読書会

涼しげな小説/エッセイ -9月読書会

はじめに

2024/9/14(土)に12回目の読書会を開催しました。今回は、紹介型の読書会で、テーマに沿った本を皆さんに持ち寄っていただきました。

テーマは、暑い夏を乗り越えるための、「涼しげな小説・エッセイ」です。テーマを決めたのが7月末だったため、「今年は9月が暦通り秋っぽかったらどうしよう…」という思いもありました。しかし実際に9月になってみると、予想通り、まだまだ暑い日々ですね。

たくさんの涼しげな本が集まったため、記事をお読みになる皆さんも、ぜひ参考にしてください!

  • 読書会はTwitter上で参加者を募り、オンラインで開催しています。
  • 今回参加いただいた方は2名でした。

紹介された本

ヴァージニア・ウルフ『波』

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いわずと知れたイギリスの小説家、ヴァージニア・ウルフです。紹介者さんは、角川文庫から出版された版を読まれたとのこと。2021年に早川書房から、45年ぶりの新訳が出版されたため、ここ数年の読書アカウント界隈で、よく見かける小説です。

ヴァージニア・ウルフは、「意識の流れ」に代表される、実験的な小説を書く作家として有名です。なかでも『波』は、最も実験的な小説だといわれています。

『波』は、ある海辺の日の出から日没までを舞台に語られます。6人の人物の独白で構成され、読み進めていくとだんだん、現在の語り手が誰だか分からなくなってゆき、その重なりが読者に波のような印象を与えます。文章自体も、みずみずしく綺麗で、波を想起させます。小説というよりは、詩のようだと、紹介者さんは言います。

「『波』の新訳がでたということは、売れることが見込まれたのか」という話題で、「実験的なので、売れるかどうかというと難しいだろう」という意見があり笑ってしまいました。どんな芸術もそうですが、売れるのは王道で分かりやすい作品です。ウルフの小説は、たとえていうなら、王道に物足りなくなった人向けの、奇抜な現代アートのようなものでしょう。

「意識の流れ」の表現者としては、ウルフよりも、イギリス人から国民的支持を得ている『ユリシーズ』を書いた、ジェイムズ・ジョイスのほうが卓越しています。また紹介者さんは「意識の流れ」を書いた小説として、ヘルマン・ブロッホの『ウェルギリウスの死』がお気に入りだそうです。

『ウェルギリウスの死』は1977年の出版を最後に、絶版が続いていました。しかし今年の5月に、「あいんしゅりっと」さんから復刊されました! 調べてみると、今年にお一人で立ち上げた出版社のようで、海外文学好きとして応援したいです。さっそく『ウェルギリウスの死』の上下巻を購入しました。表紙絵も素敵ですね。

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【sousouのコメント】
ウルフ作品は『灯台へ』のみ読んだことがあります。いちばん驚いたのは、小説の語り手が「章」どころか、「段落」すら無視して次々と変わっていくことです。そのような書き方は、読者の混乱を招くため、通常は多くの作家が避けます。しかしあえてそのような書き方を採用することで、ウルフは従来の小説にはない表現をつくりあげたのでした。

ウルフは「このくらいの匙加減なら、私の読者は離脱しないはずだ」と信じていることになるので、その意味では「読者を信頼している」とも言えます。

『灯台へ』は今月末に新潮社から新版がでます。表紙もかわいらしく、すでに岩波文庫版をもっている人も、欲しくなるデザインだと思いました。

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江國香織『すいかの匂い』

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『すいかの匂い』は、夏に関する食べ物や遊びが登場する短編集です。

さまざまな食べ物のなかでも、紹介者さんは「水の輪」と呼ばれる、ようかんの描写が気に入ったそうです。水ようかんの上に、刻んだレモンがまぶしてあるお菓子で、想像するだけで涼しげな気分になります。

作中では、日本の伝統的な夏の遊びも登場します。ビー玉遊び、おはじき遊びなどです。そのビー玉・おはじきを弾く音や、透き通った涼しげな色の描写も、またよいそうです。

現代の日本の夏は、暑くなりすぎてしまいましたが、この物語を読んでいると、ひと昔まえの、少し涼しい日本の夏が想起されます。夕方に風鈴の音を聞きながら、畳の間でうちわをパタパタする、といった風流な夏です。

現代の子供の遊びといえば、もっぱらゲームになってしまいましたが、家族みんなでおはじきやビー玉といった、伝統的な遊びをするのも楽しいですね。私は群馬県の祖父母の家で、お正月によくカルタ遊びをしました。

使った札は、知る人ぞ知る、群馬の歴史文化などを読んだ郷土かるた、「上毛じょうもうかるた」です(初版1947年発行)。「つ」の札は今でも覚えていて、「つる舞う形の群馬県」という歌です。(地図上で群馬県を見ると、鶴が羽を広げた形に見えることから)

子供にしてみれば、ゲームのほうが楽しいですが(子供はあずかり知らぬことだが、ゲームはゲーム会社によって半中毒になるよう設計されているのだ)、多感な子供の時期に伝統文化に触れる機会をもっておくと、大人になってからの人生がより豊かになると思います。

例えば私は、小学生のときの書道の授業について、準備や片づけが大変で、あまり好きではありませんでした(気づかないうちに服が墨汁で汚れているし…)。しかし今では、日本人が古くからどのようにして文書を書いてきたかを知れるよい機会だった、と思っています。書道をやったことがない人にしてみれば、なぜ日本語が縦文字で発展したのかを、想像できないにちがいありません。(ひらがなは縦に書いて書きやすいような形になっている)

参加者のお一人が、今年の夏に甥と遊んだときに、クワガタを捕まえるため奮闘したそうです。しかしクワガタがどこにもいなかったため、購入することになったとのことでした。昔は、そのへんにある田舎の樹を叩けば、クワガタがたくさん落ちてきたそうですが、今はいなくなってしまいました。地球温暖化の影響が、このようなところにも表れているのかもしれません。

【sousouのコメント】
江國香織さんの本は読んだことがなかったので、この機会に知れて新鮮でした。内容を聴いているだけで涼しい気持ちになりました。

改めて考えてみると、日本の伝統文化には、じめじめした夏を乗り切るための工夫がたくさんあります。例えば、風鈴は、耳で聞いて涼しさを感じるためのものですし、金魚鉢は、目で見て涼しさを感じるためのものです。来年の夏は、そうした伝統的な工夫を、暮らしに取り入れてみたいと思いました。

ちなみに、ビー玉遊びをしたことがあるか? という話題で、「ビーダマン」が出てきて、懐かしくなりました(笑)。少し情緒には欠けますが、ビーダマンもいろんな意味で日本らしい遊びですよね。また、小学校の授業で、日本の伝統的な遊びを体験した、という方もいて、そういえば私の通った小学校にもあったな、と思い、そのような授業の重要性を改めて感じました。

パオロ・コニェッティ『フォンターネ』

こちらは私が紹介したエッセイです。作者のコニェッティは、『帰れない山』というアルプスを舞台にした小説で、イタリア文学最高峰の「ストレーガ賞」や、フランスで最も権威ある文学賞「メディシス賞」の外国小説部門を受賞しています。

メディシス賞では、過去にウンベルト・エーコ『薔薇の名前』、アントニオ・タブッキ『インド夜想曲』、オルハン・パムク『雪』などが外国小説部門を受賞しています。『帰れない山』は、それらの名だたる小説に劣らない評価をされているということです。そのため、コニェッティがいま世界から期待されている作家であることが分かります。個人的にも、新作を追いかけているお気に入りの小説家の一人です。

紹介した本の題名『フォンターネ』は、「泉」を意味する村の名前です。すでに小説家として活動していたコニェッティは30歳のとき、スランプに陥っていました。そこで、少年期から親しんでいたアルプスの山にこもって、執筆のための力を養うことにしました。滞在する場所として「フォンターネ」を選んだのは偶然ですが、再びインスピレーションを得るために、という点で「泉」という名前はぴったりでした。

じつはコニェッティは、山小屋に籠る前までは、イタリアの都会を舞台にした小説を書いていました。ところが山小屋で半年過ごしたことで、山を舞台にした小説が書きたくなりました。そうして執筆した小説が『帰れない山』で、結果的に大ヒットしたというわけです。『帰れない山』は映画化もされています。アマゾンプライムでもレンタルできるようになっているので、気になる方はぜひ観てみてください。

『フォンターネ』では、野生動物に囲まれた自然のなかで、あえて作者が苦手である孤独を受け入れ、己の精神をみがく様子が書かれています。作者は頻繁に、アメリカの古典エッセイである、ソロー『森の生活』を引用しています。そのため、ソローのように、無駄なものを排除した環境で、昔ながらの素朴な生活をしたかったことがうかがえます。

山小屋での暮らしは、ときに雪が降ることもあり、静かで涼しげです。

山暮らしに関連して、「山登りをしたことがあるか?」という話題になりました。参加者のお一人は、奈良県の二上山や、若草山に登ったことがあるそうです。例えば二上山は、大和王朝の時代から信仰されている、文化的にも重要な山です。山がある葛城市の「葛城」という名前は、大和王朝の豪族に由来しており、とんでもなく長い歴史のあることがうかがえます。ちなみに、法隆寺に使われている石は、二上山からとった石だそうです。

日本にある山の一つ一つは、どんな山でも多かれ少なかれ地元民から信仰されているものですが、信仰文化を知るという目的で、古くから信仰されている山に登るのは、とても楽しそうだなと思いました。

アンナ・カヴァン『氷』

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アンナ・カヴァンは、『変身』で知られるフランツ・カフカの影響を受けた、不条理小説(※)を書く作家です。『氷』は雪国のヨーロッパ、ただし核戦争で気候が変動してしまい、氷に閉ざされたヨーロッパが舞台です。

※不合理で、常識に反した小説。例えば、「ある朝、グレゴール・ザムザが不安な夢からふと目覚めると、自室のベッドの上で、自分がとてつもなく大きな毒虫になっていることに気づいた」。

主人公の男性は、嫌がる少女の手を取って逃避行を続けます。情景描写が寒いだけでなく、少女の主人公に対する態度も冷たく、二重の意味で「氷」を感じられる物語になっています。書き方が斬新で、あまり類が見られない作風だそうです。川上未映子が『氷』を好きな小説として挙げています。

アンナ・カヴァンについては、『アサイラム・ピース』という短編集も面白いとのことです。

ローベルト・ゼーターラー『ある一生』

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こちらは私が紹介した本です。『フォンターネ』と同様に、アルプスの山で暮らす男が主人公の物語です。ただし、イタリア人ではなくドイツ人の主人公です。そう考えると、アルプス山脈というのは、ヨーロッパの複数の国にまたがっており、西洋人にとって「山」というと、アルプス山脈なのかもしれません。ある意味では日本人にとっての、富士山のようなものかもしれません。

ドイツ人である主人公は、第二次世界大戦でロシアの捕虜になり、7年間、極寒のシベリアで労働をさせられます。しかし彼にとってはそれが、人生で最も辛い出来事には当てはまらないのです。辛く厳しい人生を粛々と生きていく主人公の様子には、心打たれます。

マーセル・セロー『極北』​

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村上春樹が翻訳した小説です。先に紹介したアンナ・カヴァンと同様に、核戦争か何かで荒廃した現実世界(アラスカからシベリアまで)を舞台にしています。マーセル・セローは、環境問題に関心がある作家で、作中にチェルノブイリ原発事故のことが出てきます。

物語の主人公は、馬で雪上を移動します。血みどろなサバイバルが行われる展開で、主人公がタフでかっこいいそうです。予備知識がなくても楽しめる小説です。涼しげというより寒い小説ですが、冬に読んでも楽しめます。

ギュスターヴ・ル・クレジオ『海を見たことがなかった少年』

主人公が子供で、文体がみずみずしく、楽しげな物語です。南仏のニースは作者の出身地でもあるので、自分が少年だった頃のことを反映させて書いたのかもしれません。

ギュスターヴ・ル・クレジオは多作なうえに、さまざまなジャンルを書く作家です。作者はまだ存命で、2008年に、ノーベル文学賞を受賞しています。ヨーロッパ文明への批判的な視点と詩的な文章が評価されました。

じつは歴代のノーベル賞のなかで、最も多くの文学賞を受賞している国は、フランス(18)です。ついでアメリカ(13)、イギリス(11)、ドイツ(10)となっています。日本はたったの2回で、よい文学作品がたくさんあるにもかかわらず、少ないですよねえ、という話になりました。

ノーベル文学賞は1900年代から始まったため、最初は西洋諸国のみしか対象にしていなかったはずで、歴代で考えると西洋諸国が多いのは当然です。さらにノーベル文学賞は、その作家が存命の間しか受賞できないので、過去にどんな偉大な作家が存在しようと、いま現時点で素晴らしい文学をつくれる作家がいないと意味ないのです。(あと、そもそも本が英語に翻訳されないと、誰も読んでくれない)

歴代受賞者の国籍を見ると、中国にいたっては1、韓国にいたってはゼロです。しかし中国でも韓国でも近年はよい文学がたくさん生まれているので、今後は両国の受賞者が増えていくことでしょう。

おわりに

今回は、涼しげな本をテーマに読書会を開催しました。

あつまった本には、涼しげ要素として、海、夏の食べ物、標高の高い山、雪、氷などが含まれていました。感情的な要素として、「態度が冷たい」が出てきたのは意外で、面白かったです。皆さんも涼しげな本を読んで、残暑を乗り切りましょう。

次回10月の読書会は、安部公房『けものたちは故郷をめざす』が課題本です。戦争が終わり、満州から引き上げる日本人の様子を書いた物語で、極限の精神状態の人間を「けもの」と表現しているらしいです。安倍公房は少年期を満州で過ごしていたため、そのときの経験が反映されていると思われます。

参加枠にはまだ空きがありますので、参加希望の方は連絡ください(FFさん限定ですm(_ _)m)。会の後には、いつも今回のような記録をブログに公開しています。課題本が気になる方は、10月までにぜひ読んでみてください。記事とあわせて読むと、学びが深まると思います。

それではまた!

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