西洋中世期における旅する商人

国民的RPGゲーム『ドラゴンクエスト4』には、武器商人のトルネコが登場します。妻と幼い息子と暮らす、中年の太ったおじさんで、世界を救うにはちょっと頼りない……と言ったらかわいそうですが、「英雄」というタイプではありません。なぜ彼のようなキャラクターが、(かっこいい勇者が好きな)子供たちがプレイするゲームにでてくるのでしょう。

じつは西洋の中世期において、商人は勇者に引けを取らない、熟練の旅人でした。商売の旅では、盗賊や狼に襲われる危険があり、財産を一挙に失うことも少なくありませんでした。その危険を顧みずに、新天地を求める冒険者が、中世期の商人なのです。

今回はそんな、中世ヨーロッパの商人について紹介します。

目次

遍歴商人と定住商人

トウモロコシとワインの市場。The Hague, MMW, 10 A 11 fol. 253v Book 5, 15(参照元:https://manuscripts.kb.nl/)15世紀後半。

中世期の商人は主に、①遍歴商人、②定住商人の2種類に分けられます。

遍歴商人とは、都市から都市へ、市場から市場へ商品を運び、常に移動しながら商売する人のことです。定住商人とは、都市に自分の店を構えて、そこで商品を売る人のことです。

基本的に、世界中どこの地域を見ても、歴史上でまず登場するのは、遍歴商人です。シルクロードを旅する商人は、遍歴商人をイメージする上で最も分かりやすい例です。

つまり、古典的な商人は、普通の人が嫌がる「旅」という危険をおかすことで、その分のコストを商品に上乗せして利益を得ました。商品を買う人からすると、死の危険をおかさずに、遠方でしか手に入らない、珍しいものを買えるメリットがあります。

シルクロードを運ばれてきたモノは、はるか東方の日本にまで伝来しています。例えば、正倉院の宝物のなかには、ササン朝ペルシアでつくられた、ガラスの器が存在します。それは飛鳥時代から奈良時代にかけて、遣唐使によって持ち込まれたものでした。

重要文化財の白瑠璃埦。ササンガラスの器である。参照:https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/574443

西洋においても、13世紀後半まで多数を占めていたのは、遍歴商人でした。しかし時代が近世へと移行するにつれて、定住商人が増えていきます。

定住商人の主な仕事は、自分の店にて、手紙で支店に指示を出したり、顧客に連絡したりすることです。それは現代でいうと、メールを書いて部下や顧客とやりとりする、オフィス仕事に似ています。

つまり定住での商売は、現代におけるオフィス仕事の原型なのです。そのため、定住商人の識字能力は必須でした。

中世期の長い間、識字能力はローマ・カトリック教会の聖職者の特権でした。しかし12世紀以降に、商人を含めて、文字を読み書きする市民が出てきます。このあたりについては、ラテン語とは – 誕生から没落までの歴史を参照してください。

また、遍歴商人が旅の途中で泊まっていた場所について、西洋中世期における宿屋を参照ください。

遍歴商人が多かった理由

インドへ向かうマルコ・ポーロの隊商
インドへ向かうマルコ・ポーロの隊商。”Runners of the seas”, Pepper of Arvorより、1375 年。

それではなぜ、13世紀後半までは、遍歴商人が多かったのでしょうか。それは当時の社会においては、物を移動させるよりも、物がある場所に人が移動するほうが、楽だったからです。

交通網や商品・貨幣経済の発展が不十分な初期中世の「半遊牧民社会」では、物資を移動するよりも、物資が生産もしくは貯蔵されている地点に人が移動する方が容易であった。

関哲行『旅する人びと (ヨーロッパの中世 4)』、岩波書店、2009年、199頁。

当時は保険や為替手形などの、商売技術が発展していませんでした。信頼に足る制度がない時代には、自ら現地に赴き、仕入れ、売ったほうが安心です。

中世期には、現代のような司法制度も行き届いていません。したがって商人は、他人に裏切られたすえ、破産したり死去したりするリスクも高かったのです。

そうなれば当然、旅の道中では、自分の身や、運んでいる商品を、自分で守ることが必要です。遍歴商人はしばしば武装し、仲間と隊商を組んでいました。冒頭で紹介したトルネコも、闘う商人なのです。

商人に対する社会の矛盾した態度

「ユダヤ人の帽子」をかぶった男。中世のHebrew calendarより。西洋中世期の一部の地域では、ユダヤ人に黄色の帽子をかぶることを義務づけていた。

商人という存在に対する、社会の態度は完全に矛盾していました1。ユダヤ商人が好例ですが、利潤を求める者は、キリスト教徒が大半だった中世ヨーロッパの社会では、卑しいと考えられていました。

また神学者らは次の言葉を喚起させるのが好きである――「商売稼業は神のお気に召さない」。キリスト教社会の一神父によれば、実際、売り買いの関係に罪が忍びこまないはずがない。商売はほとんどつねに神学者から「不正」と「不純」と見なされた職業のリストに挙げられた。

ジャック・ル・ゴフ『中世の人間―ヨーロッパ人の精神構造と創造力』鎌田博夫訳、法政大学出版、1999年、228頁。

加えて、中世期という身分制社会においては、「本質的な価値は、貴族出身であること、そして騎士的勇気があること」2でした。いくら裕福になって財産を蓄えたとしても、商人は商人です。生来の平民であり、決して貴族にはなれません。

価値ある身分がないのにもかかわらず、財産が多い商人は、(生意気だといった感情から)貴族からの反感を買うことが多々ありました。

メディチ家が所有する銀行の内観。様々な商人が利用者として訪れている。15世紀の版画。

一方で、利潤を追求しなければ、人間が生活できないのも事実です。例えば、教会が存続するためには、財産をもった商人からの寄付金が必要です。また一般市民も、自分の利益を最優先に考えなければ、明日がありませんでした。つまり、社会の存続のためには、商売という行為が不可欠でした。気に入らない存在だけれど、いなければ困る、そのような存在が商人でした。

また、文学の1ジャンルであるファブリオー(※)には、遍歴商人が頻繁に主人公として登場します。この文学では、遍歴商人の短所(利潤追求)だけでなく、長所についても強調されました。そこでは例えば、長所として、「商才、エネルギー、大胆さ、危険な冒険の趣味」3が挙げられました。

つまり一部の人からは、商人は安住の地で快楽にふける金持ちとは異なり、放浪と流浪の人生を送る、冒険者だと認識されていました。このことから、商人は常に嫌われ役とは限らなかったことが分かります。

なお、近世期になると、貴族が弱体化し、ますます商人が力を持ちます。その背景については、中世ヨーロッパはいつからいつまで? 特徴も解説で説明しています。

市場のようす。Illumination from Le Chevalier Errant by Thomas III de Saluces, Paris, c.1400-05

現代の遍歴商人-富山の薬売り

「富山の薬売り」のフリーイラスト。

最後に、商人に関連する、面白い話を紹介したいと思います。先日、つい最近まで日本にも遍歴商人がいたことを知りました。

「富山の薬売り」という遍歴商人をご存知でしょうか。母が教えてくれたのですが、高校生がよく使う山川出版の用語辞典で調べても、関連用語がでてこなかったので、おそらく日本史の授業では習わないのでしょう。「富山の薬売り」とは、富山蕃または富山県の売薬集団のことを指します。

「富山の薬売り」が昔よく従妹の旅館に泊まっていた、と母は語りました。彼らは薬を携えて、バイクで全国各地の家を訪ねていたそうです。各家庭はよく使う薬一式を受けとり、薬売りが再び訪れた際に、使った分だけ代金を後払いしていました。彼らは薬を届けるついでに、子供たちに紙風船、時代がくだるとゴム風船をくれました。わたしも祖父母の家で、紙風船やゴム風船で遊んだ記憶があります。

「富山の薬売り」の歴史は江戸時代に遡り、当時は徒歩や馬で各地を回っていたと思われます。また、富山から見て海を隔てた県の出身である父に尋ねても、同じく子供の頃に「富山の薬売り」が来ていたと言っていました。つまり彼らは船も使い、海を渡って商売をしていたということです。

「富山の薬売り」はまさしく、危険を顧みない冒険者としての商人であると思いました。私は富山の薬売りの薬箱を見たことがなかったのですが、先日、山奥へアマゴ釣りに行ったとき、そこのいけすを管理している料理屋さんに、薬箱がありました! 今でも古いおうちでは薬箱があると思います。

おわりに

今回は西洋中世期の商人について紹介しました。

商人には2つのタイプが存在し、1つは遍歴商人、もう1つは定住商人でした。13世紀後半まで、遍歴商人が商人の大多数を占めていましたが、徐々に定住商人に取って代わられました。その変化は保険や為替手形などの商売技術の発展によて、もたらされました。

商人に対する社会の態度は矛盾していました。

キリスト教的観点から見て、利潤を追求する商人は、社会的権威が低いと見なされました。また、当時の身分制社会では、財産を持つことではなく、貴族であることに価値がありました。そのため商人は、聖職者や貴族から嫌われていました。

一方で、商売という行為が社会に益をもたらすことも事実でした。市民にとっては言うまでもなく、聖職者にとっても商人は重要な存在でした。結局のところ、資金がなければ教会も存続できません。また、商人のなかでも遍歴商人は、ファブリオーの主人公として頻繁に登場しました。このことから、商人が必ずしも嫌われ者ではなかったということが分かります。

中世の旅人には、商人以外にも、様々な人がいました。どのような人々がいたか知りたい方は、ちくま学芸文庫から出ている阿部謹也『中世を旅する人びと―ヨーロッパ庶民生活点描』がおすすめです。羊飼い、遍歴職人、乞食などの紹介があります。

参考:遍歴商人が主人公の物語

ここからはオマケです。創作のヒントを得るために、ブログを読んでくださる方も多いので、参考になる物語を例として挙げます。本記事の内容を踏まえた上で読むと、さらに学びが深まると思います。

支倉凍砂『狼と香辛料』

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『狼と香辛料』は、遍歴商人のロレンスが主人公の、ライトノベルです。中世ヨーロッパ風の世界観が舞台で、壁に囲まれた都市、教会、「異教」の概念など、中世期に特徴的な要素が出てきます。

ロレンスはひょんなことから、かつて人びとから信仰されていた賢狼・ホロ(若い娘の姿をしている)と旅することになりました。彼女はロレンスよりもずっと長い時を生きているため、よく頭が回る、賢い狼です。2人は都市から都市へ、物を運んで商売しながら、中世期の遍歴商人らしい、さまざまなトラブルに直面し、協力しながらそれを乗り越えていきます。

ロレンスは20代後半という設定ですが、長年商売の荒波にもまれてきたせいか、外見も考え方も、実年齢より老けています。いつか自分の店を持つこと(=定住商人になること)が夢で、それに向けてお金を貯めています。実直に生きている好青年で、「がんばれ!」と応援したくなります。

最近、2024年にリメイクされたアニメ版を観はじめて、この作品を知りました。商売用語や、貨幣の銀の含有率など、難しいことがでてきて、一度聞いただけでは理解できないのですが(笑)、雰囲気だけでも十分楽しめます。

作者の方は、中世ヨーロッパの商売事情について、大変よく調べていると感じます。用語をきちんと理解すれば、とても勉強になると思います。

参考文献

  1. ジャック・ル・ゴフ『中世の人間―ヨーロッパ人の精神構造と創造力』鎌田博夫訳、法政大学出版、1999年、226頁。 ↩︎
  2. 同上288頁。 ↩︎
  3. 同上309頁。 ↩︎

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