はじめに
西洋における森の歴史で、「風景画」という絵画のジャンルが確立したのは17世紀ごろだとお話しました。簡単に言うと、森が「異界」でも「征服すべきもの」でもなく、「癒し」としてとらえられるようになってからです。
西洋絵画といったらルノワールやゴッホなど、近代の絵ばかり思い浮かぶかもしれません。中世の平面的な絵はとっつきにくいな、なんて思ったり……。ですが、中世の絵もとても魅力的ですよ。イラストのようで可愛いですし、素朴な分、彼らが対象物に対して抱いた印象がよく分かります。
今回は、中世後期に描かれた風景画の特徴と、その魅力をご紹介します。
風景画の誕生
2015年に渋谷のBunkamuraにて、「風景画の誕生」というタイトルで、ウィーン美術史美術館所蔵の絵画の展覧会が開かれていました。16-18世紀の絵画が古い順に並べられ、どのように風景画というジャンルが確立していったかを、分かりやすく知ることができました。
ざっくり言うと、最初、風景は聖人の背景として描かれていました。それが、風景の魅力に気づきはじめた人々によって、だんだん聖人が小さく、背景が広く描かれるようになります。タイトルこそ聖人に由来しているものの、風景をメインにした絵が多くなっていきます。そのうち「風景画」というジャンルが認められると、画家は堂々と、人物ぬきの風景を描けるようになりました。
今回紹介する絵は、まだ風景画というジャンルが確立していないころの絵です。
褐色、緑、青の三色
展覧会で見た中世後期の絵は、その多くが褐色、緑、青の三色を使用していました。前景に褐色(黄色)、中景に緑、背景に青です。冒頭で中世の絵は、「素朴な分、彼らが対象物に対して抱いた印象がよく分かる」と書きましたが、まさに、配色にそれが現れています。
褐色は自分たちの足元の土色です。緑は工業化される前の外界(町の外)の景色、丘陵地帯、森の色。青は遠景の色。現代見ることのできる、青みがかるほど遠い景色といえば、山並みくらいですが、絵画が描かれた当初の西洋では、障害物のない雄大な景色が広がっていたのでしょう。
たった三色の配色で風景を表すのは写実的ではありませんが、逆に言うと、当時の画家たちが風景を三色の印象でとらえていたということです。彼らが見ていた風景とは、褐色、緑、青のイメージをもっていたのです。
ちなみに、上記3枚のうち2枚が、マリアがイエスを連れてエジプトへ逃避する場面を描いています。「エジプトへの逃避」は風景画が認められていなかった時代に、公然と風景が描ける恰好のテーマでした。なぜならエジプトへ旅するというテーマは、必然的に背景が風景になるからです。
モンゴルの風景
中世人が見ていた風景は、褐色、緑、青のイメージをもっていたと紹介しました。
ですが展覧会に行った当初は、なぜこの三色で絵が描かれるのか理解できませんでした。なぜなら現代の日本で、このような色をもつ風景にはなかなか出会わないからです。
それから数年後、モンゴルに行く機会がありました。首都のウランバートルから50kmほど離れた丘陵地帯で、わたしは初めて、あの画家たちが見たのと同様の風景を見ました。
見てください!前景に褐色、中景に緑、背景に青でしょう?
一緒に旅した友人が、「遠くが青く見えるのは空の色を映しているから」と言っていました。科学的には少し違うようですが、「空の色を映している」という表現は素敵です。
この経験から、中世の絵の楽しみ方の一つとして、中世人が対象物をどうとらえていたか、対象物にどのような印象を抱いていたかを、理解することがあると思いました。彼らの風景に対する印象は、褐色、緑、青の三色だったのです。
おわりに
今回は、中世後期に描かれた風景画の特徴と、その魅力をご紹介しました。なかなか西洋中世の絵を扱った展覧会は開催されませんが、これから記事でたくさん絵を紹介できればと思います。
ちなみに、モンゴルは今まで行った国のなかでも一番のお気に入りです。澄んだ空気と、何キロも先の景色と、星空と乗馬が最高です……。
以上、中世後期の風景画についてでした。