美術館で西洋絵画を鑑賞するとき、「背景知識を学べば、もっと楽しめるかも」と思ったことのある方は多いでしょう。しかし、画家の名前は星の数ほど出てくるし、流派もたくさんあるし、何から勉強してよいか分からないかもしれません。
そこで、画家の名前も流派もいっさい覚えずに、絵画鑑賞がより楽しくなる(かもしれない)連載をはじめます! 連載では、絵を観ただけで、その絵が描かれた時代をおおまかに判別する知識をお教えします。
まずは絵を観てみよう
本連載では、西洋の中世期~近代期までの絵画を紹介します。西暦でいうと5世紀~20世紀までの絵画です。紹介する絵は、近世以降に主流になるキャンバス(帆布)に描いた絵のみならず、壁画、タペストリー画、ステンドグラス画、羊皮紙画も含みます。
絵の選定基準は、絵画史を理解する助けとなる絵とします。できるだけ有名な絵画、あるいは有名な画家が描いた絵を引き合いに出します。
上記の前提の元で、本連載で取り扱う、中世期から近代期にかけての絵画を、古いものから順に並べました(※)。まずはざっと、西洋絵画の画風の変遷を眺めてみましょう。画像はクリックすると拡大されます。

時間に余裕のある人は、画風がどんな風に変化したのか、考えてみてね♪ あとでいくつか変化点を挙げるので、自分の意見と比べると、学びが深まるよ。
※似たような特徴をもつ絵画で分類している都合上、描かれた年代が多少、前後している箇所もあります。




















































































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ざっと眺めてみて、いかがでしたか? 感想として例えば、以下のようなものがでてくるかもしれません。
- キリスト教をテーマにした絵画が多いな
- 前半は思ったよりカラフルだな
- 中間に色彩の暗い時期があるな
- 後半になるにつれ、風景を主体にした絵が増えてくるな
- 基本的にはだんだん写実的になっていくけれど、ある時期を境に抽象的になるな
いずれも非常によい視点です! 本連載では、以下の分類ごとに、絵画の特徴を解説していきます。
- 中世期の絵画:5-15世紀
- ルネサンス期の絵画:15-16世紀
- 近世期の絵画:17-18世紀
- 近代期の絵画:18世紀末以降



ルネサンス期は、「近世」の時代区分の一時期を指すよ。ただ、絵画の作風がルネサンス期に大変貌することから、あえて「近世」から分けて区分をつくるよ。バロック期とロココ期はともに「近世」に含めるよ!
連載1回目の今回は、中世期の絵画の特徴と、その楽しみ方を解説します。
中世期の絵画:5-15世紀


















西洋の中世期は一般的に、5世紀から15世紀くらいまでの約1000年間を指します。そのはじまりは、ローマ帝国が衰退して、ヨーロッパ地域の覇権がラテン人からゲルマン人に移った頃です。ゲルマン人の国家が、次々にキリスト教を国教と定めたことで、ローマ・カトリック教会の権力が史上で最も高まりました。中世期のおわりは、十字軍遠征の失敗等で、教会の権力が揺らぎはじめた頃です。
中世期の特徴について詳しくは、以下の記事を参照ください。


中世期の絵画の特徴で、一番に押さえておきたい点は、その多くがキリスト教に関係する絵である点です。
前提として、世界各地のあらゆる芸術文化は、元来、人間の娯楽や鑑賞のために存在したのではありません。それは神々に捧げられるために存在し、何らかの信仰と結びついて発展しました。なかでも、ヒトの五感のなかで最もすぐれた「視覚」にうったえかける絵画や彫刻は、民が何かを賛美しやすくしたり、教えを広めたりするために用いられました。詳しくは以下の記事を参照ください。


中世期に権力を持ったローマ・カトリック教会も、民の信仰心を厚くしたり、教えを伝道したりするために、キリスト教の絵画をさかんに制作しました。それらは基本的に、キリスト教徒の信仰心を反映した最も立派なモノであり、祈りを捧げる場である、聖堂(修道院を含む)に集っていました。また、識字者の間で教えを守り伝えていくために制作された、写本にも集っていました。
そのほかの特徴も含めた、中世期の絵画の特徴を、以下に列挙します。順番に説明していきます。
- キリスト教に関係する絵がほとんど
- 人物画の主体は貴族
- カラフル
- キャンバスは存在しない
特徴① キリスト教に関係する絵がほとんど








中世期の絵画の最たる特徴が、キリスト教に関係する絵がほとんどである点です。
すでに説明した通り、芸術というのはもともと、神に捧げるものなので、中世期にはたくさんの宗教絵画がつくられました。上図の概要は左から順番に以下の通りです。
- 廟堂の壁に描かれたキリストのモザイク画
- 写本に描かれたキリストの挿絵
- 聖堂の窓にはめられたステンドグラス。バラ窓(バラの花びらをかたどった円形の窓)は聖母マリアの象徴、ステンドグラスは、それを通して差し込む光そのものにも神性がある。
- 聖堂の壁に描かれたキリストのモザイク画
神性を讃える最も豪華な部類の絵は、身分の貴賤を問わず大勢の人びとの目に留まる、聖堂に集まっていました。写本の絵もそれなりにコストはかかっていますが、サイズが小さいので、人材費からしても材料費からしても、聖堂の絵ほどではありません。



本当は1つ1つの作品を丁寧に解説したいんだけど…本記事の主旨は、西洋絵画の作風の変遷を捉えることなので、作品そのものに深入りはしないよ。
キャプションを読むだけでも、知識のインプットになるから、余裕のある人は読んでみてね。ハギア・ソフィア大聖堂、ケルズの書、シャルトル大聖堂といったら、中世史をちょっと詳しく勉強したことのある人なら、みんな知っているレベルだ!
特徴② 人物画の主体は貴族






中世期の絵画の特徴・2つ目は、人物画の主体が貴族である点です。
科学技術が発展していない時代には、絵を制作するのに莫大な費用がかかります。その理由は、素材をすべて天然のものから用意しなければならない、あらゆる作業を人力でしなければならない、などの点からです。つまり、中世期に絵を制作できる人は、限られた大金持ちのみで、この時代の金持ちは基本的に貴族でした。



中世後期になると、平民のなかでも商人が力を持ちはじめるのだけど、絵を制作できるほどの経済的余裕がある商人は、ほぼいなかったよ。商人が資金提供した絵が出てくるのは、近世期からだよ。
ゆえに、当時の人物画はほぼすべて、資金を提供した本人(貴族)を描かせたものになります。その目的は主に、自身の権威を示すためでした。例えば、ユスティニアヌス帝のモザイク画は、彼に立派なモザイク画をつくらせるだけの権力があったことを、当代や後世の人に示す狙いが、少なからずありました。
先に紹介した、キリスト教関係の絵も、主に王侯貴族の資金提供(寄付など)によってつくられました。聖堂を建てるための資金を提供する背景には、心からの信心ももちろんありますが、死後への不安があったり、周りに体裁を示したかったりと、さまざまな貴族たちの想いがありました。
特徴③ カラフル




中世期の絵画の特徴・3つ目は、絵がカラフルな点です。
キリスト教の創世神話では、その第一日目に、神が世界に光をもたらしました。その点もいち背景となり、キリスト教では、光は神の象徴、闇は悪魔の象徴とされます。ゆえに、例えば聖堂建築においては、第一に採光が重視され、人びとが神性を感じやすい採光の仕方が、常に模索されていました。



窓を広く取ると、建物の耐久性が下がるんだ。耐久性を維持しつつ、窓を大きく取る技術が発明されたのが、12世紀末のことで、その先駆けが先に紹介した、シャルトル大聖堂だよ!
それ以降の教会建築では、広い窓にステンドグラスを施すスタイルが定番になっていったんだ。このような建築様式を「ゴシック様式」と呼ぶよ。
中世期の絵がカラフルなのも、キリスト教の光を重要視する文化に基づいています。すなわち中世期の人びとは、絵に多彩な色を使用することで、絵そのものが光輝いているように見せようとしたのでした。
周りを見渡せば、多種多様な色にあふれている現代人にとって、この感覚は分かりにくいかもしれません。しかし、科学技術が発展する前の前近代においては、天然の顔料や染料で鮮やかな色を出すことは難しく、時間がかかり、高価でした。そのため、町を見渡して目に入る色は、ほぼすべて素朴な色でした(現代風にいうとアースカラー)。ゆえに、複数の鮮やかな色がぎゅっと一画面に集まる絵は、それだけで光輝くように見えたのでした。



聖堂のステンドグラス(英:stained glass)は、「彩色されたガラス」を意味し、さまざまな色つきガラスを組み合わせて絵や模様をつくることが特徴だよ。ステンドグラスがカラフルなのも、鮮やかな色の組み合わせに「光の輝き」=神性を感じやすいからだ。
絵をカラフルにする特徴は、写本の挿絵に顕著に現れました。写本とは、手書きで製作または複製された本全般を指し、活版印刷技術がまだ発明されていない中世期には、本といえば写本を指しました。約1000年つづく中世期の間、写本は主に、キリスト教の教えを次の世代に伝えていくために作られました。よって、その挿絵は神を賛美するために、光輝くように美しいもので、金や銀の顔料もふんだんに使われました。
写本(英:manuscript)のなかでも、挿絵がふんだんに入っている本のことを、装飾写本(英:illuminated manuscript)と呼びます。英語のilluminateは、ラテン語のilluminare「光を当てた」が語源です。英語に限らず、他の言語においても、装飾写本を指す単語にはたいてい「光」の意味が含まれています。このことからも、中世期の人びとにとって、写本の挿絵が「光輝く」印象であったことが分かります。
なお、英語のilluminateは、日本におけるクリスマスの「イルミネーション」の語源でもあります。イルミネーションも、光を神の象徴とするキリスト教文化に由来します。西洋における光の重要性は、以下の記事を参照ください。




中世期の写本のページに使われたのは、羊の皮をなめして紙状にした、羊皮紙です。というのも当時はまだ、紙の使用が主流ではなかったからです。紙をつくる技術、すなわち「製紙法」は中国で発明されました。それが西洋に伝来したのは、日本よりも後でした。
製紙法はまず、751年に唐からイスラーム文化圏に伝わりました(※)。西洋文化圏へは、イスラームの職人等を通じて中世後期に伝来したと思われ、遅くとも13世紀にはイタリアに製紙工房が存在したことが分かっています。



※751年はタラス河畔の戦いの年で、このときイスラームが捕虜にした唐人のなかに、製紙法に通じた人がいたんだ。世界史のテストにけっこう出題されるエピソードで、「なんとこいつは紙使い」で年号を覚えるんだよ。
特徴④ キャンバスは存在しない


中世期の絵画の特徴・4つ目は、キャンバスに描かれた絵が存在しない点です。
キャンバスとは、板に帆布を張った支持体のことです。支持体とは、絵画の塗膜を支える平坦なモノのことで、画用紙などを想像すると分かりやすいでしょう。私たち日本人が、西洋絵画と聞いてイメージする支持体は、キャンバスですが、キャンバスが発明されたのは中世末期のことで、その使用が普及するのは近世期です。よって、中世期の絵画にキャンバスはほとんどありません。
中世期の絵画は第一に、聖堂や修道院などの宗教的建造物に集まっていました。そのような場所に集う絵画は、その場から移動させることを想定していないため、壁に直接描くことが主流でした(壁画)。壁画をさらに細かく分類すると、モザイク画(石やガラス等の破片を敷きつめて描く画法)やフレスコ画(顔料に漆喰を混ぜて描く画法)などに分類できます。


フレスコ画の歴史は長く、西洋では古代期から中世期まで、壁画といえばフレスコ画でした。近世期には、テンペラ画という、顔料に卵を混ぜて描く画法も出てきます。その後、顔料に油を混ぜて描く画法が一般的になると(油彩)、西洋絵画の支持体はキャンバスが主流になっていきます。



西洋の古代~中世期を勉強していると、「フレスコ画」がよく出てくるので、用語だけでも覚えておくとよいよ!
つまり、中世期の絵画で、展示場所の移動が可能なのは、タペストリー画、羊皮紙画(写本の挿絵)、板絵くらいです。勘のいい方ならもうお気づきだと思いますが、「展示場所の移動が可能」な中世期の絵画は少ないため、日本の美術館で中世期の絵画を観られる機会は、ほとんどありません。なので、日本の美術館で展示されている西洋絵画のほとんどが、近世期以降の絵だと思っていただいてよいでしょう。



壁画は移動できないから、名壁画を観たいなら、現地へ行くしかないってことだね。たとえば、ミケランジェロの《最後の審判》(バチカンのシスティーナ礼拝堂の壁画)、レオナルド・ダ・ヴィンチ《最後の晩餐》(ミラノのサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院)などはぜひ観てみたいね!どちらもルネサンス期編の記事で紹介予定だよ。
このような絵は信仰のために描かれたものだから、つまり究極的には神のための絵だから、人間の都合で移動させるのはちょっと不遜かと思うよ。だからむしろ、移動できない言い訳がたつように、壁画でよかったのかもねえ。
ちなみに、中世期の絵として紹介した《貴婦人と一角獣》のタペストリーは、2013年に6枚の連作すべてが、日本の国立新美術館にやってきました。中世期の作品をテーマにした展覧会は、本当に貴重なので、逃さずにチェックしたいところです(私はまだ中世ヨーロッパに興味を持ち始める前だったので、逃しました泣)。
このタペストリーを借用できるなら、そのうち、中世期を代表する装飾写本である、『ベリー公のいとも豪華なる時祷書』の展覧会も開催できるのではないかと期待しています。2013年とちがって、SNSも浸透しているし、中世ヨーロッパ愛好家も多く、絶対話題になると思います。ぜひやりましょう、展覧会企画担当の方!宣伝手伝いますよ!!
キリスト教美術を楽しむヒント
これまで、中世期の絵画の特徴を紹介してきました。具体的には、以下4点を挙げました。
- キリスト教に関係する絵がほとんど
- 人物画の主体は貴族
- カラフル
- キャンバスは存在しない
中世期はキリスト教に関係する絵が多いので、ここで、キリスト教美術を楽しむヒントを2つ紹介します。むろん、キリスト教美術はこれから連載するルネサンス、近世、近代編にもたくさんでてくるので、ヒントを押さえておくと、今後の記事もより楽しく読めると思います。
ヒント① 背後の物語性を考える


キリスト教美術を楽しむヒントその①は、背後の物語性を考えることです。
キリスト教美術と聞くと、聖人の肖像を描いた絵をイメージする方が多いかもしれません(そのような絵は祭壇画に多い印象です)。しかし、中世期にはほとんどの人が文字を読み書きできなかったため(※)、民にキリスト教の教えを理解してもらうために、物語性のある絵も多くつくられました。具体的には、聖書の一場面を描いた絵です。
※中世期に文字を読める人は基本的に、貴族か聖職者だった。
例えば、上図のような絵を見せて、「天使ガブリエルが、処女マリアにキリストを妊娠したことを告げる場面です」などと説明すると、絵を見た人びとは、絵がない場合よりも、より印象強くそのエピソード(受胎告知)を記憶することができます。
このような物語性のある絵を制作する場合には、マイナーな場面を取り上げると、何を描いた絵なのか分かってもらえず(※)、観る人の信心を呼びおこせません。よって聖書のなかでも、有名な(あるいは人気な)場面が絵のテーマに選ばれる傾向にありました。例えば、「楽園追放」「受胎告知」「キリストの磔刑」などです。
楽園追放:神の言いつけを破り、知恵の果実を食べたアダムとイヴが、エデン(楽園)から追放される場面
受胎告知:天使ガブリエルが、処女マリアにキリストを妊娠したことを告げる場面
キリストの磔刑:イエスがローマ帝国の反逆者として、磔にされる場面
※キリスト教徒であっても、聖書を通読して、すべてのエピソードを細かい部分まで覚えている人は、今も昔もそれほど多くないと思われる。
よって、キリスト教美術をより楽しむには、よく絵のテーマに選ばれるエピソードを勉強した上で、①誰を描いた絵なのか、②どの場面を描いた絵なのかを考えてみるとよいでしょう。①については、のちほど説明する「アトリビュート」が判別の手がかりになります。



sousouは例えば、「受胎告知」が描かれたさまざまな画家の絵をポストカードで集めて、それぞれの味を比較して鑑賞を楽しんだりしているよ。


どのようにエピソードを勉強してよいか分からないという方は、絵画作品をベースにして、聖書のエピソードを学べる本を読んでみるとよいでしょう。以下の本はキリスト教だけでなく、ユダヤ教、イスラーム教の作例も含んでいるそうで、とてもよさげです。「旧約聖書編」と副題がついているので、そのうち「新約聖書編」も出版されそうですね!
ヒント② アトリビュートを学ぶ


キリスト教美術を楽しむヒントその②は、アトリビュートを学ぶことです。
「アトリビュート」というのは美術用語で、その人の目印となるアイテムのことです。例えば、聖母マリアの代表的なアトリビュートは、青の外套(その下に赤の衣)やユリの花です。その知識があると、上図のような絵を見たときに、「青の衣の人物は聖母マリアだ」などと判断することができます(見る人が見れば、他のすべての人物も誰に該当するかが分かります)。


アトリビュートは、キリスト教に関する絵画に限らず、物語性のある絵の場合には、必ず登場します。例えば、上図のような、ギリシア・ローマ神話の神々を描いた絵も、アトリビュートを見れば、どの人物がどの神に該当するか、判別することができます。そのため、美術鑑賞をもっと楽しみたい方は、一度、代表的なアトリビュートを紹介している本を読んでみるとよいでしょう。
以下の本では、見開き1ページで、絵画に登場する代表的なモチーフ(アトリビュート含む)を学べる本です。一冊持っていると、辞書のように引けて便利かもしれません。このシリーズは「2」もあります。
おわりに
今回は、中世期(5-15世紀)の絵画の特徴と、その楽しみ方を解説しました。
美術館で西洋絵画を鑑賞するとき、以下のような特徴があれば、それは中世期の絵画である可能性が高いです。
- キリスト教に関係する絵
- 人物画の主体は貴族
- カラフル
- キャンバスに描かれていない
中世期にはキリスト教に関係する絵が多いので、今回はキリスト教美術を楽しむヒントも2点紹介しました。それは以下の通りです。
- 背後の物語性を考える
- アトリビュートを学ぶ
さらに詳しく西洋美術史の流れを理解したい方は、以下の本がおすすめです。高校生でも気軽に読めるくらい、やさしく面白い内容なので、入門にぴったりです。
シリーズ【西洋絵画の楽しみ方】はつづきます。次回はルネサンス期編です。お楽しみに!