新刊『五感で旅する中世ヨーロッパ』が完成しました!
本記事では、この本を企画したきっかけや、執筆で工夫したことや苦労したことなど、制作の裏側をご紹介します。
なぜ「五感」をテーマにしたのか

ときは2026年3月3日。『五感で旅する中世ヨーロッパ』の発売予定日から約8カ月前のことです。昨年発売した『心情の中世ヨーロッパ』の販売が落ち着いてきたため、次の活動をどうするか考えていました。
ひとまずは、はじめて制作した中世ヨーロッパ本が好評だったことから、この波に乗ってまた本を書きたいと思いました。そこでAIに、新たな本のテーマのアイディア出しをお願いし、以下のような案が出てきました。
- 感覚の中世ヨーロッパ
- 色彩と身分の中世ヨーロッパ
- 暮らしの中世ヨーロッパ
私はこれを聞いて、「色彩」と「暮らし」はたしかに強い(人気がある)と思いました。しかし人気があるゆえに、すでに市場に同じテーマの本がたくさんあり、それらとの差別化が難しいと思いました。何と言っても、「せっかく書くなら、まだ誰もやったことのない視点で書くほうがわくわくするなあ」と思いました。
一方で、「感覚の中世ヨーロッパ」にはアイディアとして光るものを感じ、その単語を見た瞬間から、胸が高鳴り、わくわくしました。このテーマの具体例には、すでに「五感」がありました。頭の片隅では冷静な自分が、「落ち着きなさい、こういうのは実現可否をきちんと考えてから…」と言っていますが、直感では「やってみたい!」「書けそう!」と思っていました。
すでにやる気満々な自分を横目に見つつ、冷静な自分が、このテーマを実現できそうかどうか検討しました。するとこのテーマは、当時自分がXで行っていたシリーズ投稿(道しるべ・道草)とかなり近いことが分かりました。とくに核となるのは「道草」シリーズの、中世の暮らしや感覚を追体験できる描写だと思いました。


そこまで明確にすると、冷静な自分も「できそうじゃないか。むしろ最近の活動を振り返ると、直近でつくる本の内容として、このテーマがいちばん適しているかも」と思いました。それは「最近の活動を土台にして本を作れば、新たに調べることが少なく済むはずなので、効率よくできる」という意味でです。できれば一年以内に新刊を出したかったので、その点で効率性は大事でした。
その数分後には、『五感で旅する中世ヨーロッパ』という題名も決まり、制作に向けて動きだしました。

工夫:中世ヨーロッパの暮らしを、読者が追体験するために

コンセプトは「気軽に楽しく読める」
新刊の完成形を考えるにあたり、既刊『心情の中世ヨーロッパ』とは雰囲気をガラリと変えたい、と思いました。
既刊は歴史を扱う本らしく、伝統的な学術書の構成を踏襲して組み立てました。つまり、本全体を貫く1つの問いを立て、論を進めながらその問いを掘り下げ、最後に結論へと導く構成です。
このような本は、自分が最初に販売する「中世ヨーロッパ本」として適していたと考えます。なぜなら読者の皆さんに、学術的な典拠ありきで、物事を語る人だということを認知してもらえるからです。
ところが、このような本は読むときに「敷居が高い」です。私は普段から学術書を読みますが、読むときには「よし読むぞ!」という気合いや元気がないと読めません。言い換えると学術書は、小説・ビジネス書など、世の中にあまた存在する「本」のなかで、読解エネルギーをかなり要する部類の本です。自分に馴染みのない分野となれば、なおさらです。
新刊では、そのような学術書の固定観念を打破したいと考えました。Xの投稿シリーズでいただく反応等を見ていると、「気軽さ」と「知的好奇心の充足」は両立できるように感じたからです。また、もしそれがうまく行けば、歴史に苦手意識がある人にも、歴史を学ぶ楽しさを伝えられるだろうと思いました。
そこでコンセプトは「雑誌のように気軽に楽しく読めて、新しい感覚や視点も得られる本」にしようと考えました。
ところが、「言うは易く行うは難し」でした。その苦労については次章で解説します。
題名は「動詞しばり」
新刊の題名は『五感で旅する中世ヨーロッパ』です。この題名には、本書を読むことで、読者が「旅する」ように、中世の暮らしを体験できるという意味が込められています。
それを表現するために、各話の題名には、ちょっとした遊び要素、つまり仕掛けを入れています。それは各項の題名の末尾を、以下のような「動詞しばり」にしたことです。
- いつでもどこでも糸をつむぐ
- 手仕事をしながらお喋りする
- 居酒屋で旅人に出会う
- 織物を長櫃にしまう
- 麻と羊毛をまとう
- 動きやすいズボンをはく
これらの動作の動作主として想定しているのは、「読者の皆さん」です。もちろん各話のなかでの動作主は、主に中世の人びとです。しかしその人たちに感情移入することで、読者の皆さんも体験する気分を味わえるのではないかと考えました。
加えて項の題名を一覧で見たときに、読者の皆さんが「これを体験してみたい!」と選べるようになっているのもポイントです。そのような目次にすることで、旅程を組むときのように、選ぶ楽しさがあるかと思いました。
最も難しかったこと
執筆で最も苦労したのは、話の「オチ」を項の数だけたくさん――具体的には54個も――考えなければならないことでした。
今回の本では、「気軽さ」のために、「一話完結」は譲れないと思いました。一般的な学術書は、最初に立てた問いを段階的に掘り下げ、一つの結論に導く構成になっています。そのため内容を理解するためには、最初から順番に、漏れなく読む必要があります。
そうではなく一話完結にすることで、どのページからでも、好きなトピックを拾い読みできるようにしたかったのです。結果的に新刊では、一話完結の話が54項目、収録されることになりました。
ところが一話完結ということは、話の数だけオチ(結論)を用意する必要があります。言い換えると、通常の学術書では一つのオチでいいところを、今回の本では54ものオチを考えなければならないのです。この状況を漫画制作で例えるなら、一話読切のストーリーを、54話考えなければならない状況と同じです。
このとき各話にて、あるテーマにまつわる「事実」を並べて書くだけなら簡単です。しかし事実の羅列は「事典(辞典)」の書き方であって「読んで楽しい本」の書き方ではありません。どんな話でもそうですが、読んで楽しい、あるいは聞いて楽しい話を、読み手や聞き手にもたらすには、導入から広がる世界観と、導入からは想定できない思いがけない結論(オチ)が必要なのです。
しかも、複数の話を一冊の本にまとめる以上、オチはそれぞれ内容が被らないほうが望ましいし、一方である程度の共通性も必要です。ここで私は、オチの内容を被らせないことよりも、「共通性」のほうに不安を感じました。なぜなら、その時点で本の『テーマ』が明確になっていなかったからです。
じつは本の題名にある「五感」や「旅」は、話の切り口(きっかけ)に過ぎず、話の深層(テーマ)ではありません。そのため、「私はこの本を読んでもらうことで、読者の皆さんに何を持ち帰ってもらいたいのか?」ということをよく考えました。
そのときヒントになったのが、Xの投稿シリーズにおける「道しるべ」です。このシリーズでは「道草」よりも深い視点で物事を整理しており、それを見ることで読者の皆さんが自分で問いを立てて考えたり、新しい気づきを得たりできるようにしています。

このシリーズと同様の視点が、今回の本のテーマになるのではないか、と思いました。それは、中世の生活文化から読み取れる「解釈」、言い換えると新しい「世界の視点」や「人間の視点」を、読者の皆さんに提供することです。
その気づきと平行して、2026年夏にフリーペーパー「中世ヨーロッパの道通信」を作ったことも、本の内容方針を決める上で役立ちました。このフリーペーパーは、文学フリマ香川3で配布する用に製作し、その表面には、中世ヨーロッパに関する800字程度の小話を載せました。
この小話について、自分が普段ブログ記事で書いている情報量からすると心もとないものの、導入から結論まで、きれいに論をまとめることができました。言い換えると、気軽な文章量でありながら、必要な情報も入れつつ、読み物として面白く仕上げることができました。実際にイベントで配布した際にも好評いただき、その様子は以下の記事で紹介しています。

そのため、「中世ヨーロッパの道通信」の小話を書くような調子で、各項を仕上げていけば、新刊が「雑誌のように気軽に楽しく読めて、新しい感覚や視点も得られる本」になるという確信が得られました。
こうして、Xの投稿シリーズ「道しるべ」と、フリーペーパー制作が糧となり、新刊における論の流れとオチの方針が決まったのでした。方針が決まったあとも、全54項目のオチを考えるのは大変でしたが、そのおかげで自分でも頑張ってよかったと思える、よい本に仕上がりました。
54項目の題材をどう選び、構成したのか

新刊には全部で54項目の話が収録されています。ここでは、題材の選定という側面から、本をどのように組み立てたかを振り返ります。
私は、本やブログ記事の構成を組み立てる際には、大きな骨組みを決めてから、段階的に細部を詰めていきます。今回の本でいうと、まず各章のテーマを決め、次に各節のテーマを決め、最後に各項のテーマを決めました。
まず章について、今回は「五感」という切り口なので、各章は5つにして、それぞれ触覚・聴覚・味覚・嗅覚・視覚をテーマにしようと、早い段階で決めていました。次に節の候補を挙げるにあたり、各感覚から連想される、「中世ヨーロッパらしいこと」を考えていきました。例えば以下のようなことです。
| 章 | 連想される中世らしいこと |
|---|---|
| 視覚 | 聖堂の光、写本や衣服の鮮やかな色、祝祭の核となる樹や炎、きらびやかな装身具、花冠など自然由来の身を飾るもの |
| 聴覚 | 鐘の音、家畜の鳴き声、吟遊詩人の語り、広場でのもよおし |
| 味覚 | パン、肉、ワイン、ビール、精進日の魚、カーニバル |
| 嗅覚 | 都市の悪臭、ハーブなどの芳香、薬草の庭園 |
| 触覚 | ?? |
最も題材に困らなかった章は「視覚」です。逆に最も困ったのが「触覚」です。そもそも触覚は他と比較すると、日常を送るなかで、あまり意識することのない感覚です。何を題材にしてよいかさっぱり分からず、AIにアイディアを求めるなどして、詳細を詰めていきました。
最終的には、触覚から連想できた中世らしいことは、「身のまわりのものが、天然素材にあふれていること」でした。そして、それらの素材に触れながら生活する感覚はどんな感じなのか、というテーマで章を組み立てることになりました。
ここで注意しなければならないのは、案として挙がったテーマが、歴史的な正確性を担保できる文章になるとは限らない、という点です。今回の本では、読者が中世ヨーロッパの暮らしを追体験できるだけの、具体的な情報が必要でした。言い換えると、史料が少なく、研究者の間でも実態がよく分かっていないことは、テーマとして採用しづらいです。
例えば、上記の表で挙がった「広場でのもよおし」というテーマがあります。このテーマは、旅する芸人や演奏家による、都市広場や宮廷でのもよおしを想定しています。もし歴史的な正確性を担保できるのなら、このテーマはかなり面白くなると考えていました。
しかし動作の主体が「旅する人」ひいては「忌避された人※」となると、史料に乏しく、分からないことが多いです。よってこの分野の研究文献も少なく、具体的な情報を集められませんでした。このようなテーマは、アイディアとしてはよくても、正確性の担保ができないので、今回の本には採用できないと思いました。
※中世社会では、住所不定の旅する人びとは一般的に、忌避の目で見られた。
整理すると、節や項の内容を決めるときには、次の二段階の思考を踏みました。
- テーマに中世ヨーロッパらしい特徴があるか
- 歴史的な正確性が担保できるか
このうち文献調査などの結果、②の段階でそのテーマを諦めることも多く、歴史を題材にして書く限りつづく宿命だと思いました。じつは購入したものの、今回の執筆には活用しなかった本が多々あります。それは無駄というわけではなく、長い目で見たときのインプットになりますが、本の締め切りが決まっている状況下では、焦る要因にもなりました。
ところで、歴史を題材にした本づくりでは、②から始めて構成を組み立てる、という書き方もあります。正確性が担保できる情報のなかから、本の分量になるだけのテーマを見出して、本を執筆する方法です。既刊『心情の中世ヨーロッパ』は、どちらかというとこの方法で製作しました。
しかし今回の本は、「五感」という切り口でテーマを選定することが、本の魅力を高めると考えていました。よってその方向性は譲れませんでした。この組み立て方は、既刊執筆の際とは大きく異なったため、難しさを感じた点の一つでした。
おわりに

新刊『五感で旅する中世ヨーロッパ』は、「気軽さ」と「知的好奇心の充足」の両方が備わった本に仕上がっています。
私は普段からも、これらの両立を目指して、ブログ記事やXなどでの発信を続けているため、それを「本」という形で実現できたことは、大きな自信になりました。同時に、『心情の中世ヨーロッパ』を執筆したときよりも、難しい局面が多々あったため、制作を通じて文筆家としても成長できたと感じています。
この本を読んでくださる皆さんが、中世ヨーロッパの世界を、旅するように自分で歩き、体験できればよいなと思います。読み終えたあとには、きっと普段の暮らしのなかでも、中世の人びとの感覚や視点を感じられるようになっていることでしょう。
新刊『五感で旅する中世ヨーロッパ』は、11/8(日)の文学フリマ東京で販売予定です。イベント後にBooth通販も実施しますので、通販で購入をご希望の方は、ショップをフォローしてお待ちください。

