はじめに
創作物語の回です。いつもより長めですが、お楽しみください。
見習神官ヘマの冒険
読み終えた本を閉じながら、ついにこの日が来てしまった、とヘマは思った。書見台から本を取り上げ、所定の棚に戻す。一歩引いて、生まれてこのかた、何度も眺めてきた本棚を見返した。背表紙に題名が書かれていない本を何冊か、期待をこめて引っ張り出してみる。しかし題名と著者名が分かった途端、落胆した。読んだことがある。どれも読んだことがある。
「スマラ。書庫室の本をすべて読み終えてしまいました」
声をかけると、神官長のスマラは、香炉に灰を詰める作業を、ひととき止めた。ところが、ささいなことと言わんばかりに、作業を再開する。
「神官の務めは、本を読むことではありません。あなたの務めは、本で得た知識に基づき、神事を執り行うこと。さあ、これを聖堂へ持って行って」
香炉をヘマに寄越して、別の香炉に灰を詰めはじめる。ずっしりと重たい香炉を、ヘマは両手で持ち上げた。
「でも、あそこにある本はせいぜい五十冊です。わたしはいま十四歳。死ぬまでの、えーと、五十年くらい? を、今ある本で我慢するなんて、できそうにありません。本の入れ替えなどを、考えてはいただけませんか」
スマラが首を横に振った。
「うちの神殿の奉仕者は何人ですか」
神官と見習神官の数を、ヘマは計算する。神官が三人、見習が三人。
「スマラを含めて七人」
「そう、たったの七人。辺境の神殿に、五十冊もの本があること自体が、稀有なことなのですよ」
納得のいかないヘマだったが、香炉の重みが腕にこたえてきたため、いったん引くことにした。スマラはそう言うけれど、書庫室に「五十冊もの本」を揃えたのは、彼女である。本の魅力を理解している彼女なら、自分の気持ちを分かってくれると思ったのだが。
それからしばらくして、機会はやってきた。日没後に、スマラの号令で神官の面々が集められたかと思うと、都市貴族のオンダス家が、メセル市への使いを探しているとの話があった。ひととき考え込んだヘマは、いさみ立って使いに立候補した。
スマラは、いつも仕事を早急に片づけては読書時間をつくろうとするヘマが、わざわざ仕事を増やそうとしていることを、不審に思っているらしかった。「何か悪いものでも食べましか」と尋ねた。
「いいえ。でも、できれば日数に余裕をもって出発して、メセル市の神殿に滞在したいなあなんて」
なぜなら、他都市の神殿に行けば、まだ読んだことない本を、読めるかもしれないからだ。ヘマの真意を理解したスマラが、助けを求めるように他の神官を見やった。が、全員がさっと視線を逸らした。ヘマたちが暮らすトリコ市は、辺鄙な場所にあり、どこの町へ出かけるにも山を越えなければならない。そのため、わざわざ苦労を買って出ようという神官は、ヘマの他にいないようだった。スマラはため息をつき、彼女がメセル市へ使いに行くことを承諾した。
翌日ヘマは、オンダス家を訪問して、依頼内容を詳しく聞いてみた。するとそれが思いのほか重大な仕事であることが分かった。
オンダス家の次期当主・ゼルテスは、ひと月後に、他都市の貴族を嫁に迎える予定でいる。そこで、結婚式で彼女に贈る指輪の製作を、メセル市の職人に依頼していた。ところが、出来上がった指輪を取りに行くはずだった腹心の召使が、脚の骨を折る大怪我をしてしまった。彼の代わりに指輪を取りに行ける者がいなかったため、神殿に使いを依頼するに至ったとのことだ。
ゼルテスは、依頼を引き受けてくれるという見習神官を見て、やや不安そうだった。
「ええと、きみは十二歳くらい?」
「十四歳です」
「メセル市に行ったことは?」
「これまでに五回ほど。道もよく心得ています」
「道中ではいろいろと危ないこともあると思うけど」
「心配には及びません。わたしは神官としての能力に、スマラの次に長けていると、仲間内で評判ですから」
というのは依頼を引き受けるための誇張だった。しかし神殿に対する信頼が勝ったのか、ゼルテスは見習に仕事を任せる気になったようだった。そうしてヘマは支度を整え、メセル市に向けて出発した。
四日間あるきつづけて、町に到着したヘマは、神殿を訪ねてがっかりした。神殿の書庫室には、二十冊ほどの本があるはずだった。ところが近日、何者かの手によって全て盗まれてしまったらしい。現在は本のゆくえについて、町の衛兵が捜査中だった。自分が滞在している間に、本が戻ってくる可能性は低いだろう、とヘマは考えた。そもそも盗まれてから時間が経っているなら、すでにどこかに売られてしまったにちがいない。
暇を持て余して、とぼとぼと町なかを歩いていると、人だかりができている露店が目についた。それは装身具の店で、立てかけられた看板によって、結婚指輪を取りに行く予定の工房が経営していることが分かった。品物を眺めている客のほとんどが、身分の高そうな女性であり、この辺りでは見ない服装をしている者も多かった。他都市から婦人が訪れるほどの人気ぶり、という工房の評判は正しいようだ。ふと値札に視線を落としたヘマは、見たこともないような大きな桁数に仰天した。
「もし、そこの神官さん」との声が聞こえた。振り返ってみると、客の一人とおぼしき婦人が立っていた。頭からかぶった、日除けのストールを少しばかりめくって、顔をのぞかせる。目鼻立ちの整った、若く美しい女性だった。
「その神官服、トリコ市のものでなくて?」
そう言って娘が、服の縁にほどこされた刺繍を指す。図案にはトリコ市の紋章が縫い込まれていた。ええ、とヘマは答えた。
「わたしはトリコ市の見習神官で、ヘマと言います。この町には用事があって来ました」
「やっぱり!」
と婦人が顔を輝かせた。
「わたくしはフィロナ。遠くの町から、オンダス家のゼルテスさまに嫁ぐために、やってきたの」
ヘマは驚きで目を丸くした。ゼルテスは、婚約者がこの町を経由してやってくるなど、ひとことも言っていなかった。どういう理由でメセル市に立ち寄ったのだろうか。
「お目にかかれて光栄です、フィロナさま。トリコ市ではゼルテスさまの婚姻の話題で持ち切りですが、お相手がこんなに麗しい方だったなんて」
まあ、と微笑するフィロナは、まんざらでもなさそうである。
「装身具を見にいらしたんですか」
とヘマが尋ねると、「そうなの!」とフィロナが色めき立つ。
「わたくし、以前からこの工房の装身具を見てみたいと思っていて。そのためだけにわざわざ、メセル市に立ち寄ったの」
どうやらフィロナは、近々手に入る予定の結婚指輪が、メセル市の工房で制作されていることなど、つゆほども知らないらしい。よって、そのことをヘマが、ゼルテスの同意なくして暴露してはいけないのである。
「あなたはどんな用事で?」
と尋ねられたヘマは、ひととき黙り込んだ。「ほ、本を……」と言った。
「メセル神殿に所蔵されている本を読みにきました」
あら、とフィロナが眉尻を下げる。
「でも、神殿の本は盗難にあったと聞いたわ」
「そうなんです。だから予定していたことができなくなって」
「では、トリコ市にすぐお帰りになるの?」
「いいえ。その、せっかく来たので、何日かは滞在します。こちらの神殿でもできることはありますし」
というより、結婚指輪がまだ完成していないのである。手汗をかいてしまったので、服をぎゅっと掴んだ。その手をフィロナが、唐突に取った。
「でしたら、わたくしにいくらか時間をくださらない? 実は、知らない町に嫁ぐことになって不安なの。ヘマに町のことを教えてもらえたら、少しは安心できるのだけど」
ヘマは焦った。これ以上話すとボロが出てしまう。しかし相手は貴族だし、今後もトリコ市で関わる人なので、無下にはできない。引きつりそうになりながら、笑顔を浮かべ、「喜んで……」と答えた。そうしてヘマは、フィロナが滞在している、最高級の宿屋へ連行された。
フィロナは故郷を出てから、同じ年ごろの娘と喋る機会がなかったようで、ヘマと喋れることが嬉しいようだった。はじめはトリコ市に関する話題が中心だったが、徐々にフィロナの故郷での暮らしや、道中での出来事、メセル市の珍味など、他の話題に移っていった。彼女の友人待遇でもてなされたヘマは、庶民が一生口にしないような、最高級のお菓子をご馳走になった。おいしいお菓子を食べられるし、他都市の話を聞くことは楽しいし、これはこれで役得かも、と思いはじめる。
ヘマが毎日のようにフィロナの元に通うようになって、四日目の朝ことだ。神殿の廊下を水拭きしていると、工房の親方が来ているとの言づてがあった。思い当たる用件としては指輪についてだが、完成予定日はまだ先である。首をかしげながら客間へと向かうと、室内には神官長もいた。疑念をますます深めるヘマに、親方が言った。
「指輪が盗まれた」
「え?」
放心しているヘマをよそに、親方はつづけた。
「昨日の深夜、工房に泥棒が入って、宝飾品をごっそり持っていかれたんだ。オンダス家からの依頼品が一番高価なものだったから、真っ先にあんたの元を訪ねた」
親方がこめかみを押さえる。
「今は衛兵が動いてくれているが、取り返せるかどうか……」
「駄目です!」
と大声で叫んだため、二人が目を丸くした。ヘマは咳払いして、「つまり……」と言葉をつづけた。
「衛兵に任せきりなのは不安だということです。なぜなら、神官長。このまえ盗まれた本は、結局、手元に戻って来ませんでした」
「ええ、まあ」
ヘマは歯ぎしりした。メセル市の衛兵は対応が遅すぎるのだ。今回の捜査を衛兵に任せた場合、高確率で結婚指輪は取り返せない。となると、任務は失敗という結果になり、スマラに叱られる。そうなれば、神殿に新しい本を仕入れてもらうことが、夢のまた夢になってしまう。
神官長、とヘマは言った。
「窃盗事件は時間が勝負です。しかるべき立場の人に、神官が捜査に関わることを許可してくれるよう、頼んでいただけませんか」
「神官が? うちの神殿に、捜査に役立ちそうな神官はいませんが……」
「だから、わたし、わたしが。わたしのことです!」
察しの悪い神官長に、せっつくようにヘマは言った。ああ、スマラがいてくれたなら心強いのに、と思うが、ここは自分が何とかするしかない。
果たして、ヘマの要求は通り、二時間後には衛兵二人と共に、捜査にあたることになった。二人のうち、年嵩のほうがマレス、若いほうがオトと名乗った。ところで、他都市の神官のヘマだけを起用することは、神官長の体裁を悪くする。そのためメセル市の神官も一人、捜査に加わることになった。イリヤと名乗ったその神官は、窓際の壁にもたれかかり、手鏡をのぞきこんでは化粧のヨレを直している。
ヘマたちはさっそく状況を整理した。盗まれた宝飾品は、麻袋にすると三袋分。犯行に及んだ人数は、現場の状況からして一人から三人と推測できた。仮に最大数の三人が協力したとしても、大きな荷物を運ぶとなると、人目につくうえに時間がかかる。そのため、盗人はまだ町の付近にいる可能性が高かった。
「まずは犯人の居場所を絞ってみましょうか」
ヘマの提案に衛兵たちが頷き、卓上に町の周辺地図を広げた。反応のないイリヤを一同が見やると、彼女は「なに?」と首をかしげた。
「あたしはオマケだから、いないものだと思っていいよ。戦力にもならないから、そのつもりでよろしくね」
にっこりとするイリヤに、とんでもない不良を寄越されたものだ、とヘマは驚愕する。しかし衛兵たちは「ほらみろ」という感じで肩をすくめている。メセル市には、このような態度の神官がよくいるのかもしれない。
「では、わたしのやり方でやってみましょうか」
気を取り直して、ヘマは懐から小瓶を取り出した。なかには数本の髪の毛が入っていた。
「実は親方に頼んで、工房から犯人のものとおぼしき髪の毛を採取してもらいました。職人のなかには、このような巻き毛をもつ人はいないそうです」
つづいてヘマは、手の指ほどの長さの、木製人形を取り出した。人形の背にある蓋を開けて、なかに件の髪の毛を押し込めた。戦力外であることを宣言したわりには、口角をあげたイリヤが、面白そうにこちらの様子を眺めている。ぱちん、と蓋を閉める音がひびいた。
「さて。これからこの人形を、犯人の分身とみなすことができます」
ヘマは地図の上に人形を置いた。人形を指さし、「汝の居場所を示せ」と指示する。
すると、人形がひとりでに動き、地図上を移動しはじめた。「わっ⁉」と声をあげたのは、若いほうの衛兵・オトである。人形はしばらく動いたのち、メセル市から直線で三キロほど離れた、山のなかで止まった。
「犯人はここにいます」
ヘマが言うと、年嵩のほうの衛兵・マレスが頷いた。
「そのあたりには、炭焼き小屋の廃墟があったはずだ。町の者がめったに行かない場所だし、そこを根城としているのかも」
「し、信じるんですか⁉」
オトが不安の声をあげると、「おまえなあ」とマレスがあきれたように言う。
「彼女は神官なんだから、魔法の腕はたしかだ。それに、トリコ市の神官長は博学聡明なスマラさまだぞ。うちの町の神官と違って、信頼に足る」
「あら、失礼ねえ」とイリヤが笑っている。そうしてヘマたちは、人手を集めて、犯人が潜伏していると思われる、炭焼き小屋の廃墟へ向かうことになった。目的地に着いたのは、日が傾きはじめたころだった。
件の廃墟は、廃墟といっても、四方を壁で囲まれ、快適に暮らせそうな外観だった。根城として使うために、荒くれ者たちが修理したのだろう。
マレスの指揮によって、十五人ほどの衛兵が小屋の周りに配置された。もし犯人が小屋の外へ逃げた場合に、取り逃がさないようにするためだ。小屋に立ち入る予定の精鋭部隊が、進め方の最終確認を行っている。ヘマとイリヤは、彼らの仕事の邪魔にならないよう、小屋から離れた茂みに移動した。
「あんたの出番はもうおわり?」
とイリヤが尋ねる。
「他の魔法も見たかったのに」
「見世物ではありませんよ」
静かに、とヘマは合図する。口角をあげたイリヤが、地面を指さした。
「でも、少し焦りすぎかも。見てみなよ」
示された場所を見て、ヘマはどきりとした。そこにあったのは人の足跡だが、小屋の周辺で確認したものとは違う。別の地面にもさっと視線を走らすと、衛兵のものではない、見たことのない足跡が複数確認できた。これが意味するところは、小屋の外にも犯人の仲間が潜伏している可能性がある、ということだ。
急ぎマレスに伝えようと、ヘマは立ち上がった。同時にあたりが騒がしくなった。精鋭部隊が扉を破り、小屋の中へ入ったのだ。
「マレス!」
もはや声を潜める必要はないと思い、大声で呼びかけた。暗くて衛兵たちの顔が判別できない。呼びながらうろうろしていると、「ここだ!」と肩を掴む手があった。ヘマは振り返り、先ほど見たものを伝える。
話の途中で、叫び声があがった。見ると、待機していた衛兵の一人が膝をついている。その肩には、背中側から矢が貫通していた。衛兵たちに動揺が走る。
「後ろだ! 背後からの矢に気をつけろ!」
とマレスが声を張った。飛来する矢を避けようと、衛兵たちが散り散りになる。ヘマは、小屋の窓から男が二人、出てくる所を見た。まずい、と思った。不意打ちを受けたことで、彼らの退路ができてしまっている。地に着地した男たちが、それぞれ別の方角に向けて駆けだした。
「マレス、あちらの男を追ってください!」
言うやいなや、ヘマはもう一人の男を追って、駆けだした。すべての宝飾品を持ち出すことは諦めたのだろう、男が背負う荷物は、逃亡に負担のない大きさだった。木立に入ると、視界が暗くなり、男の背中を見失いそうになる。樹の根を飛び越え、小川を渡り、河原の岩場をよじのぼる。やがて、男との距離が縮まり、求めていた距離感になったとき、素早く地面に手をつけた。たちまち、反応した周囲の蔓植物が、男に向けて一斉に襲いかかった。
「なんだ⁉」と言いながら、男が転倒する。起き上がろうとするが、太い蔓が足首や手首にがっしりと巻きついており、動けなかった。
一息ついたヘマは、遠くで自分を呼ぶ声に気づいた。オトの声だった。ヘマは彼と協力しながら、男を頑丈な縄でしばりあげた。
オトと共に現場へ戻ると、すでに複数の盗人たちが縄につながれていた。マレスに捕獲を任せた男も、しっかりと捕まっている。焦げ臭さに気づいて、火元を探すと、倒壊した小屋の一部から、煙があがっていた。煙のそばでは、何者かが立ったりしゃがんだりして、作業をしていた。近づいてみると、その人物がイリヤであることが分かった。
「ああ、戻ってきたの」
ヘマの姿を見て、彼女が言った。
「奴ら、小屋に火をつけたんだよ。こちらを混乱させて、逃げ切ろうとしたんだろうね。それであたしが、火消しをさせられているというわけ」
見ると彼女の足元では、火がいまだにちろちろと木材をなめていた。だが彼女が両手をかざして、押し込めるような動作をすると、それがみるみる小さくなっていく。ヘマは思わず、驚きの声をあげた。
「どうやっているんですか。それ」
「ひみつ」
食えない人だな、と思うが、ヘマの援助をしてくれたことも事実である。あとで礼を言っておこう、と思いながら、小屋の内部を見渡す。すると瓦礫の下に、見覚えあるものの片鱗が見えた。
そこには、神殿のものとおぼしき本が、二十冊程度あった。
オンダス家のゼルテスと、麗しのフィロナの結婚式が挙げられてから、一週間ほどが経った。結婚式の日、フィロナの指には、ヘマたちが苦心して取り返した指輪が、まばゆい輝きを放っていた。町を悩ませていた盗賊も捕まったため、ヘマはメセル市の市長から大感謝された。大感謝されたのだが。
「結局、新しい本を読めませんでした」
回廊の掃き掃除をしながら、ヘマはため息をついた。中庭ではスマラが、はしごに立って樹の剪定をしている。ぱちん、と枝を伐る音がひびいた。
「なぜ。メセル神殿の本も、盗賊から取り返したのですよね?」
「はい。でも、すべて読んだことのある本でした」
「なるほど」
ぱちん、と音が響く。スマラが少し考えるように、天を仰いだ。
「分かりました。よこしまな動機があったとはいえ、今回ヘマは頑張ってくれたと思います。ご褒美として一冊、本を買ってあげましょう」
「本当ですか⁉」
「ええ。実は、指輪が盗難にあっていたことを知ったオンダス家から、追加で寄進をいただきました。その分を本の購入費に充てられます」
はしごから下りたスマラが、手の土埃を払う。
「あと、花嫁のフィロナさんが、指輪のためにヘマが尽力したことを知って、感謝していましたよ」
こうしてヘマに、新たな読書の当てがついたのだった。そのころフィロナは、ヘマに対する最適なお礼を考える中で、オンダス家が所持する本を貸すことを思いついていた。そうしてのちに、ヘマはより多くの本を読む機会を得る。しかしそれはまた別の話である。
おわりに
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!!! 創作物語の更新は久しぶりです。楽しみにしてくださっていた方、ありがとうございます。
正直にいうと、更新が2カ月間お休みだったのは、今回の話を書き上げるのに、とても苦労したからです。簡単にいうと、いつもは心情の変遷に重きをおいた物語であるのに対し、今回は出来事の変遷に重きを置いた物語(冒険物語)である点で勝手が違い、苦労しました。詳細は以下の通りです。
- 冒険物語であるため、心理描写ではなく動作描写が必然的に多くなる。しかし動作描写に慣れていないため、スムーズに読める文章を書くことに苦労した(例えば「~した。~した。~した。」だと単調で読みづらくなってしまう)。また、会話のつなぎで動作を入れるのは基本だが、「そう言って○○はお茶を一口飲んだ」などの動作バリエーションを考えることが、だんだん嫌になってくる。お茶を飲んだ。だから何?
- 冒険物語であるため、場面の切り替えが早い。その書き方に慣れていないため苦労した。とくに、時間が切り替わる場合の文章バリエーションが貧弱で困る。「翌日……」や「その後……」はよく使いがちで嫌になる。
- 冒険物語は登場人物が多くなる。なぜなら、主人公が場所を移動すると、新しい人に出会わざるをえないからだ。今回はなんと固有名をもつ人物が7人もいる(言葉を発する人物には名前がないと困るため、名づけざるをえない)。登場人物が多いと、それだけ物語展開のはばが広がり、よいアイディアを取捨選択するのが大変になる。
- 冒険物語の山場はハラハラするようなアクションだが、そのネタを考えることが難しい。べつにアクション書きたくない……でもアクションがないと読者が楽しめない……。
という感じでした。冒険物語を読むことがわくわくして大好きなので、自分でも書きたい! と思って書いたのですが、思った以上に大変でした。もしかして、読むことは好きでも、書くことはむいていないのかもしれません。書きながらずっと、「この物語はおもしろいんだろうか……?」と思っていました。
過去に長編の冒険物語を書いたことがありますが、思えば、その物語は心情の変遷に重きを置いていました。そのため楽しく書けたのかもしれません。ただ単にアクションがあるのはきついです……。ということで、とりあえず次はシンプルなお話が書きたいです! お読みいただきありがとうございました。