こんな冒険小説を読みたかった!トンケ・ドラフト『王への手紙』レビュー

手紙と羽ペン
目次

はじめに

ファンタジー、そして冒険好きの皆さん。朗報です!世に貴重なファンタジー文学を探して三千里、これは!!と思う小説に最近出会いました。岩波少年文庫から出版されている、トンケ・ドラフトの『王への手紙』です。

岩波少年文庫!子供向けだと舐めていてすみません、今まで全く視野にありませんでした。しかしよく考えてみると、岩波少年文庫からはトールキンの『ホビットの冒険』やミヒャエル・エンデの『はてしない物語』といった、大人でも読む有名作品が出版されており、決して子供だけを対象とした作品を扱っているわけではないと気づきました。

岩波少年文庫は古今東西の名作を子供に届けることをコンセプトとしています。個人的な印象では、名作のなかでも比較的内容が容易で、かつ子供の教育によいと思われる内容の小説が出版されているように思えます。例えば、1950年の創刊当初には、ディケンズの『クリスマス・キャロル』が出版されています。これは万人同意で、大人や子供といったくくりは関係なく、誰もの心が温まる名作に違いありません。私も大好きな物語で、村岡花子訳の新潮文庫から出版されている本を持っています。

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つまり、岩波少年文庫は子供でも理解できる名作を出版しているわけであって、決して子供だけが対象の物語を出版しているわけではないのです。というわけで、岩波少年文庫出版だからといって、子供向けだと思わないで!トンケ・ドラフトの『王への手紙』は、きっと皆さん(私のブログを読んでくださるような方)に気に入っていただける物語です。

今回は、重要なネタバレはなしで、『王への手紙』のお気に入りポイントを2点、綴ろうと思います。

なお、今までに紹介したオススメのファンタジー冒険小説については、以下の記事も参照してください。

本との出会い

『王への手紙』は山の学校様のツイートから知りました。以前わたしが大好きなファージョンの『リンゴ畑のマーティン・ピピン』の紹介をされていて、良い本を授業で扱っていらっしゃるなと思いました。それ以降、山の学校様が紹介されている本なら面白いにちがいない……と思うようになり、『王への手紙』を購入してみようと思いました。良い本に出会わせてくださりありがとうございます。

物語のあらすじ

主人公のティウリは、騎士叙任式を明日に控えた16歳の少年です。高名な騎士を父として持つ彼は、騎士になるために厳しい見習期間を経てきました。そして騎士になるためにしなければならない最後の試練が、叙任式の前日に、町の外にある礼拝堂で、一晩中寝ずに祈ることでした。朝が来るまでの間、叙任式を控えた見習たちは、礼拝堂の外に外に出てはならず、また一言も口をきいてはなりません。それを破れば、騎士になることができません。

ところが、そうして最後の試練に務めているティウリたちの耳に、礼拝堂の扉を叩く音が届きました。「神の御名において、ドアを開けよ!」と差し迫った声がします。ティウリは悩みますが、声を無視する仲間を横目に、一人扉に近づき、外に出ました。そこには修道服に身を包んだ男が立っていました。男は切羽詰まった様子で、重要な手紙をある騎士に届けてほしいとティウリに頼みます。そして、騎士がいる場所までは馬で3時間もかからない距離だから、急いで戻ってくれば、明け方の騎士叙任式の迎えにも間に合うと請け合います。ティウリは、助けを求める男を放っておけず、男の要請に従うことにします。それがとんでもない冒険のはじまりになることも知らずに……。

山で危険に陥ったときの歌

ティウリは騎士叙任式の前の晩に受け取った手紙を、彼が住むダホナウト王国の東の国、ウナーヴェン王国の国王に届けることになりました。ウナーヴェン王国へ行く最も簡単な方法は街道を進むことでしたが、ティウリはそのときすでに、敵(手紙を国王に届けられてほしくない輩)に手紙と自分の命が狙われていることに気づいていました。そこで彼は、敵に簡単には見つからないように、二つの国を分かつ大山脈を越えてウナーヴェン王国へ行く道を選びます。

大山脈には、山脈を通る道に詳しい、騎士たちからの信頼も厚い隠者メナウレスが住んでいます。メナウレスは歳を取りすぎ、自分の足でティウリを案内することはもはやできないからと、山で生まれ育った少年ピアックを紹介します。そして、ティウリにピアックの案内に従って山を越えるようにと言います。

ピアックはティウリより2歳ほど年下の少年で、陽気で明るく、歌をうたうことが好きです。いまだ山から出て平地へ行ったことはありませんが、騎士に憧れていて、ティウリが騎士の見習であることを明かすと、将来は彼の盾持ち(騎士の身の回りの世話をする者)になりたいと言います。

山超えは順調と思えましたが、一番の難所である七つの岩棚に差し掛かったところで、雪がふぶき、あたりが暗くなりはじめます。そこでピアックはこれ以上進むのは危険だと判断し、二人はその場から一番行きやすい洞穴へ避難します。その洞穴は深くはなく、かろうじて二人が並んで座り、風を避けられる程度の大きさです。そしてピアックはティウリに、体温が下がりすぎるから眠ってはならないと忠告します。そのため二人はその夜の間、眠らないようにありとあらゆることをしました。

夜は長かった。二人はときどき立ちあがって、洞穴の外の岩棚を、用心して行ったり来たりしたが、寒くて、すぐにまた洞穴へもどった。体を起こしてすわり、ドシドシ足踏みしてみたり、相手の手をこすりあったりした。

たがいに、いろいろなことを語りあった。

ティウリは、森やミストリナウト城での冒険について話した。(中略)

ピアックは、生まれた村々のことや、山や、隠者メナウレスさまのことについて話した。そして、知っている歌をすべてうたった。

トンケ・ドラフト『王への手紙 (上)』西村由美訳、387-388頁。

この部分で私が良いと思った描写の一つは、歌をうたうことです。このような危機に陥った状況での歌は、人を精神的に元気づけてくれます。永遠に続くかと思われる長い夜を、黙して過ごしていては、余計な不安がもちあがり、辛くなる一方です。それを分かっているからこそ、ピアックは自分が知っている歌を全てうたいつくしてしまうほど多くの歌をうたったのでしょう。

そしてもう一点この部分で良いと思った描写は、二人が本音での会話を重ねることによって、親しくなることです。人には誰しも、外向けの顔と内輪向けの顔があると思います。あまり親しくない人には外向けの顔を使い、家族や友人など親しい人には、内輪向けの飾らない顔を使います。そして、外向けの態度が内輪向けの態度になるのは、その人にどれだけ自分のありのままの姿を教えるか、という程度に比例していると思います(※)。

※自分の生い立ち・経験などを相手に伝えることを、心理学用語で「自己開示」といいます。自分と相手の自己開示の程度が大きければ大きいほど、一般的には親しくなるようです。気になる方は「ジョハリの窓」で検索してみてください。

ティウリとピアックは出会ったばかりで、この場面に至るまでは親しい関係ではありませんでした。しかし、この苦難の夜を境に、二人の心の距離がぐっと縮まります。それは、眠れない長い夜の間、互いに自分のことを教え合い、本音で語らったからです。というより、生きるか死ぬかの状況なので、自分を取り繕う精神的な余裕もなく、本音で語らざるをえなかったといえるかもしれません。それが結果的に、二人が親しくなるきっかけとなったのです。

辛いことを一緒に乗り越えた仲間とは親しくなる、というのは一般的に知られたことかと思いますが、私は似たような事例として、湯船に一緒に浸かった仲間とは親しくなる、も挙げたいです。今でもよく覚えているのですが、学生時代に、サークル仲間と一緒に温泉へ行ったことがありました。一緒に湯船に浸かった子は、それまであまり話す機会がなかった子だったのですが、温泉に入ると互いにリラックスしているので、本音の話がぽろぽろと出てきます。それ以降、私はその子に以前よりずっと親しみを覚えるようになりました。

ようは、辛い状況も風呂に入っている状況も、ありのままの自分が出てしまうという状況なのだと思います。ありのままの自分が出ると、相手もありのままの自分を出してくれるので、互いに仲良くなれます。そう考えると、古代ローマ時代の公衆浴場でのコミュニケーションというのは、共同体に非常に良い効果をもたらしたと考えられます。

少し話がそれてしまいましたが、これらの山なかでピアックがうたう歌と、二人の語りあいの話が、私が『王への手紙』で気にいった第一の点です。

お金をめぐる話

山を越えたティウリとピアックは、ウナーヴェン王国の主要な町の一つである、ダングリアに着きます。そこは近年、治安が悪いようで、ティウリは見知らぬ老人に次の通り注意されます。「あんたたち、よそ者だね。気をつけなさい!ここにはすりがいる。財布から手を離さぬこと。ここは、昔のダングリアではない」。

そのうち、町なかでティウリはピアックと離れ離れになってしまいます。敵に追われている状況下で、再びこの老人(名前はイルヴェン)が現れ、ティウリを助けてくれます。そして服装を変えたほうが敵の目をあざむけるだろうと、ティウリを衣類を売っている屋台に連れてきます。ティウリがかばんの中をひっかきまわし、硬貨を何枚か取り出すと、「多すぎないように!」と老人が注意します。そして「さあ、この銀貨。上着一枚には、これでじゅうぶんだ」と言って、銀貨と引き換えにティウリの新しい上着を手に入れます。

この場面から分かることは、この物語の世界観では、銀貨一枚と市民用の上着一着がほぼ同等の価値であるということと、ティウリは銀貨以上のお金をたんまり持っているらしいということです。それもそのはず、ティウリは高名な騎士の息子である……つまり貴族なのです。騎士叙任式の前の晩に、礼拝堂から着の身着のまま冒険をはじめたにもかかわらず、充分なお金を持っているのです。

この場面の対比として面白いのが、ピアックの持ち金です。ティウリはピアックと無事再会することができたので、先を急ごうと、宿に食事代を払おうとします。しかし、お金を盗まれたことに気づきます。

ティウリは、ベルトに下げた小さなかばんをさぐって、ぎょっと驚いた。お金がない!

「あれ、ばかな!やっぱり、すりに注意していなかったな!」イルヴェンが言った。

(中略)

「ほんとうに困ったことになった。ピアック、お金を持っていない?」ティウリがきいた。

「銅貨が一枚。」ピアックが答えた。

トンケ・ドラフト『王への手紙 (下)』西村由美訳、102頁。

銅貨一枚!!!ピアックはたったそれだけのお金しか持ち歩かず、今まで旅してきたのです。これもティウリの場合と同じく、説得力があります。なぜなら、ピアックは山から一歩も外に出たことがなかった少年で、いつもは隠者と共に山小屋で暮らしているのです。町へ出かけることすらないピアックが、お金を持っているはずがありません。

そして、一文なしになってしまった(正確にはピアックの銅貨一枚だけの)二人の状況が、この後の展開に生きてきます。ダングリアを後にした二人は、ウナーヴェン王国の首都に行くために、「虹の川」という名前の川を渡る必要がありました。その川には立派な石の橋がかかっており、なんと、そこを通るには金貨三枚のお金が必要なのです!銀貨一枚が上着一着の世界観で、通行料に金貨三枚って高すぎでは……と思うのは読者だけではなく、ティウリもピアックも不満たらたらです。

少しここで前近代における通行料の話をしましょう。現代では橋は国が管理しており、国民の税金から建設や維持を行います。しかし、そのような仕組みができる前は、橋というのは、橋が存在する地域の領主が管理しているものでした。橋を建設するには、莫大な費用がかかります。そのため領主クラスのお金持ちではないと橋は建てられません。橋を建設した領主は、橋の建設・維持費を回収するため、橋を利用する人びとからお金を取ることが普通でした(※)。橋を通る人から都度徴収すれば、その地域に住んでいない旅人からも徴収できるので、徴収の仕方としては平等ですよね。

※橋については、西洋におけるアジール(例)の「渡し場」も参照。

では、お金を払ってまで人びとは橋を使いたかったのでしょうか。それが、使いたかったのです。川は非常に危険であり、生身で渡るとしたら流れが遅い、浅瀬を探して渡るしかありません。しかし川に流される危険というのは常に存在し、だからこそ前近代では川が恐れられ、川の精霊に供物を与えるなどの儀式が行われました。

川を渡るもう一つの方法に、舟で渡る方法があります。これは生身で渡るより安全であり、西洋の中世期には「渡し守」という小舟で人びとを対岸に運ぶことを職業とする人がいました。渡し守に運んでもらう場合も、手間賃としてお金は払わなくてはなりません。しかし、渡し守をはじめるための初期費用は小舟制作費くらいなので、おそらく領主が建てた橋を渡るよりは、渡し守に運んでもらったほうが安く済んだはずです。

そして、ティウリもその方法に思い至ります。ボートが手に入れば渡れるだろうと。しかし、ボートで渡るにせよ、泳いで渡るにせよ、虹の川を渡る者は金貨三枚を払わなければならない、と衛兵は言うのです!不条理……にも思えますが、よく考えるとお金を払いたくないために泳いで渡ろうとする人が増えれば、橋を建てた意味がないので、まあそうなるのでしょうか。そして衛兵はティウリたちの命の心配もしています。虹の川の流れは見た目よりずっと急で、通行料を払いたくないために、泳いで渡ろうとした人で生きたまま対岸に辿りついた者は誰もいない、と衛兵は言います。

ちなみに、衛兵が言うには金貨三枚を払えない人は、領主の農地で三週間労働すれば、金貨三枚をもらえるとのことです。そのため、領主は貧乏人に対し不公平なわけではありません。しかし先を急いでいるティウリたちは三週間も足止めを食らうわけにはいかず、さてどうするか?となります。

物語におけるお金の話は、ユーモアがあり、また騎士が存在した時代の風習に沿って設定されているため、よく考えられていて、非常に好感が持てます。この点が私が『王への手紙』で気にいった第二の点でした。

おわりに

今回はドンケ・トラフト『王への手紙』で気にいった点を2つ紹介しました。

次にどうなるんだろう?とわくわくしながら頁をめくる小説は、冒険小説ならではです。トールキンの『指輪物語』を読んだときにこの感覚を味わいましたが、『王への手紙』も同じくらいわくわくする物語です。冒険好きな人にはぜひ!読んでいただきたい小説です。

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主人公ティウリの冒険譚は、続編があるようで、『白い盾の少年騎士』として、岩波少年文庫から出版されています。その他にも、トンケ・ドラフトの物語はたくさんあるので、それらも読んでみたいと思います。

余談ですが、表紙の絵や挿絵は、トンケ・ドラフト自身が描いているそうで、びっくりしました。作家になる前は、美術教師をしていたそうです。素敵な絵ですよね。

以上、ドンケ・トラフト『王への手紙』の紹介でした。

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