ルネ・マグリット《王様の美術館》をモチーフとしたラテ

芸術

トライアローグ展【美術展レポ2021年】

はじめに

書くに値することがない場合には沈黙するーーというのがブログ『中世ヨーロッパの道』の不文律だ(※勝手に決めた)。

このブログを開設後、いくつもの美術展に訪れた。例えば「奇想の系譜」展や、「ギュスターヴ・モロー」展、「ハマスホイとデンマーク絵画」展などだ。そして特記すべきことはなかったため、記事にはしなかった。

つまらなかった、という意味ではもちろんない。とても有意義で楽しかった。記事にしなかった理由は、絵を見て感じたことを言葉で表すことが、不可能だからだ。そもそも絵画とは、言葉で表すことが不可能なものを、表現する芸術ではなかったか?(言い換えると小説とは、ビジュアルで表現することが不可能なものを、表現する芸術だ)

そういうわけで、いつもなら美術展に関しては沈黙することにしている。しかし今回訪れた「トライアローグ」展では、現代美術に対する従来の認識を覆された点で、語りたいことがでてきた。言いたいことは、現代美術は「訳が分からない」美術ではないということだ。

今回は、横浜美術館、愛知県美術館、富山県美術館の3館共同企画展である、トライアローグ展について所感をつづる。

現代アートに対する苦手意識の克服

ミュンヘンの近現代美術館である、ピナコテーク・デア・モデルネの天井
ミュンヘンの近現代美術館である、ピナコテーク・デア・モデルネの天井

おそらく多くの人に共感してもらえるだろうが、私は現代アートに苦手意識がある。以前ドイツのミュンヘンを旅行したとき、伝統的な作品が展示されたアルテ・ピナコテークだけではなく、近現代美術館(ピナコテーク・デア・モデルネ)にも訪れた。過去記事にてその話に触れなかったのは、現代美術があまり楽しめなかったからだ……..。とくに、歴史ある町並みや芸術を数多く見たあとでは。

なぜ楽しめないのだろう?それは作品を見たとき、作品のことが直感的に理解できないからだ。逆に言うと、作品のことが理解できれば楽しめるはずだ。

今回訪れたトライアローグ展では、作品のことが理解でき、楽しめた点で、私にとっては革命的経験だった。

例えば今回の展示内容に、黒単色のキャンバスに対し、ナイフで斬りつけたのみの作品があった(誰の作品かは忘れてしまったが)。この作品はキャンバスを立体と見なすことで、本来二次元世界のみしか表現できない絵画において、三次元世界を表現することに成功している。その点が画期的であり、面白いのだ。

余談だが、むかし高校の美術の授業において、「紙1枚を使って二次元と三次元を表現しろ」という課題が出されたことを思い出した。渡されたのはペラペラのコピー用紙1枚だけだった。使用可能な道具はハサミとのりだけだった。あの非常に難しかった課題は、今回見た作品のテーマと非常に近いことが分かる。高校を卒業してX年、やっとその芸術性が理解できた!(それにしても、美術が専門ではない普通科の高校生に対し、なんと尖った課題を出すのだ)

また、ヨゼフ・アルバースの《正方形へのオマージュ》という作品も面白かった。著作権があるので画像は載せられないが(ぜひ検索して作品を観てほしい)、この作品は正方形の内に正方形を書くことが3回繰り返された作品だ。つまり4つの色ちがいの正方形が重なった絵だ。解説の記載はなかったので、次に述べるのは私独自の解釈である。

ポイントはおそらく、重なりあう正方形の余白が均等ではないことだ。正方形は4辺が等しいという性質をもつ図形である。しかし、大きい正方形の中心に小さい正方形を重ねるのではなく、あえて中心からずらして重ねることで、すべてが均一で完全であるはずの正方形に、ゆがみが生まれる。余白に正方形ではない、たとえば長方形が見えてくるのだ。だから正方形への「オマージュ」というタイトルなのだろう。

特に気に入った画家

特に気に入った芸術家は、マックス・エルンスト(1891-1976年)とポール・デルヴォー(1897-1994年)の2人だ。なお著作権があるので作品は掲載でず、文章での説明になってしまうことはご容赦いただきたい。

まず、マックス・エルンストの作品は、私に新たな気づきをもたらしてくれた。着目した作品は《少女が見た湖の夢》という作品だ。解説札によると、この作品はシュルレアリスム(超現実主義)の技法を用いながらも、テーマは古典的だとのこと。テーマはなんと、エウロペを追いかける牡牛のユピテル(ゼウス)だ!大昔からある、伝統的なテーマだ。絵をよく見ると、抽象的な輪郭のなかにたしかに、牛と少女(エウロペ)が存在する。

私が驚いたのは、シュルレアリストが古典的なテーマを用いて絵を描くことがあるということだ。私は「シュルレアリスム」と聞くと反射的にダリによる例の、チーズのように溶けた時計の絵を思い浮かべてしまう。つまり、シュルレアリストによる絵は、その技法が前時代になかったものであるなら、そのテーマも前時代なかったものだ、というイメージが強かった。だから、新時代の技法を用いながらも、古典的なテーマで絵を描く、ということに驚いたのだ。

展示品のなかには、作者の名前は憶えていないが、アダムとイヴをテーマにした作品もあった。新時代と旧時代がミックスされた絵は斬新で、非常に面白く感じる。

次に、ポール・デルヴォーの作品は、私の好みのど真ん中だった。例えば「ドレスをまとった女性」と「重機」、「室内」と「煙を吐く汽車」など、異なる性質をもつモチーフが同じ画面に描かれている。それらの不均衡さが非現実性を生み出し、まるで夢の中の世界をのぞいているような絵画になっているのだ。特に《こだま》と《夜の汽車》が、私としては好みだった。

《こだま》は、月明かりに照らされたギリシア風神殿の前に、まったく同じポーズをとった3人の裸婦が、等間隔で並んでいる作品だ。彼女たちは消失点からのびた路上に並んでおり、一番遠くにいる裸婦が小さく、一番近くにいる裸婦が大きく描かれている。見方によっては、一人の女がだんだん近づいてくるようにも見える。じつに不気味だ!こんな光景を夢に見たら、私は回れ右して全力で逃げる。

《夜の汽車》は、紫を基調とした部屋のなかに、三人の女がいる絵だ。奥の壁には全身鏡が立てかけられ、一人の女の姿が映しだされている。その鏡の隣には扉があり、開け放たれた両扉の向こうに、汽車が見える。汽車はまさにこちらに向かってくるところで、その大きさから鑑賞者に、扉の向こうが駅のプラットフォームであるという印象を抱かせる。もし屋外が駅のプラットフォームなら、この部屋はどういう風に位置しているのだろう?この絵にも、夢に出てきそうな非現実性がある。

横浜美術館の常設展(おまけ)

今回は企画展だけではなく、常設展もさらっと見てきた。横浜美術館はこの展覧会が終わったあと、2年以上休館して改装工事を行うらしい。意図せず休館の前に訪れることができて良かった。

そのなかに、ギュスターヴ・モローの《岩の上の女神》という作品があり、彼の絵が好きな私は歓喜した。しかも油彩ではなく水彩画だ!珍しい!横浜美術館には何度か訪れているが、今回はじめて気づいた。ギュスターヴ・モローのファンの方は必見だ(小さいのでお見逃しなく)。この絵は横浜美術館の公式サイトで閲覧可能だ。→岩の上の女神 横浜美術館 電子所蔵品目録

ルネ・マグリット《王様の美術館》をモチーフとしたラテ
ルネ・マグリット《王様の美術館》をモチーフとしたラテ

ちなみに、ミュージアムショップの横にあるカフェでは、こんな可愛らしいラテが飲める。

おわりに

今回は横浜美術館、愛知県美術館、富山県美術館の3館共同企画展である、トライアローグ展について所感をつづった。

今回の美術展は、現代美術の面白さを知ることができた、非常に有意義な展覧会だった。今まで食わず嫌いな所があったが、これからは現代美術の美術展にも積極的に行ってみたい。

現代美術が苦手だと思っている方も一度、その面白さを味わってみてはいかがだろうか?なおチケットは時間帯予約制なので、お気を付けを。

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地球へ向かうルシファー。Gustave Doréによる、ミルトン『失楽園』のための挿絵。1866年。『鋼の錬金術師』のテーマ考察前のページ

文献学者にして作家、J.R.R.トールキンの夢次のページピエール・ピュヴィス・ド・シャヴァンヌ《夢》1883年、オルセー美術館

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