた。女性は一般的に、色に対する感度が男性よりも優れていることが知られている。それは一説によると、女性たちは狩猟採集時代に、色のついた植物を見分ける仕事をしていたからだという。

その説は、現代女性が花やケーキに魅力を感じる理由にもつながってくると感じる。女性は彩り豊かなものを見ると、太古の本能的によって「ああ、これで今日は飢えなくてすむ!」と嬉しくなるのだろう。香りについても同じだ。甘い香りがするということは、それに糖分が含まれていることを意味する。だから甘い香りがすると、太古の本能によって(以下略)。

相違点

ハクモクレン(白木蓮)。大好きな花の1つ
ハクモクレン(白木蓮)。大好きな花の1つ

これまで花とケーキの共通点を考えてきた。花とケーキは①彩り豊かであること、②かぐわしい香りがすることに、共通の魅力がある。しかしもちろん、花とケーキは別物である。

まず、自然物か人工物かという違いがある。

花は自然に生まれたものだ。花は虫を引き寄せるために、鮮やかな色と芳香をまとっている。ところが花にとっては予想外なことに(迷惑なことに?)、その魅力に人間が惹きつけられてしまった。一方でケーキは人間がつくった、人間を喜ばせるための人工物だ。ケーキが人間にもたらす機能を考えると、それは疑似果物と言ってもいいだろう。ただし果物よりずっと芸術的で、美しい。

次に、花とケーキにはロマンチシズムの違いがある。

女性を美しく見せる添え物といえば、花である。漫画の一コマで背景に薔薇が溢れていれば、それは人物の美しさを強調するために添えられているのだ。花柄のワンピースをまとった女性は、ときに花の女神フローラのように見える。一方でケーキを添え物として女性が美しく見えるだろうか? かわいくはあるかもしれない。しかしロマンチックではない。

おわりに

今回は花とケーキの共通点、相違点について考察した。

花とケーキには、以下2点の共通する魅力がある。

  1. 彩り豊かであること

  2. かぐわしい香りがすること

人間が色や香りに魅力を感じる理由は、おそらく狩猟採集時代に、色や香りによって食べ物を見分けていたためである。また女性が男性よりその魅力に惹きつけられる理由は、女性が主に採集の仕事を担っていたためである。

花とケーキには相違点もある。花は自然の産物であり、人間を喜ばせるために存在しているのではない。一方で、ケーキは人工物であり、人間を喜ばせるために存在している。また、花はロマンチックであり、女性(ときに男性)の美しさを引き立てる機能があるが、ケーキにそのような機能はない。

なお女性に贈り物をする場合、花とケーキのどちらを贈ればより喜ばれるかは、人によると思う。グッジョブ!

P.S.

どうでもいいが、プリンの食べ方には2種類ある。私は側面から削って、カラメルソースと本体をバランスよく食べるが、友人はなんと、上から削って最後にカラメルソースを食べる。あなたはどっち派?

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ピエール・ピュヴィス・ド・シャヴァンヌ《夢》1883年、オルセー美術館文献学者にして作家、J.R.R.トールキンの夢前のページ

『星の王子さま』だけではないサン=テグジュペリ次のページThe Little Prince book cover, Painted in 1943

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