一次創作同人誌の価格設定はどうすれば?経済のしくみを学ぼう

今年はじめて一次創作の同人誌販売をした著者が、それを通じて学んだ経済のしくみをつづります。また、どのような価格設定が無難なのかを考えます。はじめて一次創作同人誌をつくる人の一助になれば嬉しいです。

目次

同人誌とは

同人誌とは「同人雑誌」の略で、元来は、同人(同好の士)が資金を出して、自ら執筆・編集・発行を行う雑誌のことを指します。この意味での同人誌は、明治期から存在します。

現代でいう同人誌はもっぱら、自らが資金を出して、印刷・製本した本のことを指します。「自費出版」とほぼ同義で、ご年配の方にはこちらのほうが伝わりやすいでしょう。自費出版というと、お金がかかりそうなイメージですが、現代では同人誌市場が大きいので、昔よりもはるかに安く、自分の印刷本をつくることができますよ。

sousouの祖母(大正生まれ)は、親戚の大おじさんが主催する短歌の会に所属していて、仲間と一緒によく本をつくっていたよ。「自費出版」と認識していたけれど、今なら「同人誌」とも言えるね。

この意味での同人誌は大きく以下2種類に分けられます。

  • 一次創作
  • 二次創作

二次創作とは、既存の作品やキャラクターを利用してつくった、自身のオリジナルの創作物のことです。小説や漫画などの、他者の作品ありきになる点が特徴です。例えば、人気漫画のファンが、原作では描かれなかった場面を想像して、その場面を自分で描く、という行為は二次創作に該当します。

一方で一次創作とは、原典となる作品なしで、作家自らの発想によってつくられた創作物のことです。本記事であつかう同人誌は、一次創作のほうを指します。

ちなみに

二次創作同人誌の場合は、既存作品の作者が著作権を持っているため、本を販売する際には利益にならないように注意する等の、一次創作とは異なった風潮があります。筆者は二次創作の同人誌を販売したことがないので、そのあたりはあまり詳しくありません。他の詳しい方のブログ等を参照ください。

事の発端

文学フリマ東京38での設営のようす。

2024年5月に、文学作品(同人誌)の展示即売会である「文学フリマ」に、はじめて参加しました。文学フリマは、コミックマーケット(コミケ)やデザインフェスタ(デザフェス)の書籍版だと思ってもらえばだいたい合っています。ようは自分の作品を、自分で決めた価格で売る、文化祭のようなものです。

その準備段階で、気づいたことがありました。それは、作品の即売会(コミケやデザフェスも含め)は、出店者の利益がほぼないどころか、赤字になることが多いということです。

具体的にいうと、実際に出入りするお金が、赤字にならないためには、<全体の売り上げ>-<出店料+原価(印刷代など)>がマイナスにならないようにする必要があります。会場への出店料は、イベントや開催地域によりますが、だいたい5000円台~7000円台が相場です(※)。これを1日の売り上げで相殺することができる人は、ほとんどいないと思います。

くわえて極端な話、作品がまったく売れない場合もあり、その際には、ただただ出店料と作品原価が自分のお財布が出ていきます。その場合は悲しいことに、大赤字ですね(泣)。

※出店料の内訳

出店者が払う出店料は、ほぼイベント会場の使用料に充てられていると思われる。即売会イベントは多くの場合、ボランティアによって支えられているからだ。イベント関係者全員にしかるべき人件費を払う場合、出店料はもっと高くなるはずだ。イベントを支えてくれるスタッフさんたちには、感謝してもしきれない。

sousouは学生時代にサークルの仕事で、とあるスポーツの競技大会を主催したことがあるよ。出場者からの競技参加費は、以下の経費でほぼ相殺されたよ。
①競技場の使用料(数十万円)
②ボランティア審判員さん数十人にふるまうお弁当・お茶、交通費にあててもらう謝礼(1000円/人)
③競技プログラムを載せた冊子(各団体×3冊ほど無料配布)

それでは、なぜ世の中の人は、赤字を覚悟で即売会に出店するのでしょうか。それは第一に、イベントそのものを楽しんだり、自分を応援してくれる人との交流を楽しむためだと思います(作品の感想などをいただけると、本当にモチベーションになります!)。第二に、自分を応援してくれる人を新しく増やすためだと思います。

後者は、企業が「○○エクスポ」のような展示イベントに出店して、自社製品のことを多くの人に知ってもらうよう行動することを想像すると、分かりやすいでしょう。ようは、その日そのものは赤字だけれど、長い目で見れば、見込み顧客が増えるというメリットがあるのです。それは自分が創作活動を続けていく上で、大切なことです。なぜなら、何かを創造するには、多かれ少なかれお金がかかるからです。

私はこれまで、文学フリマに2回出店しました。そのなかで同人誌の価格設定ってどうすればいいのだろう? と考えることが多く、他の人も同じだと思うので、そのヒントになるような考えを本記事に記載します。

適正価格 – 関係者が適切な利益を得られる

私は過去2回の文学フリマにて、文庫本サイズの小説(116頁)を500円で販売していました。しかしこの価格で販売できることに驚かれることがあります。それはお手頃価格の印刷所を利用しており、その代わりに印刷所のサービスに含まれないことを、もろもろ自分で行いコストカットしているためです。

いちおう、1冊あたりの販売価格で、1冊あたりの印刷経費は回収できる価格です。しかし、ものすごくギリギリ価格なのと、同様の活動をしている友人から「安すぎますよ!もっと高くていいですよ!」と言われたので、価格を考えなおすことにしました(ついでに「ちょっと狭くて読みづらいかも」と思っていた行間も広くして、ページ数を増やすことにしました。ページ数が増えると印刷費も上がります)。

価格を考えるにあたって、ヒントとなるのが「適正価格」という概念です。適正価格とは、その商品の関係者(生産者・卸売り業者など)が、多すぎも少なすぎもしない、適切な利益を得られる価格のことです。例えば、スーパーで売られている食パンは一斤あたり120-190円(2024年現在)だと思いますが、これは商品の関係者が適切な利益を得られる価格ということです。

私はPascoの超熟が好きだよ。でも節約したいときはスーパーのオリジナルブランドの食パンを買うよ。オリジナルブランドは、関わっている人や企業が少ない分、人件費が抑えられるから安く販売できるんだよ。

食パンの例で分かるように、適正価格は、顧客目線で、「その商品の対価として払うのに妥当な価格」として認識されていることがほとんどです。そのため、同人誌を販売する場合にも、適正価格から大きく外れないほうが無難でしょう。

もし、適正価格より極端に高い価格を設定してしまうと、商品が売れません。逆に極端に低い価格を設定してしまうと、商品は売れるかもしれませんが、利益が不当に少なく、創作活動を続けることができなくなってしまいます。また、後述する「値崩れ」が起き、他の出店者に迷惑がかかる場合があります。

世間で認知度がまだない場合

極端に低い価格を設定することは、一時的ならアリだと思います。具体的には、世間に認知度がまだなく、名前を売るために(たくさんの顧客に試してもらうために)期間限定で低い価格にするなどです。

例えば、電子決算サービスのPayPayは、サービスを開始したばかりのころ、顧客を囲いこむために「100億円あげちゃうキャンペーン」を実施しました。これは、ユーザーが買い物するたびに1000円還元するなどの、予算上限100憶円に達するまでの現金還元キャンペーンでした。

この施策は、PayPay社自身が顧客に100憶円分を配る、短期的にみれば大赤字のキャンペーンです。しかしそれを実施したおかげで、PayPay社は顧客をいち早く囲い込むことに成功し、電子決済サービスのシェアNo.1に立つことができました。この戦略は、一時的に身を切り、長期的にはるかに大きな利益を獲得した好例です。

適正価格を知る最もよい方法は、自分で即売会に足を運んでみることでしょう。そこで、自分が売ろうとしているサイズ・ページ数の本が、いくらで販売されているかを学ぶことができます。例えば、私が販売した文庫本サイズの小説(116頁)の場合、だいたい600円~900円の幅で売られている印象です。

値崩れ – 市場に過剰に安い商品が出回ると起こる

自分の創作物を販売するにあたり、「安いぶんには問題ないだろう」と最近まで思っていました。しかし、市場というのは他商品の価格に影響を受けるため、過剰に安い商品が現れると、「値崩れ」を起こす場合があります。値崩れとは、生産過剰などにより、商品の売り値が急激に下がることを指します。

それを知ったのは、表紙に傷がついた自作本について、不良品として定価より安く販売するのはどうか? と友人に相談したときでした。自分で育てた野菜をオンラインで販売している友人は、「それは慎重に考えたほうがいい」と言いました。友人がいうには、次の通りでした。

農作物の場合、基本的には、サイズや品質などの基準を満たしたものが市場に流通するようになっています。基準を満たさないものは、自家消費するか、破棄することがほとんどです。なぜなら、適正価格より極端に低い価格の農作物が手に入るようになると、顧客はその農作物しか買わなくなり、農家の生活が立ち行かなくなってしまうからです。

これを同人誌に置き換えると、適正価格より極端に低い価格で同人誌を販売すると、「その価格が当然」という風潮になってしまい、他の出店者の本が売れづらくなり、迷惑がかかる可能性があります(※)。また自分の本も、それ以降は適正価格で売れなくなるかもしれません。

※もちろん、商材が異なるので、実際には単純には置き換えられない。あくまで単純に考えた場合である。

この話を聞いて、考えさせられた私は、表紙に傷がついた自作本について販売せず、友人に無料で配ることにしました。なお私は、不良品を販売することについて、反対しているわけではありません。廃棄せずに、誰かの手に渡たすという考えもまた、素晴らしいことだと思います。

厚利少売 – 絵画の場合

商品の価格設定について、材料費のほかに、「その商品1つをつくるためにかけた工数分の人件費」を回収する、という考え方があります。例えば、ペルシア絨毯の価格が、1枚数百万円するのは、その絨毯を完成させるまでに、現地の女性(1人と仮定)が2年ほど機織りしているからです(単純計算した場合)。

芸術商材の場合、この考え方が採用されているのは、絵画だと思います。この場合の絵画とは、油絵や水彩絵などの、アナログで描いた一点物の商材を指します。というのも、デジタルで描いた絵は容易に複製でき、「原画」という概念がないからです。

絵画は1点1点、手作りで作られているため、ペルシア絨毯と同様に、その手間分の費用を回収するのは合理的です。仮にかけた工数分の費用が回収できないとなれば、タダ働きということになり、生活が立ち行かなくなってしまいます(なぜなら、その作業にずっと専念しているので、他の仕事をする暇がありません)。

もちろん、著名な画家の絵画には、供給に対する需要が大きいことから、それ以上の価値がつくこともあります。

薄利多売 – 物語の場合

同じ芸術商材でも、映画・漫画・小説などの、物語の場合には、上記の考え方は採用されていません。なぜなら、現代の技術では、それらの商材を複製することが簡単だからです。つまり、1点物ではないということです。

代わりに、どのような考え方が採用されているのかというと、たくさんの商品が売れれば、最終的に諸経費を回収できるという、「薄利多売はくりたばい」の考え方です。

プロ小説家の主な収入源は、印税です(※)。本1冊の売り上げに対する印税率は、目安が10%とされています。例えば単価800円の文庫本が1冊売れた場合には、80円の収入が入ります。

※原稿料という収入のある作家もいるが、そのような作家は、企業が喜んで執筆を依頼したくなるような、売れっ子作家。

たった80円では、1日の光熱費にも充てられません。そのため、プロ小説家が生活していくには、自分の本が何万部も・継続的に売れる必要があります。本がベストセラーと呼ばれるのは10万部売れたときで、その場合には80円×10万部=800万円の収入になるわけです(そこから所得税が引かれる)。

つまり物語芸術は、たくさん売れるという仮定のもとで成り立っている商材なのです。よって1点あたりの価格は低く設定されています。

なお「薄利多売」の反対を意味する言葉としてつくられたのが、「厚利少売こうりしょうばい」です。先述した絵画については、こちらの考え方になります。

まとめ:一次創作同人誌の価格設定はどうすれば?

これまで、同人誌をめぐる経済について、様々なことをつづってきました。まとめると、同人誌の価格は、不当に安くも高くもない、「適正価格」にするのがよいでしょう。同人誌界の適正価格は、自分で文学フリマなどの即売会に足を運ぶことで、学ぶことができます。

物語芸術は、たくさん売れるという仮定のもとで成り立つ商材です。よって1つあたりの販売価格は低く設定されており、商業本の場合、文庫本なら600-1200円くらい、単行本なら1500-3000円くらいの価格で設定されています。それも考慮しながら、自分の本の価格を決めるとよいでしょう。

ありがたいことに、現代日本は、同人誌市場が大きい(=同人誌制作によって動くお金が多い※)ので、同人誌を印刷できる印刷所は全国で100社ほどあります。それは、各企業の競争によって、昔よりたいへんお手頃に本を印刷できるようになっている、ということを意味します。

※同人誌の市場規模(業界全体の年間売上高)は、矢野経済研究所の調査データによると、約880億円(2022年度)とされている。

出版業界の不況が取り沙汰されて、もう10年以上になります。しかし、人びとの同人誌活動が活発であることは、日本の明るいニュースの1つですし、私たちが誇るべき文化だと思います。

おわりに

今回は、一次創作の同人誌販売を通じて学んだ、経済のしくみをつづりました。また、同人誌についてどのような価格設定が無難かを考えました。

教育者視点で見て、学校で文化祭を開催する1つの目的は、モノを販売することを通じて、子供に社会勉強をしてもらう、ということだと思います。そして、今までやったことのないことに取り組んで学びを得るのは、なにも子供だけではありません。

私にとって、同人誌販売はまさにそんな経験になりました。何かを自分で販売してみると、世の中の経済のしくみが、より鮮明になって面白いですね。

関連サイトの紹介

◆ 具体的な小説同人誌の価格例について、「プロット以上、原稿未満。小説同人活動のメモ」様の記事が充実していました。Twitterやpixivのお品書きなどから、約500冊の同人誌の値段をお調になったとのことで、とても参考になります。該当記事はこちら

◆ 絵を描く方向けの価格設定について、以下の枯葉庭園さんのサイトがおすすめです。記事が毎回とても面白くて、私もいつか水彩画を描きたいな~と思いながら、勉強させていただいています。絵もとっても素敵なので、ぜひ枯葉庭園さんのTwitterをのぞいてみてくださいね♪

◆ 文学フリマの準備について知りたい方は、以下の過去記事を参照ください。

以上、一次創作同人誌の価格設定はどうすれば?経済のしくみを学ぼう、でした。

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