読み手に伝わる、親切で機能的な文章とは -『悪文の構造』レビュー

千早耿一郎『悪文の構造』は、親切で機能的な文章の構造を、「だめな例」つまり、悪文を例にして学ぶ本です。「親切で機能的な文章」とは、読み手が容易に内容を理解することのできる文章を指します。

親切で機能的な文章の構造を学ぶことは、評論家、小説家、ブロガー、インフルエンサーなど、文字を使って発信するすべての人に役立ちます。そこで今回は、本書を読んで、自分が特に勉強になった文章技法を紹介します。

※小説執筆の観点で勉強になったことが中心ですが、どんな文章にも応用できます。

目次

『悪文の構造』はどんな本?

基本情報

本書は千早耿一郎ちはやこういちろう(1922-2010年)が書いた本で、1979年が初版です。長らく絶版が続いたあとに、日本語言語学者の石黒圭の解説つきで、ちくま文庫から名著として復刊されました(2024年)。

本書の内容に対し、解説者の石黒圭は、日本語の文章を書くために必要な技術をすべて網羅しているわけではない、と言います。仮にすべて網羅しようとすると、本1冊の分量ではとても足りず、彼自身が出版した『よくわかる文章表現の技術』シリーズ全5巻のように、複数冊にならざるをえないそうです。

しかしながら、本書はとくに気をつけたい要点を、コンパクトかつ、分かりやすくまとめている点で優れていると言います。

個人的な感想としては、「この場合はこの書き方のほうが伝わりやすい」と、経験則からなんとなく使用していた文章技法について、本書を読むことで、正しい使い方を知ることができ、自信をもって使えるようになりました。また、「この書き方は邪道だと思うけど、何が悪いのかよく分からないな」と思いつつ使っていた文章表現について、悪い点が明確になりました。

1979年が初版と聞くと、「日本語の論理的な書き方がまだ確立していなかった時代の本だから、読みづらそう」と思うかもしれません。しかし、さすが文章技法を教える本だけあって、筆者の文章はどれも明瞭・簡潔で読みやすいです。

機能的な文章の書き方は学校で教えてくれない

義務教育を受けた日本人であれば誰しも、日本語の文章を書くことができます。私たちは日常生活を送る上で、自分以外の人間と会話するため、その言葉をそのまま紙面に起こしたとしても、それを「文章」と呼べます。しかしながら、読み手に伝わる、機能的な文章の書き方については、多くの学校では教えてくれません。

なぜなら第一に、進学のために小論文のような、文章を書く試験を受ける生徒が少ないからです(※)。よって教師が全体に教える内容としては、選択回答式の、一般的な試験対策に絞ったほうが効率的です。また第二に、文章の添削には教師側のコストがかかるからです。添削者視点でいうと、文章の添削より、一問一答の回答を添削するほうが、はるかに容易で時間削減になります。

※小論文の技法

仮に学校で小論文の書き方の技法を習ったとしても、それだけであらゆる文章の技法を学べるとは、個人的には思えない。

高校までの勉強では、できるだけ偏差値の高い学校に進学するための、試験対策に重きが置かれる。したがって学校で習う小論文の技法は、文章というより、どうすれば試験で高得点を取得できるかに着目した、「小論文の試験」に対する技法になるだろう。

もちろん、小論文の書き方をまったく習わないよりは、習ったほうが文章の書き方がうまくなると思う。自分が誰かに対して「この人はよい文章を書くなあ」と思うとき、小論文の試験を受けて進学した、という場合がしばしばある。

筆者の千早氏は、本文中で「『国語』はともかく、学校で『日本語』を習ったという記憶がない」と述べています。それは上記のことを示しています。

よって、機能的な文章を書けるようになりたいと思うなら、意識的な訓練が必要です。意識的な訓練とは、例えば、専門の学校に通う、執筆を生業にしている人に師事する、などです。あるいは、基礎さえ押さえしまえば、意識的にインプット、アウトプットすることで、独学でも訓練できると思います。

そして、悪文の構造』を読むことは、機能的な文章を書くための訓練の一助になると思います。

読んで「分かる」文章とは

具体的な技法内容に入る前に、「機能的な文章」の定義を明確にしておきましょう。

文章を読んで「分かる」とは、どういうことでしょうか。『悪文の構造』では、「分かる」の段階が以下3つに定義づけられています。

  • 第一段階:書かれている事実が分かる。言い換えると、文章の「伝達の働き」が機能している。
  • 第二段階:作者の意図したことが分かる。文章の「伝達の働き」に加えて、「感化の働き」が機能している。
  • 第三段階:作者の意図しなかったもの(だが潜在意識において意図したもの)が分かる。この段階になると、文学作品を真に理解するためのスタートラインに立つことになる。

『悪文の構造』では、第一段階の、「伝達の働き」が機能している文章を書くことを目指します。第一段階の文章を書けなければ、当然、第二・第三段階の文章も書けないからです。

あなたがある文章を読んで、「使われてる語彙は難しくないけれど(※)、何を言っているのかよく分からない」と思うとき、その文章は第一段階が機能していないことを意味します。つまり、文章の構造が不自然なのです。

※学術書の場合には、専門用語などが使われて、文章が難しくなっている場合もある。

読み手への伝わりやすさを意識せずに、ただ漫然と文章を書いていると、書き手は往々にしてそのような文章を生みだしてしまいます。そのため書き手は、機能的な文章構造を「知っている」だけではなく、「いつでも使える」状態になることが理想です。

それでは次章より、『悪文の構造』を読んで、自分が特に勉強になった文章技法を紹介していきます。私は小説をよく書いているので、小説執筆の観点で勉強になったことが中心です。

学び① 助詞「は」と「が」の使い分け

『悪文の構造』を読んで、最も勉強になったことは、助詞「は」と「が」の使い分けです。日本語の文章において、主語につづく助詞には、以下の通り「は」あるいは「が」を使用できます。

  • 青い
  • 青い

文章を日常的に書いている人なら、この2つの使い分けをなんとなくできていると思います。しかし、違いを人に説明しようと思うと、言葉につまるのではないでしょうか。

私自身もいままで、経験則からなんとなくこの2つを使い分けていました。具体的には、私は小説を書く際、基本的に、主人公が主語になる場合には「は」、その他の人物が主語になる場合には「が」を使用すると認識していました。

例えば、以下は「五郎爺さん」という人物が主人公の創作小説の一部です(『どんぐりを集める女の子』)。「爺さん」につづく助詞には「は」、友達の「宮司ぐうじ 」につづく助詞には「が」を使用しています。

【文章1】

その日は天気予報の通り、曇りがちで寒い日だった。昼時の客がまばらになりだすと、爺さん自らのために珈琲を注ぎ、一服した。「最近はぐっと冷え込んだねえ」という声に顔をあげると、宮司そばに来ていた。

しかしながら、同じ小説中の、以下の文章では、「宮司」に「は」を使っています。

【文章2】

宮司爺さんが小学校に通っていた頃の、同級生だった。彼も爺さんと同じく、現代科学の叡智を結集した温かい肌着を着用しているらしい。しかし外面的には神職特有の白衣スタイルを維持しなければならないため、見ているだけで寒そうだった。特に耳が寒そうである。

ゆえに、自分が認識していた、主人公だから「は」を使う、その他の人物だから「が」を使う、というルールは成立しないようです。それでは、助詞の「は」と「が」はどのように異なるのでしょうか。

結論をいうと、動作の主体や対象を表し、述語とつなぐ役割をもつ助詞は「が」です(格助詞と呼ばれる)。つまり基本的には、主語にかかる助詞は「が」なのです。

「は」は、格助詞ではなく、題目語を提示する働きをもつ助詞です。題目語とは、その文章で話題になっている対象のことです。【文章2】の例でいうと、冒頭の文章における「宮司」は、助詞「は」がつづくため題目語です。

宮司爺さんが小学校に通っていた頃の、同級生だった。

「は」によって題目語を提示すると、特段の指示がない限り、その題目語は文章の最後まで有効です。ゆえに同文章中の「同級生だった」の主語は、爺さんではなく、宮司なのです。

題目語は息が長いため、文章を越えて有効になることもあります。例えば、【文章2】の「しかし外面的には神職特有の白衣スタイルを維持しなければならないため、見ているだけで寒そうだった。特に耳が寒そうである。」という文章に、題目語は明示されていません。

しかしながら、前の文で「宮司」が題目語として提示されているため、私たちはこの文章の主題を「宮司」であると認識できます。この文章において、隠れている題目語と主語をきちんと記載すると、以下の通りです。

しかし(宮司は、)外面的には神職特有の白衣スタイルを維持しなければならないため、(爺さんが)見ているだけで(宮司は)寒そうだった。(宮司は)特に耳が寒そうである。

このように、題目語の「は」をうまく利用すると、一文ごとに主語を明示する必要がなくなるため、文章をすっきりさせることができます

動作主の明示が不足していて、誰が何をしているのかよく分からない小説は、読者に負担になります。かといって、動作主を必要以上に明示しすぎる小説も、読者にうるさいと思われてしまいます。したがって、助詞の「は」と「が」を使い分けることが、機能的な文章を書く第一歩となりそうです。

なお、私が最初にぼんやり思っていた、「主人公が主語になる場合には「は」を使用する」という認識は間違っています。しかしながら、小説においては主人公が文章の題目となることが多いため、他の登場人物と比べると、主人公に「は」を使用する頻度が高くなります。そのため100%中、10%くらいは正解にかすっていたかもしれません。

※『悪文の構造』で対象の章:第8章 「は」のイキは長い

学び② 文をつなぐ悪手の「が」

『悪文の構造』を読んで、第二に勉強になったことは、接続助詞「が」の悪い使い方です。

接続助詞「が」の用途として最も一般的なのは、逆説の意味での使用です。再び、五郎爺さんが主人公の物語から例文を取ると、以下のように使います。

【文章3】
爺さんの頭は今のところ毛髪に恵まれていた、歳を取ったせいか近年、帽子なしでは耳が寒くて仕方なかった。

この場合の「が」は、接続詞「しかしながら / けれども / にもかかわらず」と同様の意味を持ち、「毛髪に恵まれている」と「耳が寒くて仕方がない」を逆説の関係(反対の関係)で結んでいます。

読み手は、文章中に接続助詞の「が」が登場すると、基本的には、つづく文章は反対の意味であると予想します。ゆえに、逆説の用途は読み手の予想を裏切らない、よい使い方です。

接続助詞「が」の用途として悪手なのは、添加の意味での使用です。この意味での「が」は、口語の会話にて、2つの文(句)をつなぐ際に使うことが多いです。私は口語文に近いX(Twitter)の投稿で、以下のように使いがちです。

この場合の「が」は、接続詞「そして」と同様の意味を持ち、以下の2つの事柄を、同じ種類の話題として結んでいます。

  • 『千と千尋の神隠し』のハクは、人の姿にも変化できる龍である
  • 人の姿に変化できる龍の概念は、思ったより古い

この場合の「が」は、接続助詞「が」の本来の力を発揮しているとはいえません。さらには、「が」の後に逆説がつづくという、読み手の予想を裏切ることになるため、不親切で、非機能的です。以上の理由から、文語においては、接続助詞「が」の用途は、逆説に限定するのがよいでしょう。

なお、口語においては、添加の意味での「が」がうまく機能することもあります。例えば、職場での日常会話では、以下のように同僚に話しかけることがあると思います。

【文章4】

きのうは一日中暖房をつけていたんですが、エアコンだから喉が乾燥しちゃって……。加湿器を買わないとだめですかねえ。

導入:きのうは一日中暖房をつけていた
結果:(だから)喉が乾燥してしまった

この口語文において、「ですが」は接続助詞「が」の丁寧語で、「そして」と同様の、添加の意味を持っています。私たちは人と会話するとき、上記のように、<導入> + 接続助詞「が」 + <結果>の内容で文章をつくりがちです。

なぜなら、結果(オチ)まで言わないと、聞き手が反応に困ってしまうからです。だって、想像してみてください。同僚から「きのうは一日中暖房をつけていたんです」まで聞いても、「だから?」と思いませんか。「喉が乾燥しちゃったんですよ」のオチまで聞いて、やっと相手が伝えたいことを理解し、私たちは「分かります」だとか、「うちは○○社の加湿器使っていて、おすすめですよ」だとか答えられるのです。

上記の口語文において、「ですが」は「だから」にも置き換えられます。しかし、日常会話においては、論理性より親しみやすさに重きを置くのが、社会的動物であるヒトだと思います。つまり、私たちはあえて曖昧な意味での「が」を多用することで、人との円滑なコミュニケーションを図っているのかもしれません。

X(Twitter)は文章での発信ツールですが、元々のコンセプトは「日常の雑多なことをつぶやく」ですよね(いまは開発会社が迷走して、コンセプトがよく分からなくなっているが)。よって、文語調よりは口語調のほうが、その真価を発揮できるのかな、と個人的には思っています。

※『悪文の構造』で対象の章:第12章 この漠然たるものーー「が」を濫用するな

学び③ 箇条書きは小説でも使用できる

『悪文の構造』を読んで、第三に勉強になったことは、箇条書きは小説でも使用できる、ということです。

すでに紹介した通り、文章ではまずもって「伝達の働き」が機能しなければいけません。それが機能しなければ、以下の第二段階、第三段階に進めないからです。

  • 第一段階:書かれている事実が分かる。言い換えると、文章の「伝達の働き」が機能している。
  • 第二段階:作者の意図したことが分かる。文章の「伝達の働き」に加えて、「感化の働き」が機能している。
  • 第三段階:作者の意図しなかったもの(だが潜在意識において意図したもの)が分かる。この段階になると、文学作品を真に理解するためのスタートラインに立つことになる。

小説という芸術においては、読み手の情緒にうったえることが重要になります。ゆえに、あえて非機能的な文章表現にすることで、その作品に独特の雰囲気をもたせることがあります。極端な例を挙げると、文章の区切りとなる、句読点をまったく使用しない小説も存在します。

しかしながら、そのような表現が許されるのは、優れた芸術センスを保持している(と多くの人に認知されている)小説家のみです。平凡な小説家の場合、「伝達の働き」が機能しない文章を書いていては、そもそも誰からも作品を読まれません。何事も、基本がしっかりできた上で、はじめて応用ができるのです。

箇条書きは、読み手に親切で機能的な文章を書く上で、大変利便性の高い、文章の表現方法です。具体的には、同じレベル感の、複数の事柄を列挙する際には、文章でつらつら書いて説明するより、以下の通り丸ポチ「・」や数字で、書き並べると読みやすくなります。

【文章5】

  • 第一段階:書かれている事実が分かる。言い換えると、文章の「伝達の働き」が機能している。
  • 第二段階:作者の意図したことが分かる。文章の「伝達の働き」に加えて、「感化の働き」が機能している。
  • 第三段階:作者の意図しなかったもの(だが潜在意識において意図したもの)が分かる。この段階になると、文学作品を真に理解するためのスタートラインに立つことになる。

箇条書きは、複数の理由や、複数の原因を列挙するときなどに便利です。私は今まで、長編小説を書く際に、箇条書きを使いたい誘惑に何度も駆られました。そして、小説には似合わない文章表現かもしれない(※)けれど、文章の読みやすさには代えられない……と思い、しばしば使ってきました。

※箇条書きが似合うシーン

箇条書きは、論理的な伝達が肝要な文章でよく使われる。例えば、データを使用した学術論文、ビジネス資料などである。とくに、視覚性で訴えるスライド資料をつくる際には、文字はできる限り少ないほうがよい。もし多くならざるをえないのなら、せめて箇条書きなど、伝達要素を整理・分類して表現したほうがよい。

しかしながら、『悪文の構造』で引用されていた小説文章について、「一種の箇条書きの表現をすることで分かりやすくなっている」と筆者が褒めていました。それで、「小説でも箇条書きをしていいんだ」と思い安心しました。

「一種の箇条書き」とは、丸ポチ「・」や数字で列挙する書き方ではなく、「一つには」「もう一つには」と、通常の文章の体をとりながら列挙していく書き方です。例えば私は、小説内で以下のような文章を書いたことがあります。

【文章6】

<主人公>は、故郷を出た当初に目指していた、都市Aを迂回することに決めた。理由として一つには、神殿で十分な食料を確保できたからだ。より大きな理由としては、時間の経過とともに、そこへ立ち寄ることが危険になったからだ。

この文章では、都市Aを迂回する理由が、2つ挙げられています。理由としては以下2つで、「一つには」「より大きな理由としては」という言葉回しで列挙されています。

  1. すでに十分な食料を確保できたから
  2. 時間の経過とともに、そこへ立ち寄ることが危険になったから

平凡な小説書きの場合には、芸術性よりも、文章の「伝達の働き」を機能させることが、はるかに重要です。よって、箇条書きを有効に活用して、読みやすく分かりやすい文章を書くとよいでしょう。

※『悪文の構造』で対象の章:第18章 文章のリズム

学び④ リズムのある文章は読みやすい

『悪文の構造』を読んで、第四に勉強になったことは、リズムのある文章は読みやすい、ということです。

リズムのある文章とは、声に出して心地よく、覚えやすい文章のことです。具体的にどうすればよい、というルールはありませんが、詩などで使われる技法の、押韻おういん、言葉の繰り返し(リフレイン)などは、文章のリズムに一役買っています。

以下の、わらべ歌の「あんたがたどこさ」は、その好例だと思います。私は子供の頃に、歌の「さ」の部分で、バウンドさせているボールの上から脚を通す遊びをしました。

【文章7】

あんたがたどこさ
肥後さ
肥後どこさ
熊本さ
熊本どこさ
船場(せんば)さ

船場山には狸がおってさ
それを猟師が鉄砲で撃ってさ
煮てさ
焼いてさ
食ってさ
それを木の葉でちょいと隠(かぶ)せ

人類が文字という記録媒体を使用しはじめたのは、人類史においてほんの数千年前の、最近のことです。加えて文字の使用は長らく、特権階級にいる人のみしかできませんでした。例えば、西洋の中世期においては、識字能力のある人は主に、ローマ・カトリック教会の関係者に限られました(詳しくはラテン語とは – 誕生から没落までの歴史を参照)。

また、「本を読む」という行為について、暗誦あんしょう (心の中で読む)されるようになったのは、つい数百年前のことです。それまで人は本を、読誦どくしょう(声に出して読む)していました。

つまり、言葉というものは、声に出すことが基本なので、たとえ文面に書いたものだとしても、声に出して心地よい言葉が、人にとって読みやすいのです。『ゲド戦記』の作者である小説家、アーシュラ・K・ル=グウィンも、リズムのよい文体に着目して、言葉のひびきや繰り返しの重要性を述べています。詳しくは『文体の舵をとれ』という、小説指南本に書かれています。

「小説の推敲には音読が重要」という定説は、リズムのある文章が、人にとって読みやすいことに由来しているのだと思います。私自身も、リズムのある文章が好きなので、小説を書きおえたあとには音読をして、声に出して心地よいか、もっと心地よい言い回しがないかを考えています。詳しくは以下記事を参照ください。

※『悪文の構造』で対象の章:第18章 文章のリズム

学び⑤ 日本語文は非論理的というわけでもない

『悪文の構造』を読んで、第五に勉強になったことは、日本語文は非論理的というわけでもない、ということです。

『悪文の構造』の著者の千早氏は、日本語の文の特徴として、以下4点を挙げています。

  1. 述語が基本である(述語は省略できない)
  2. 主語や目的語を省略できる
  3. 語順が固定的ではない
  4. 係る語と係られる語との間は、無限に長くなる可能性がある

日本語文が、欧米語に比較して、非論理的だと思われるのは、主に2~4の特徴があるからです。しかし何事もそうであるように、弱みと思われる点は、強みにもなりえます。ゆえに、強みを有効活用すれば、ときに欧米語よりも論理的かつ、簡潔な日本語文を書くことができます

例えば、先述した題目語を提示する助詞「は」を使用すれば、複数文の主語を省略でき、文章をすっきりさせることができます。いっぽうで、欧米語の場合には主語を省略できないため、新しい文を書くたびに、いちいち「彼が」「彼女は」と書かなければなりません。また目的語についても、「彼の父に」「彼女の父に」などと、くどいくらいに所有格、「誰の」父であるかを明確にしなければなりません。

『悪文の構造』は、日本語の特徴をいかしつつ、どうやって論理的な文章を書くか、という内容に終始しています。千早氏がいうには、日本語文は、上記に挙げた3と4の特徴から、長文になればなるほど、悪文になりかねません。

もちろん、長文だとしても読みやすい、優れた文章はあります。しかしながら、文章技術が不足しているうちは、とにかく短く簡潔に書く訓練を積むことが、悪文を書かない、第一歩になるわけです。

千早氏は、文章力の向上に役立った経験の1つに、旧制中学校の「英語の」時間を挙げています。具体的には、英語文を日本語訳するときに、文の構造(主語・述語・修飾語など)を徹底分析し、日本語として論旨の通った、優れた文章にすることを、きびしく教えられたのだそうです。

個人的な経験としても、英語の勉強は、日本語文を機能的に書くために、大変役に立ったと思います。私の場合は、大学生の頃に、英語論文のライティング手法を学んだことが役立っています。

このように、母国語以外の言語を学ぶことは、母国語を客観的に見直し、他言語のよい点を取り入れるきっかけになります。したがって、他言語を学ぶ機会のある方は、しっかりと学んでおくと、日本語文を書く際にも役立つと思います。

役に立っている英語文の概念

自分が文章を書く上で、おそらく最も役立っている英語文の概念は、「ワンセンテンス・ワンメッセージ」というものです。一つの文章には、一つの意味のみ込める、という意味です。これを意識すれば、絶対に長文にはなりません。そして長文を書かないことは、千早氏の言う通り、日本語文の弱点を克服することになります。

※『悪文の構造』で対象の章:第2章 日本語文の構造

おわりに

今回は、千早耿一郎『悪文の構造』を読んで、自分が特に勉強になったことを紹介しました。

読んで「分かる」文章とは、「伝達の働き」が機能している文章のことです。基本的な、伝達の働きが機能しないことには、上位段階である、作者の意図したものが分かる・意図しなかったものが分かる、という段階に進めません。

本書を読んで、自分がとくに勉強になったことは、以下の通りです。

  1. 主語につづく助詞「は」は題目語を提示する。有効に使うと文章がすっきりする
  2. 接続助詞の「が」を文語で使用する際には、逆説に限定するのがよい
  3. 箇条書きは小説でも使用できる
  4. リズムのある文章は読みやすい
  5. 日本語文は非論理的というわけでもない

読む人によって、学べることが異なると思うので、気になる方はぜひ原本を読んでみてくださいね。

以上、お読みいただきありがとうございました!

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