歴史

西洋中世期の服飾-ゴシック時代男性

はじめに

中世ヨーロッパ風の人物絵を描くときに、参考となる知識をインプットしよう! という目的で、服飾に関する記事を書いています。史実上の姿を踏まえた上でアレンジが加えられるように、形状や素材など、できるだけ具体的に記載しています。

過去に公開した服飾シリーズは以下です。

今回はゴシック時代(13-15世紀)男性の服飾について記載します。

※主に丹野郁の『服飾の世界史』(白水社)を参考にしています。

時代背景

ゴシック時代女性編で記載した通り、ゴシック時代の服飾には次の通りの特徴があります。

まず、教会建築に影響された特徴があります。教会建築にステンドグラスが取り入れられたことで、人びとはより輝かしいもの(光沢をもつもの)、より鮮やかな色のものを好むようになりました。同時に、教会建築に鋭角的感覚が取り入れられたことで、人びとは高々としたかぶりもの、尖った形状などを好むようになりました。この尖った形状が最も顕著に表れたのが、男性の靴の先端でした。

シャルトル大聖堂(フランス)の北翼廊のバラ窓。1235年ごろ。
ゴシック様式を代表するケルン大聖堂。天高く伸びる塔が特徴的。

次に、より身体を動かしやすくするための、機能的な変化があります。ファンタジーランドはなぜ中世なのかで説明した通り、中世期は旅が一般的になった時代でした。そのような生活が、人びとの衣服をある程度合理化しました。

具体的には、袖口が細くなったり、(男性の場合には)服の丈が短くなったりしました。ゴシック時代はロマネスク時代よりも、身体のラインの出る服が特徴です。男性の場合は女性よりもその傾向が顕著でした。

丈の短い上衣、プールポワンを着た騎士たち。15世紀の写本より、ルノー・ド・モントーバンたちの宴会。The Age of Chivalry, National Geographic Society

ゴシック時代の男性の服飾として最も特徴的なのが、色とりどりのショース(靴下)と、同じく色とりどりのかぶりもの(帽子)です。

ロマネスク時代に見せて着用していたブレー(ズボン)は、ショースが長くなるにつれて短くなり、腰回りをわずかに覆うだけの下着になりました。反対にショースは、股辺りまで届く長さになり、ズボンとしての役割を兼ねるようになりました。ステンドグラスに影響された、服飾に色をたくさん取り入れるという感覚から、ショースやかぶりものの色調は多様です。

さまざまな帽子をかぶった男たち。プブリウス・テレンティウス・アフェル「テレンスの喜劇」 1411年、アーセナル図書館。

ロマネスク時代には男性の服の丈が、ローマ的な美的感覚を取り入れて、一度は長くなりました。ところが、ゴシック時代には機能性を重視して再び短くなりました。ゴシック時代後期には、極端に丈の短いプールポワン+脚にぴったり沿ったショースという、軽装な服装が主流になります。

しかし、従来のたっぷり布を使った衣服が衰退したわけではありません。それらは日常使いとは異なる、(儀式用などの)特別な衣服として、荘厳性がより特化されました。具体的には装飾が華やかになりました。

それでは、次章からゴシック時代の男性の服飾について、詳しく見ていきましょう。ロマネスク時代編と同様に、当時のフランスの史料から読み取れる服飾となるため、用語のほとんどはフランス語となります。また、次に紹介するような服装の人しかいなかったわけではなく、地域差や身分差によってさまざまな違いがあったと推測されます。

基本の6パーツ

ゴシック時代の男性の服パーツは、以下の6つに大きく分けられます。女性と異なるパーツは、ブレーとショースです。そのほかの4パーツは女性と同じです。順番に紹介していきます。

  1. ブレー(ズボン型の下着)
  2. シュミーズ(ワンピース型の下着)
  3. ショース(靴下)
  4. コット(オーバーチュニック)
  5. シュールコー(外出や儀式の際に、コットの上から着用された装飾性の強い衣服)
  6. マントル(外套)

ブレー(braies)

ブレーを履いた男。

ブレーとは、元来ズボンを指しましたが、この時代には服の上からは見えない、ズボン型の下着を指しました。上から長い衣服をまとう場合には、丈が長く(膝下~足首)、幅がたっぷり取られたブレーを着用しました。一方で、14世紀半ば以降、上から短い衣服をまとうようになると、ブレーの丈も短くなりました。

ブレーの下端は常に、ショース(靴下)の上端に繰り入れられました。上端は布や皮革製の帯によって、胴まわりで支えられました。ブレーの素材は主に麻製で、ときに革製のものもありました。

シュミーズ(chemise)

シュミーズとは、従来のシェーンズと同様に、ワンピース型の下着のことです。長い丈のものは、たいてい裾の前後に裂け目がついていました。この仕立ては男性特有で、馬に乗る際にまたがりやすくするための工夫でしょう。

贅沢なものだと、衿ぐりや袖口に刺繍がついていました。14世紀には、レースやそれに類似した装飾も現れました。素材は薄地の麻または絹でした。

ショース(chausses)

ショースとは靴下のことです。ゴシック時代初期には、丈は膝下か膝上までの長さでした。ブレー(ズボン型の下着)の下端を覆いながら、靴下留めで留めて着用します。素材は麻、毛、絹などの柔らかい布で、脚の線に合うように丁寧に裁断されていました。

14世紀半ば頃に、プールポワンに代表される短い上衣が出現すると、それに合わせて、ショースの丈は長くなり、股辺りまで達しました。するとショースは、靴下というよりは、ズボンも兼ねた衣服になりました。さらには、靴を履かずに外出できる、靴底つきのショースも珍しくありませんでした。ショースの丈はその後も長くなり、15世紀にはヒップを覆うくらいの長さになりました。

ショースの色調は多様で、史料を見る限り、帽子をかぶる場合には、帽子と色を統一させることが多かったようです。左右で色違いのショースもありました。

コット(cotte)

コットとは、従来のブリオーに代わって着用された、オーバーチュニックのことです。元来はノルマン人男性が着ていた膝丈のチュニックを指しました。この頃のコットは女性のものと形状に大差なく、丈は足首までありました。

素材は無地の毛織物でした。しかし14世紀半ば頃からは、シュールコーなしでも用いることのできる、かなり装飾的なコットが登場しました。

コットの変わり型に、コタルディ(cotardie)があります。女性ものと同じく、肘上から細長い飾り布がつく場合もありました。

シュールコー(surcot)

シュールコーとは、外出や儀式の際に、コットの上から着用された装飾性の強い衣服のことです。初期のものは袖がなく、一枚布に頭を通す穴があるだけの単純な形状でしたが、やがて袖つきが主流になります。袖つきのシュールコーの場合、袖の形状はさまざまでした。

形は女性のものとほぼ同じですが、丈は女性よりやや短くなっています。前衿ぐりや肩に着脱用の明きがありました。ときには、裾の前後に、乗馬のための裂け目がつくこともありました。腰にベルトが締められた例も多々あります。

素材は金糸で模様が織りだされたボードギン、サミット、センダル、シクラトンなどの華麗な布でした。

マントル(mantel)

マントルとは外套のことです。形状はロマネスク時代と大差ありませんが、男性の場合は、金糸の縁取りがほとんどありませんでした。素材は毛織物、ビロード、絹織物などでした。貂の毛皮の裏付きや縁取りがされたマントルもありました。

14世紀末には、外套の一種として、フープランド(houppelande)という形状の服が男女問わず流行しました。特徴は袖口や裾などに、ぎざぎざのおびただしい装飾がついているところです(ゴシック様式の鋭角的感覚が反映されている)。

男性ものは、乗馬用の膝丈のものや、前後に裂け目が入ったものもありました。素材は絹織物、錦織、柔らかいビロード、薄地の毛織物などでした。貴族のものは、色調が鮮明な上に、真珠・宝石・刺繍などの装飾が、豪華にほどこされていました。

ジャン・ド・ベリーの巡礼に同行する貴族。フープランドを着ている。Limbourg brothers 、1412年、フランス国立図書館。
ブルボン王・ジャン1世。きらびやかな装飾がほどこされたフープランドを着ている。1450年。

その他のパーツ

上記で紹介した通り、ゴシック時代男性の服は主に、①ブレー、②シュミーズ、③ショース、④コット、⑤シュールコー、⑥マントルの6パーツで成り立っていました。ロマネスク時代より、一枚多くの服を着ていることになります。

その他の衣服として、14世紀半ば頃に登場した上衣・プールポワン(pourpoint)があります。プールポワンは元来、兵士が武装の下に着る胴衣でした。名前は刺子(さしこ≒キルティング)という意味に由来しており、布全体がキルティング仕立てで丈夫になっています。

キルティングをイメージしづらい方は、小学生が持っている手作りのナップザックや手提げバッグを想像してください。あれらの布地は、布を2枚重ねた間に綿がつめられ、格子状に縫い込まれた強度の高い布地です。

プールポワンの胸の部分は、詰め物がされて分厚くなっています。ときに袖付けあたりに芯を入れることもありました。詰め物がされた衣服としては、プールポワンが西洋史上初となります。おそらく、男性としての力強さを表現するために胸の部分を厚くしたのでしょう。

【余談】
服に詰め物をする目的は、服をまとった状態の全身のシルエットをより美しく・威厳高く見せることだと思います。そういった意味では、近世期の女性がドレスのスカート部分に入れる、スカートを広げるための下着(ボリュームのある布地や、骨組みが入ったものなど)のほうが先かと思いましたが、まさか男性のほうが先だったとは驚きです。

この時代には、まとう服によって身分が判断されました。そのためプールポワンの例は、服の色や装飾のみならず、服の形状も身分を示すために重要だったことがよく分かる例です。

プールポワンの丈はやっと腰上に達する程度で、ショースを留める紐が下端についている場合もありました。前中心をたくさんのボタンで留めて着用します。プールポワンとショースの組み合わせは、17世紀まで男性服の特徴となりました。この形状になると、一気に近代らしさが出てきます。

プールポワンとほとんど同じ形状の上衣として、ジャック(jaque)と呼ばれる服もありました。

*

ゴシック時代には、プーレーヌ(poulaine)と呼ばれる、鋭角的感覚が現れた、先端のとがった靴が着用されました。男性の場合、先端の長さが身分の高さを表しました。例えば、王族は靴先の部分が、足の長さの2倍半、貴族は2倍、騎士は1倍半、金持ちは1倍、庶民は半分といった具合でした。

靴の先は、羊毛や麻屑で詰め物されるか、鯨ひげによって整えられました。奇抜なものだと、先に銀の鈴がついたものや、長い先が深靴の上端から細い鎖で支えられたものもありました。奇抜すぎる靴は、女性には着用されませんでした。

室内履きとしては、厚地布製の深靴や、内側に革や布がついた麻布製のものを、男女ともに用いました。

ゴシック時代の男性のかぶりもの(帽子)は、種類が豊富です。12-16世紀に最も広く用いられたかぶりものは、シャプロン(chaperon)でした。布を頭に巻きつけて固定する点で、中東のターバンと同じ形状です。時代によって形状はさまざまで、顎から肩口まで覆うこともありました。

【余談】
ドラクエ5の主人公が頭に巻いているターバンのようなものは、おそらくシャプロンです。個人的には、ターバンといえば中東というイメージでした。そのため、(ドラクエ世界観のベースになっている)中世ヨーロッパにこんなかぶりものはあったのか? と長年疑っていましたが、存在するということが証明されました!

彼は靴下(ショース)を見せて着用している上に、膝丈のチュニック(コット?)も着用しているため、ゴシック時代の庶民をイメージしてデザインされたと思われます。庶民の場合、彼と同様に、靴下を履いていながら膝がむき出しになっている絵が残っています。

シャプロンの頭巾の尖った部分は、リリーピップ(liripipe)と呼ばれます。時代とともに頭巾の尖りは顕著になり、15世紀にリリーピップつきのシャプロンが大流行しました。布の長さはしばしば床まで達し、先に結び目をつくって短くしたり、首に巻いたりしました。

他には、以下の通りの名前のかぶりものがありました。気になる方は用語で検索して調べてみてください。

  • フリジアン・ボネット:12世紀頃から流行
  • カル(cale):13-15世紀にあらゆる階層で流行
  • カロット(calotte):上に同じ
  • トーク(toque):上に同じ

庶民の服

羊飼いのダビデ。1240-1250年、The Morgan Bible, Folio 25

庶民男性は、丈の長い服を好まず、膝丈のコットを着用していました。下着のシュミーズ、ブレー、靴下のショースも着用していました。

靴にはサボ(sabot)と呼ばれる木靴や、ときに麻やラシャ製の柔らかい靴を用いていました。かぶりものとしては、階級の差なく普及していたシャプロンの他に、カルやボネットのうち、贅沢でないものが用いられました。

いくらか余裕のある人びとは、模様のある上等な布を着用することもありました。都市が発達していたイタリア市民は、特に装飾的な布を用いていました。農夫は、簡単な仕事着、ブレー、素足といった姿でした。

素足で作業する農夫(奥)。『ベリー公のいとも豪華なる時祷書』6月の絵より。

当時の姿例

ゴシック時代の男性の姿例を、以下に載せていきます。

股下まであるショースを履く男性。腰回りの白い布がブレー。13世紀半ば、ニューヨーク、モルガン図書館。
帽子の形や、シュールコーの色に着目。神聖ローマ皇帝・フリードリヒ2世の鷹狩に関する論文”De arte venandi cum avibus”、1240年代。

左の人物はコットのみ、中心の人物は袖なしのシュールコー、右の人物は袖つきのシュールコーを着用。神聖ローマ皇帝・フリードリヒ2世の鷹狩に関する論文 “De arte venandi cum avibus”より、1240年代。

右の人物はフープランドを着用。ショースの色が左右で異なりオシャレ。プブリウス・テレンティウス・アフェル「テレンスの喜劇」 1411年、アーセナル図書館。
さまざまな帽子をかぶった男たち。プブリウス・テレンティウス・アフェル「テレンスの喜劇」 1411年、アーセナル図書館。
右2人は垂れ布つきのコタルディを着用している。シャプロンとショースの色を合わせている。The Romance of Alexander, Oxford, Bodleian Library,1338-1344。
腕が出せるようになっているマントル。Codex Manesse、1305-1315年。
プールポワンを着た騎士たち。15世紀の写本より、ルノー・ド・モントーバンたちの宴会。The Age of Chivalry, National Geographic Society

おわりに

今回は、中世・ゴシック時代の男性の服飾について紹介しました。

男性の場合、シーンによって、日常使いの軽快な服(丈の短い服)と、特別な日用の荘厳な服(丈の長い服)を着分けていたようですね。中世風の男性絵を描きたい場合には、プールポワンだとかなり近代っぽくなってしまうため(なにせ17世紀まで着用されのである)、プールポワン以外の上記に挙げた服を活用するとよいと思います。

男性の場合は、帽子の形状が多彩なことも印象的です。さまざまな写本絵を参考に、帽子一覧をつくるのも面白いかもしれません。

皆さんから好評いただいているおかげで、大変はげみになっております。本記事も面白ければ、ぜひ拡散をお願いします。

*

中世服飾シリーズを、4回にわたって連載してきました。いつもの歴史記事とちがって、絵を描く必要があるため、記事の作成には3倍くらいの時間がかかり、毎回大変でした(地味に参考絵の出典を探すのも大変)……。しかし、苦労したかいがあって、多くの方に読んで、参考にしていただき、とても嬉しく思っています。ありがとうございます!

そして、これが自分にとっての一番の成果ですが、服飾についてきちんと学んだおかげで、中世風の人物絵を簡単に&詳細に描けるようになりました(下図)! まだ途中ですが、とてもロマネスク時代っぽい……! やはり知識は絵にリアリティをもたらすので、勉強せずに適当に描いてはいけないなと思いました。

服飾の記事について、ルネサンス期編も書きたいと思っています。時代が進むにつれて服の種類も増えるので、いつ完成するか分かりませんが、気長に楽しみに待っていていただけますと幸いです。

以上、お読みいただきありがとうございました。

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